幻の宿

詩方夢那

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平成三十年七月五日(友引)

第二幕 とある動画投稿者達の遠征

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「やっと着いた……」
 サイドブレーキを引いた運転手の小山田は、安堵の溜息交じりに呟いた。
 同乗する男達は小山田を労う一方、免許を取って間もないながら、見知らぬ土地の運転を担った雲井に慰めの言葉を掛けた。

 事の発端は一ヶ月ほど前。
 動画投稿を行うパフォーマー集団であるジャングル・ウォーカーズの公式アカウントに、類似した複数の情報が寄せられた。
 それは“とある場所に、ネットでは知られていない秘境の旅館がある”という物。
 平成最後の夏に全員が初体験の登山を行い、その様子を動画として配信する予定だった彼等は、所属事務所の支援も受けながら、秘境の旅館への遠征と、手つかずの山中を探索する動画の撮影を計画した。

 そして昨日、一行は一路東京から目的地県庁所在地まで鉄道で移動した、ターミナル駅にほど近い宿に一泊、明けた早朝から予約していたレンタカーで◆◆市より◇◇市を経由し、△△市方面を目指した。
 ところが、自動車専用道から◇◇市に入った時点で車両に異変が生じ、運転に慣れた小山田でもこれ以上の移動は危険と判断する状況が生じた。幸い、車両の貸出元からは、すぐに代替の車両を手配すると連絡があったが、問題は終わらなかった。
 予定の時刻をやや過ぎて、宿に続く山道へと進入した一行だったが、想像以上に道幅が狭く傾斜の強い山道をワゴン車では進む事が出来ず、車体を道に入れた時点から引き返す事態に陥った。
 セダン車であれば通行は可能だったが、動画制作上、助手席から後部座席を撮影する必要があった事や、動画撮影の機材に加え、ハイキング程度とはいえ登山装備を積載する空間が必要だった事、そして、車幅感覚が不十分な雲井の運転を補助するカメラ機能が必要だった事が重なり、ワゴン車を選んでいた事が災いしていた。
 止むなく一行は◇◇市の市街地へと引き返すことを決め、山道の通行が可能なセダン車を借り直し、トランクに収納出来ない撮影機材を後部座席のメンバーが抱えながら、雲井の運転で再び△△市方面へと向かった。
 だが、問題は更に重なった。宿へ続く山道は◇◇市方面からの進入が難しく、方向指示器こそ出しながら、雲井は進入に失敗し、やむを得ず一行は△△市の◇◇市方面へ最も近いコンビニエンス・ストアまで進んで、小山田と運転手を交代し、宿へ向かう事となった。

「ごめんね、山道に入れてたらもっと早かったんだけど」
「いや、クーじゃ多分この山道登れなかったよ、俺でもヤバかった、この道」
 申し訳なさそうな雲井に向けられた小山田の表情は真剣そのものだった。
「確かに、こんな山道走ったの、初めてだったよな、マーダ」
 絹田は言いながら、カメラを小山田に向ける。
「うん。今までで一番ヤバかった。ちょっと気ぃ抜いたら後ろにずざーっと行くかと思った」
「俺が運転慣れてたら、軽四二台に分かれて走った方がよかったかな」
 首を傾げる雲井を振り返り、小山田は首を振った。
「いや、一人で運転するのきついよ?」
「つまり、俺達も免許取れって事だな」
 半笑いの絹田は後部座席の東中にカメラを向ける。
「二人で免許取りに行ってみたって、ドキュメンタリー動画作れるな」
 半ば苦笑いする様に東中は笑いながら、フロントガラス越しに見える建物を見遣った。
「それにしてもすげぇな、この旅館……あそこの彫刻、めっちゃ細かいんじゃね?」
「あー確かに。なんか、あれだ、修学旅行で行ったとこ、えっと、猿の……日光東照宮! そこにもなんか彫刻あったよな」
 車内から見える限り建物を映しながら、絹田はあれこれと言葉を紡いだ。

 そして、暫くの間、動画素材になりそうな建物や周囲を撮影し、絹田は受付へと向かった。
「こんにちは、予約していた絹田です」
 彼の声に呼応して現れたのは、涼しげな着物姿の女将だった。
 絹田は取材許可の確認をとって宿帳の記入をし、再びカメラを回しながら格子戸の奥へと進む。
「ここが食堂だそうです……食堂というか、喫茶店みたいな感じかな? 格子戸から見ると景色綺麗だねー」
 細かな感想を述べつつ、動画の素材になりそうな景色を探していると、不意に後ろから声が聞こえ、絹田は振り返る。
 見ると、二人の女性が立っており、その内の一人が手を振って、いつも応援していますと声を上げた。
「ありがとー」
 絹田は手を振って返し、集まってきたメンバーと外を眺めながら思案した。
「どうする? 裏山ちょっとだけ歩いてみる?」
 雲井は腕時計から絹田へと視線を移した。
「そうだな。今から下見に行って妙な事になってもマズいし、進めそうな所の検討だけつけて、明日早めに出発がいいかな?」
 絹田は東中と小山田に視線を向けるが、二人から異議は出なかった。
「それじゃ、裏に回らせてもらおうか」

