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第二章 Gambling with the Devil
2-9-1 混ざり合わないふたつの存在
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冷え込みが目立ち始めた十一月の末、ルーシーに呼び出されたハリーは嫌な予感を確信に変えながら貸会議室へと急いだ。
滝上を迎えてのリハーサルはあまり良い手応えではなかったとメンバー一同から鷲塚に伝えられたが、数日の間に鷲塚は滝上にギターレッスンを提案し、ブラストバスター社が抱えるスタジオミュージシャンを講師とするレッスンを承諾させていた。
その結果、一週間ほどのレッスンで滝上の認識は多少なりと改善された。それは鷲塚が選んだ講師役のギタリストもまた滝上と同じく現場叩き上げで成長してきたミュージシャンであった事が最大の要因であるが、滝上の持つイエロー・リリー・ブーケに対する憧れも大きく影響しての事だった。
そして音楽的な未熟さ以上に懸念された指の問題も、左手薬指は怪我の影響で正常な演奏に耐えられないと分かったが、小指を使った演奏は可能と判明し、講師役を務めたギタリストが引き続き演奏フォームの改善にも協力すると申し出た。
ケリーは前向きな滝上の姿勢を受け入れハリーもそれを見守る意向を示したものの、ルーシーは曖昧な回答に終始し、この時からハリーの嫌な予感は始まっていた。
貸し会議室のエントランスに着いた瞬間、その予感が現実になる事をハリーは覚悟した。
ハリーが指定された部屋に入ると、其処には感情の読めない表情で座るルーシーが居た。
「呼びつけて申し訳ない」
「いや……まあ、大体、察しは付いてるよ」
ハリーはルーシーの向かいに腰を下ろした。
「言いたい事は一つだけだ、滝上君を迎えるなら、僕は辞めるよ」
「……だよな」
ルーシーに向けられていた視線を一度白い机に落としてから、ハリーは再びルーシーを見た。
「この際だ、何を言われても聞かなかった事にしておくからよ、はっきり言ってくれ。何が気に入らない」
「感覚的な問題だよ。彼はまだ若く未熟で認識が甘いという事は仕方が無い事だし、世の中には楽譜が読めなくても素晴らしい作品を作る音楽家が居る事も事実だ。ただ……生きてきた世界が違い過ぎて、僕は彼の感性を理解する事が出来ない」
「まあ、そうだろうな……」
ルーシーはあえて滝上の経歴を詳しくは聞かなかったが、形式的に持参された履歴書から滝上の経歴を知り、その瞬間から生きる世界が違う事を理解していた。
「しかし、社長にはどう言うんだ?」
「あまり多くを言えば差別としか思われないだろうけど、少なくとも、この国の文化的背景で刺青をするのだけは受け入れられない。ピアスホールを作る事について僕はとやかく言える立場にないけど、幾らこの世界で生きていくと決めたところで、あれほど派手に刺青をするのはどうにも理解が出来ないとだけは言っておくよ」
「そう、か……」
ハリーは刺青をする事の是非にどちらでもない考えを持つが、ルーシーの考えが分からないわけではない。
「それと、もう一つ聞かせてくれ。彼を迎えると決めたケリーについて、どう思ってる」
「アマミ君の考えを否定はしないよ。長年の功労者であるコノエ君があぁもあっさりとバンドを去ってほぼ一年、漸く熱意あるギタリストに巡り会えたのは奇跡的な事だし、彼の感性を認めているならそれでいい」
「じゃあ……お前さん自身はどうなんだ。此処まで辞めずに来たのに、せっかく新しいメンバーとまた一からアルバムが作れるのに、辞めちまっていいのかよ……」
ルーシーは自嘲とも悲哀の皮肉とも取れない笑みを口元に浮かべた。
「叶うなら、またアマミ君と、アマミ君にしか作れない作品を残したかったよ。でも、僕は滝上君とやっていく事がきっと出来ない。僕は言いたい事は言わずにはいられなくなってしまうから、今を取り繕ったってその内綻びてしまうし、迷惑が掛からない内に辞めさせて欲しい」
「だったら」
「曲を作るなら、ギタリストが居た方がいいだろう? アマミ君自身がソロを弾かないなら、尚更だ」
ハリーの言葉を遮り、ルーシーはハリーの方を見つめてそう言った。
「それに、ドラムのアレンジはプロデューサーに相談したっていいんだから、誰が叩いたって変わりはない」
ハリーは目を伏せた。前任者であるテリーが参加したアルバムのレコーディングでは、アレンジについてプロデューサーが事細かく指示を出していたのである。
「……本当にそれでいいのか」
「申し訳ないが、仕方が無い事だ。それに、辞める事は前から考えていた。未練はもうないんだ。ただ、この先アマミ君が何を作るのか、リアルタイムに見届ける事が出来ないのは残念だが、若い相棒を迎えて何を作ったか、その結論は楽しみにしておくよ」
顔を上げたハリーが見たルーシーの表情は決して晴れやかな物ではなかったが、一抹の寂しさを含んでいながらも穏やかさを湛えていた。
「……分ったよ。それで、ケリーには、どう言うつもりなんだ」
「此処で辞めてしまう事を詫びなければならないだろう。そして、此処でキミから異論を聞かなかった以上、それを踏まえて伝えるよ」
「そっか……で、いつ頃話し合いをする気なんだ」
「ケリーには近く話をしておきたい。それと、社長や鴇田さんには、年度内に承諾して貰えればと思ってる。レコーディングの準備に入ると辞めるに辞められないだろう」
