夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

文字の大きさ
67 / 91
第二章 Gambling with the Devil

2-10-1 切るに切れない赤い糸

しおりを挟む
 未熟で幾つかの問題を抱えていた滝上の加入は難しいかに思われたが、憧れのロックバンドへの加入に向け、滝上は熱意を見せていた。
 だが、仮に滝上が加入したところで、現在のメンバーと音楽的な背景や経歴が大きく異なる滝上を迎えてのレコーディングが順調に進む確証は無かったが、鷲塚はやってみなければ分からないとの認識をプロデューサーの早川と共有し、滝上の加入を見据えて予定が組まれ始めていた。
 その検討の中では滝上の加入をどの段階で公表するかについても議論が進められており、鷲塚は不安定な状態を見守ってきたファンへの感謝としてクリスマスに合わせた公表を提案した。
 しかし、レコーディングの進捗次第で滝上の加入が白紙になる可能性を憂慮した早川はアルバム制作が確実になった段階での公表が混乱を招かないと考えていた。
 鴇田は滝上の加入とルーシーの脱退が天秤にかけられた状態かつ、ケリーの判断が下されない状況で明確な意見を述べる事に後ろめたさを覚えながらも、ルーシーから脱退の意向が伝えられていなければ早川に賛同したであろうと思い、レコーディング会時点での公表が良いだろうと進言する。そして、ファンに対してはファンクラブ向けのクローズドな環境で、新しいめんがーが決まった旨をそれとなく伝えてはどうかとも提案した。
 鷲塚は確定情報を早期に公表する事でバンド活動への期待感を高めたいと考えてており、限定的で思わせぶりな公表には難色を示したが、鴇田と早川の説得を受け、年明けから順次情報を公開する話題づくりの方向で進めると承諾した。
 鷲塚らとの話し合いを終えた鴇田はメンバーとの話し合いという体でリハーサルスタジオへと向かった。奇しくも今、ルーシーはケリーに対して脱退の意向を伝達しているのである。

 鴇田がスタジオに入ると既にルーシーの姿は無く、頭を抱えて項垂れるケリーと、所在なさげに鴇田を待つハリーだけが残されていた。
「あぁ、鴇田さん」
 ハリーは苦笑いを浮かべ、鴇田に会釈する。
「……ケリー」
 鴇田は静かにケリーの側へと進み、手近な椅子に腰を下ろした。
「鴇田さんは……どう思ってるんですか」
 顔を上げたケリーは澱んだ眸を鴇田に向けた。
「バンド活動の観点からは……ルーシーが滝上君と活動すべきだと考えています。ですが、ルーシーがそれを望まないなら、無理強いは出来ません。彼はスタジオミュージシャンではなく、このバンドのメンバーであり、価値観の共有を迫られる立場です。それが出来ないなら、出ていくのが順当でしょう」
 どちらの側にもつかないビジネスマンとして、鴇田はあえて毅然とした態度でケリーを突き放した。
「……どうやっても、決めるのは、俺なんですね」
「私はメンバーではありませんからね」
 ケリーは溜息を吐き、再び頭を抱えて項垂れた。
「……ケリー、君は滝上君の事を、本心ではどう評価しているんです?」
「……俺に、少し似ているな、と」
 鴇田とハリーは沈黙したままケリーの言葉を待ったが、続く言葉は聞こえない。
「では、ミュージシャンとして、ギタリストとして、彼をどう評価しますか」
「ミュージシャンとしては……ちょっと、認識、甘いかなってところは、ままありましたけど、でも、それを埋めようとして頑張っているのは事実で、俺達のファンだって言ってくれる若い人が来てくれるのは、すごくいい事だと思います」
「分かりました……それなら、ルーシーの事は、どう思っているんですか」
 ルーシーの名を聞くなり、ケリーは取り乱した様に髪を乱雑に掻き上げる。
「ルーシーの事は……なんていうか、メンバーというか、戦友? こう、彼って、ツアーの真っ最中にいきなり入ってきて、それなのに、凄く頼もしくて……ずっとギターテックだと思ってたコリーが、メンバーになった時、付き合いが浅かった分、彼は一番最初にコリーをメンバーって捉えていたのも有って、職人肌っていうのも似通っていて、彼が居たから、コリーとうまくやれたってところがあって……付き合いは、コリーよりも短いのに、凄く頼れる人だなって思っていました」
「これから先も、一緒に音楽を続けたいと思いますか」
「もちろん」
「しかし、彼は滝上君との活動は出来ないと考えていて、滝上君が加入するなら如何なる慰留にも応じる意思はない……ケリー、覚悟を決めて下さい」
 ケリーは俯いて黙り込む。
「私もハリーも、ケリーの決断を尊重すると決めています。君がやりたい様にやる事、それが最善だと」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様の“専属”

ユウキ
恋愛
雪が静かに降りしきる寒空の中、私は天涯孤独の身となった。行く当てもなく、1人彷徨う内に何もなくなってしまった。遂に体力も尽きたときに、偶然通りかかった侯爵家のお嬢様に拾われた。 お嬢様の気まぐれから、お嬢様の“専属”となった主人公のお話。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...