 一行は絹田を先頭に玄関を出ると、建物の裏へと回り、携行用の蚊取り線香に火を点けた。
「一応網は張ってるけど中には火が点いてるから、落したり直接肌に触れない様になー」
 ベルトのループに蚊取り線香のケースを取り付けながら、絹田は全員の様子を確認する。
「でも、これでホントに蛇除けにもなるわけ?」
 小山田は半信半疑といった様子で茂みに目を向ける。
「煙の臭いがすると蛇とか野生動物は逃げるって、ばあちゃんから聞いた事あるけど」
「あー、確かに、なんか、猪とか熊の忌避剤って燻製みたいな臭いなんだっけ?」
「だったらヒグマはウインナー食べないのかな?」
 雲井の言葉に絹田は反応し、それに東中が続けた。
「いや、ヒグマは火とか怖がらないって、前に見たアニメでもそんなのあったよ?」
「うわー、ヒグマにだけは会いたくないなー」
 GPSの用意をする絹田は東中に軽く返し、更に雲井が首を突っ込んだ。しかし、絹田はそれに返さず、当惑に声を漏らした。
「ん……」
「タヌどうした?」
 小山田は絹田のスマートフォンを覗き込み、顔を見合わせた。その様子に、雲井と東中も絹田を見た。
「電波圏外でもGPSは使えるって聞いたんだけど……」
「待って、俺のスマホ、タヌタヌと機種違うし、キャリアも違うから」
 雲井は自身のスマートフォンを取り出すと、GPSアプリを立ち上げる。しかし、位置情報は表示されない。
「あれ……俺のもだ。マッツーは? 機種違うよね」
「お、おう」
 東中も自身のスマートフォンで同じくアプリを立ち上げるが、やはり位置情報は表示されなかった。それどころか、時計の表示が雲井と異なっている事に気付いた。
「あれ? てか、俺のスマホなんかおかしい」
「え?」
 東中のスマートフォンを覗いた絹田は目を疑った。
「せ、一九七〇年一月一日ぃ?」
 絹田の素っ頓狂な声に、一同が東中のスマートフォンを覗こうとし、東中は全員に画面を見せた。
 そこに映し出されていたのは、一九七〇年一月一日午前零時丁度で止まった待ち受け画面の時計だった。
「えぇ? マジで? ここに来て故障?」
 絹田は慌てて自分のスマートフォンを見ると、ある違和感に気付いた。
「……マダ、お前さ、時計、何時何分?」
「え?」
「だから、スマホの時計」
「ん、あぁ」
 突如として真剣な眼差しを受けた小山田は、困惑気味に自分のスマートフォンの画面を見た。
「……四時一二分」
 一同の視線が、絹田に注がれた。
「見て、これ」
 絹田が一堂に見せた画面に表示されていたのは、午後五時三七分だった。
 それを見た雲井は、ふと自分の腕時計を見遣り、更にスマートフォンの画面を見て声を上げた。
「……えぇ? あれ? うわ、俺のもなんかおかしい! 時計は四時五七分なのに、スマホ十六時じゃなくて六時になってる、ヤバい!」
 あからさまに混乱する雲井の隣で、東中も自身の腕時計とスマートフォンを見て思わず叫んだ。
「はあぁ? なんじゃこりゃ! 俺の時計、いつの間に夜中の二時になってんだよ!」
 絹田はふと我に返った様に、手にしていたカメラの電源を入れようとした。
 だが、電源が入らない。
「……ヤバい、カメラ壊れたかも、電源が入らん!」
 一同はどよめき、絹田の手元を凝視した。
「さっき、喫茶店みたいな所撮ってた時には保存も出来てたのに……」
 四人は同時に、背筋が凍るのを感じた。
「な、なぁ、誰か……ラジオ、持ってなかったか……時間分からないのなんか怖ぇんだけど……」
 東中が震える声で呟くと、絹田はカメラを小山田に渡し、自身のバックパックから非常用の充電器付きのラジオを取り出した。
 幸い、その電源は入ったが、ラジオはどれほど選局しようと、雑音を吐き出すだけだった。
「……タヌタヌ、一回中に戻ろう。なんか変だよ、ここ」
「あ、あぁ……」
 雲井は絹田を促し、蒼褪めて立ち尽くす東中の肩に手を遣った。
「マダ、行くぞ!」
 足を踏み出した絹田は呆然と立ち尽くす小山田の腕を引っ張り、元来た玄関へと戻る。その最中、彼の目には一組のカップルが玄関の奥へと消えていく様が映った。
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