「分かった。何かあれば連絡させてもらうよ」
「すまない」
「いや、良いんだ……じゃあ、俺はこれで」
「ああ」
滝上を迎えてのリハーサルはあまり良い手応えではなかったとメンバー一同から鷲塚に伝えられたが、数日の間に鷲塚は滝上にギターレッスンを提案し、ブラストバスター社が抱えるスタジオミュージシャンを講師とするレッスンを承諾させていた。
その結果、一週間ほどのレッスンで滝上の認識は多少なりと改善された。それは鷲塚が選んだ講師役のギタリストもまた滝上と同じく現場叩き上げで成長してきたミュージシャンであった事が最大の要因であるが、滝上の持つイエロー・リリー・ブーケに対する憧れも大きく影響しての事だった。
そして音楽的な未熟さ以上に懸念された指の問題も、左手薬指は怪我の影響で正常な演奏に耐えられないと分かったが、小指を使った演奏は可能と判明し、講師役を務めたギタリストが引き続き演奏フォームの改善にも協力すると申し出た。
ケリーは前向きな滝上の姿勢を受け入れハリーもそれを見守る意向を示したものの、ルーシーは曖昧な回答に終始し、この時からハリーの嫌な予感は始まっていた。
貸し会議室のエントランスに着いた瞬間、その予感が現実になる事をハリーは覚悟した。
ハリーが指定された部屋に入ると、其処には感情の読めない表情で座るルーシーが居た。
「呼びつけて申し訳ない」
「いや……まあ、大体、察しは付いてるよ」
ハリーはルーシーの向かいに腰を下ろした。
「言いたい事は一つだけだ、滝上君を迎えるなら、僕は辞めるよ」
「……だよな」
ルーシーに向けられていた視線を一度白い机に落としてから、ハリーは再びルーシーを見た。
「この際だ、何を言われても聞かなかった事にしておくからよ、はっきり言ってくれ。何が気に入らない」
「感覚的な問題だよ。彼はまだ若く未熟で認識が甘いという事は仕方が無い事だし、世の中には楽譜が読めなくても素晴らしい作品を作る音楽家が居る事も事実だ。ただ……生きてきた世界が違い過ぎて、僕は彼の感性を理解する事が出来ない」
「まあ、そうだろうな……」
ルーシーはあえて滝上の経歴を詳しくは聞かなかったが、形式的に持参された履歴書から滝上の経歴を知り、その瞬間から生きる世界が違う事を理解していた。
「しかし、社長にはどう言うんだ?」
「あまり多くを言えば差別としか思われないだろうけど、少なくとも、この国の文化的背景で刺青をするのだけは受け入れられない。ピアスホールを作る事について僕はとやかく言える立場にないけど、幾らこの世界で生きていくと決めたところで、あれほど派手に刺青をするのはどうにも理解が出来ないとだけは言っておくよ」
「そう、か……」
ハリーは刺青をする事の是非にどちらでもない考えを持つが、ルーシーの考えが分からないわけではない。
「それと、もう一つ聞かせてくれ。彼を迎えると決めたケリーについて、どう思ってる」
「アマミ君の考えを否定はしないよ。長年の功労者であるコノエ君があぁもあっさりとバンドを去ってほぼ一年、漸く熱意あるギタリストに巡り会えたのは奇跡的な事だし、彼の感性を認めているならそれでいい」
「じゃあ……お前さん自身はどうなんだ。此処まで辞めずに来たのに、せっかく新しいメンバーとまた一からアルバムが作れるのに、辞めちまっていいのかよ……」
ルーシーは自嘲とも悲哀の皮肉とも取れない笑みを口元に浮かべた。
「叶うなら、またアマミ君と、アマミ君にしか作れない作品を残したかったよ。でも、僕は滝上君とやっていく事がきっと出来ない。僕は言いたい事は言わずにはいられなくなってしまうから、今を取り繕ったってその内綻びてしまうし、迷惑が掛からない内に辞めさせて欲しい」
「だったら」
「曲を作るなら、ギタリストが居た方がいいだろう? アマミ君自身がソロを弾かないなら、尚更だ」
ハリーの言葉を遮り、ルーシーはハリーの方を見つめてそう言った。
「それに、ドラムのアレンジはプロデューサーに相談したっていいんだから、誰が叩いたって変わりはない」
ハリーは目を伏せた。前任者であるテリーが参加したアルバムのレコーディングでは、アレンジについてプロデューサーが事細かく指示を出していたのである。
「……本当にそれでいいのか」
「申し訳ないが、仕方が無い事だ。それに、辞める事は前から考えていた。未練はもうないんだ。ただ、この先アマミ君が何を作るのか、リアルタイムに見届ける事が出来ないのは残念だが、若い相棒を迎えて何を作ったか、その結論は楽しみにしておくよ」
顔を上げたハリーが見たルーシーの表情は決して晴れやかな物ではなかったが、一抹の寂しさを含んでいながらも穏やかさを湛えていた。
「……分ったよ。それで、ケリーには、どう言うつもりなんだ」
「此処で辞めてしまう事を詫びなければならないだろう。そして、此処でキミから異論を聞かなかった以上、それを踏まえて伝えるよ」
「そっか……で、いつ頃話し合いをする気なんだ」
「ケリーには近く話をしておきたい。それと、社長や鴇田さんには、年度内に承諾して貰えればと思ってる。レコーディングの準備に入ると辞めるに辞められないだろう」
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「すまない」
「いや、良いんだ……じゃあ、俺はこれで」
「ああ」
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