幻の宿

詩方夢那

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平成三十年七月五日(友引)

幕間 取材記録

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午後三時半(取材先にて)
 午後三時前、取材先の旅館・桃源楼に到着、宿泊の手続きを行う。
 歴史に関して詳しい事を尋ねたいと申し出ていたが、店主が不在の為、次の宿泊客が到着するまで館内を自由に見学していいとの回答があり、館内を見学させていただいた。

 建物は木造四階建て。一階は受付とささやかな食堂、大浴場、そしてトイレ。
 食堂は格子戸の奥にあり、食堂というよりは喫茶室の様な趣。
 トイレは旧式の簡易水洗(和式のみ)で、上層階には無い。非常用の簡易トイレは持ち込めるが、持ち帰っての処分が必要との事。
 無論、エレベーター設置はなく、階段は暗く、狭く、急な為、大きな荷物を持っての宿泊は難しいだろう。また、高齢者や幼児連れは勿論、身体の不自由な方の宿泊は不可能な様子。
 浴場も大浴場のみ。男女は別だが、カップルや家族など、混浴でよいなら料金は安くするとの事。
 ただし、設備は相当な年代物で、お湯が出るだけマシといった印象。水周りの設備は期待しない方がいい。
 しかし、建物内部は古い趣をよく残しており、歴史的な価値は感じられる。だが、やはりその分、電気設備も貧弱で、午後三時を過ぎた時点で、廊下はあまり明るくない。階段やトイレなど、携帯電話・スマートフォンの類を落とす危険が高い部分も多いので、懐中電灯(ネックストラップの付いた物やヘッドライト式の物)があった方が安全だろう。

 客室は二階以上にあるが、客室以外の設備が散見される。
 まず、二階の階段脇(階段は複数存在している)には、工芸品の様な物を展示しているスペースがあり、当時は無人だったが、有人の事もある様だった。何らかの制作を実演しているのだろうか。
 三階にはささやかな画廊があり、季節の花と共に愛らしく透き通った印象の水彩画が飾られていた。定期的に入れ替えされているのかは不明だが、夏らしく素敵な水彩画であった。ただ、惜しむらくはやはり薄暗い為に、それが十分に見えない事であろうか。
 四階は山を一望できるテラスがあるが、藪蚊が多い為外には出ず、ガラス窓越しに見物。見る物は特に無く、山の手入れがかなり悪い様子が遠目にも分かる。だが、青い空が見える明るい場所であり、鉢植えの花々は鬱蒼とした緑と年季の入った木材の中で美しく咲き誇っていた。

 全体的に古く、宿としてはあまりにも貧相な印象だが、細部に施された細やかな装飾、殊に、木造の彫刻は非常に美しく、客室の天井に施された彫刻は曼荼羅の様に神秘的な趣を持っている。
 建物の装飾を見るに、文化的には相当貴重なものであると見えるが、特にそうした話を聞かないのが不思議でならない。

 なお、食事に関しては精進料理を提供するとの事だが、こちらは期待してもよさそうだ。

午後四時ごろ(取材先にて)
 午後四時前、桃源楼にて取材を行っていたが、館内の撮影中、突如としてデジタルカメラの電源が落ちた。以後、電源は入らず、バッテリーを交換しても起動しなかった為、故障とみられる。
 だが、それ以外にも奇妙な事が生じている。
 それも、いくつも。

 まず、同行している友人のスマートフォンが故障した。
 時計は一九八五年八月十四日午前零時を示して止まり、電波は圏外、GPS機能も起動しない。カメラも起動せず、電源は入るが一切使用の出来ない状態になっている。
 次に、私の携帯電話に関しても、電波は圏外となり、時計の表示が出来なくなっている。カメラ機能も使えない。撮影しても、真っ黒になり、保存が出来ない。デジタルカメラの代替に使えないかと使用して気が付いた。
 また、これは奇妙というか不思議な事だが、館内を一巡して、テレビ、ラジオはおろか、時計が無いという事実に気が付いた。
 空は酷く暗い雲に覆われ、時刻はおそらく午後四時になろうかという時刻だが、それを確かめる術は私の腕時計ただひとつである。
 電話回線を通じたインターネットへの接続も出来ず、天候の確認もままならない。 

 ところで、大変に不気味な事に、番台の電話機(かなり年代物のプッシュフォン)の電話線が切れている事に気が付いた。
 経年劣化で切れてしまった様にも見えるのだが、今しがた切れたというよりは、もう、長い間切れたままだった様に見て取れる。
 今朝、私は確かに、宿泊の確認と取材の確認をしたというのに。
 だが、それ以上に奇妙な事に、ある一組の、わけありげなカップルがここを訪れたのだ。
 電話が、通じないはずにもかかわらず。
 しかも、女性は酷く悲しげで、男性は酷く苛立たしげで……加えて、その女性、今となっては名前を忘れてしまったが、大学出同じゼミに所属していた同級生によく似ていて、嫌な予感を覚えてしまった。

 山を降りる事が叶うなら、私は今すぐ同行者と、そして、ジャングル・ウォーカーズ(動画投稿パフォーマー)の方々を連れて、山を下りたい。
 ここは、何かが、おかしい。
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