幻の宿

詩方夢那

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平成三十年七月五日(友引)

第一幕 誰も知らない秘境の旅館

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 県道を脇道に進み、山道を進む剣持美琴は訝しみつつも、慎重にアクセルを踏んでいた。
「ウェブクロールのマップで真谷寺しんこくじまでの道を辿ってみた事はあるけど、こんな所から山に入るルートがあったのね……確かに、脇に入る道がどこかにあった様には思っていたけど」
「私道か生活道路の類なのかしら」
「それじゃ、ここからはもう旅館の敷地?」
「そうかもね」
「あー……」
 目白鈴子は何かに納得した様に呟いた。
「そういえば、この辺りは平家の落人おちゅうど伝説があるし、落ち延びた武家の一族郎党その末裔なのかもねー」
「どういう事?」
「旅館のオーナーよ。もし山ひとつ持ってるとすれば、それって凄いお金持ちでしょ?」
「確かに。でも、隠れ暮らす落人さん達が店なんて興すかしら?」
「寺社の門前町にも近いし、宗教の庇護を受けていれば、明治以前の仏教寺院や神社の影響力を思うに、さもありなんじゃない?」
「そんなものかしら」
「真谷寺は末寺とは格が違うし、奥のお社との結びつきは廃仏毀釈以前にはとても強固だったはずよ」
「そっか……あ、ここみたいね」
「うわぁ……凄い……」
 鈴子が感嘆の声を漏らした先にあったのは、その名に相応しい楼閣だった。

 ――桃源楼とうげんろう

「何だろう……そうっか、遊廓だわ。さながら、くるわの楼閣ね」
 砂利の上に停まる車から鈴子が見上げる先に佇むのは、遠い過去の遊郭を思わせる豪奢な装飾を纏った楼閣。
「遊廓……それにしちゃ、なんか地味に見えるけど」
「考えてみて、もし、これが朱に塗られていたら……そこの格子戸なんて、まるでそうでしょ?」
「格子戸……うわぁ、ホントだわ……」
 二人にとっては時代劇の世界でしか見た事の無い、夜の提灯に輝く赤い格子戸。それが、色褪せて、今、目の前にあると想像し、美琴も感嘆の声を漏らした。
「……もしかして、ここ、今で言う“新地”だったのかな」
「新地?」
「有名なのは大阪だっけ? 料亭として運営しているけれど、実際は“仲居さんとの自由恋愛”の体で、春をひさいでいるお店があるでしょ?」
「聞いた事はあるけれど……でも、ここがそうだって、なんでまた」
「車で登っても、私じゃとても運転出来ない山道……登山道として整備されていた過去があったとしても、きっと、女の足じゃすぐに登れないし、お寺やお宮からはちょっと遠い……でも、男の人が“寄り道”として出入りする分には、無理じゃなかったかもしれない」
 淡々と語る鈴子の言葉に、美琴は眉を顰める。
「なるほど……」
「それに、江戸時代の頃には、飯盛女って、仲居さんとして働きながら、春を鬻ぐ事もしていた奉公人が宿場町には黙認されていたし、この山奥だと、犯罪者の出入りを監視する目的で、泳がされていた私娼が居ても不思議じゃなかったと思わない?」
「そりゃ、そうかもしれないけれど」
「なにはともあれ、なんか面白い場所に来たみたいね……行きましょうよ、ずっと運転席じゃ疲れたでしょ?」
「まあ、ね……」
 促されるまま、美琴はシートベルトを外した。
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