夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第二章 Gambling with the Devil

2-10-2 切るに切れない赤い糸

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「……レインに、戻ってきて欲しい」
 長い沈黙の後、ケリーは本心を露わにした。
 鴇田とハリーは思わず顔を見合わせ、同時にケリーを見る。
「ルーシーに出て行って欲しいとは思わないんです。でも、分かってはいるんです、滝上君の他に、今の俺達と一緒にやっていきたいと言ってくれる、適当な人材が居ない事は……でも、俺はルーシーに出て行って欲しくないし、俺は……俺は、本当は、レインとアルバムが、作りたかったんです」
 鴇田とハリーは再び顔を見合わせた。
「今でもずっと、いや、今だからこそずっと、考えずにはいられないんです。レインとアルバムを作ったら、何が出来たんだろう、とか、この曲は、今のレインならどんな風に弾いてくれるんだろう、とか……」
 ケリーの言葉に、ハリーの表情がにわかに曇る。
「もちろん、今のレインが、俺達とはまるでかけ離れたジャンルの活動をしている事は分っているんです。でも……カバー動画とか、そういうの見ると、あながち、彼は向こう側に振り切ってるわけでもないんじゃないかって思えたり」
 ハリーはそれとなく気になって目にしたレインの動画を思い出す。ゴースト・モノリスの作品は浮遊感と底知れぬ暗黒を併せ持つ奇妙な雰囲気に終始している一方、レインが個人的に投稿している動画では多様なスタイルの楽曲をカバーしていた。
「でも、俺にはもうそれを確かめる術とか無くて。だけど……それでも、いや、それだからこそ、レインが居てくれたら、一体どうなるのか、考えずにはいられないんです。だけど、分かってはいるんです、それをすべき相手は滝上君だって事は! でも、それでも……ルーシーが辞めるって、二択を迫られたら……余計に、レインの事が、思い浮かんで……」
 声を震わせるケリーの思いの丈を知り、鴇田とハリーはもう一度顔を見合わせ、鴇田は頷いた。
「君の考えは分りました……もう一度、ルーシーと話をしてみましょう。そしてその時は、その思いの丈を、彼に伝えて下さい」
「鴇田さん」
「ただし……社長には内密に」
 ケリーは静かに頷いた。

 ケリーの本心は当人とハリー、そして鴇田の共通する秘密となり、彼等はそれを共有する事で奇妙な一体感を覚えていた。それは幼い子供達が雑木林の秘密基地を共有する様な高揚感にも似ていたが、その希望が実現する可能性は極めて低いと鴇田もハリーも理解していた。
「……つまるところ、もう一度、僕に取り次いで欲しいという事だね」
 話し合いの翌日、個室客席を備えた居酒屋に呼び出された時からルーシーの態度は落ち着き払っており、ケリーの実現性の低い願望には少しばかり呆れた風ではあったが、驚きはしていなかった。
「俺もケリーも、お前さんが出て行くなんて事は望んでないし、俺もレインとアルバムを作ってみたいというのには賛成だ。というか、そもそもレインの方がよっぽど俺達と趣味が近いだろ?」
「おそらくは」
「だからよ、もう一度、何とかして話し合いがしたいんだ」
「私からも頼むよ」
 鴇田の言葉に、ルーシーは目を瞠った。
「正直なところ、彼にやる気が無いとしても、この状況での最適解は、彼が戻る事しかないんです。私から見ても……洋楽ロック、特にブリティッシュロックに裏打ちされた路線と滝上君の志向は一致していませんからね」
 鴇田から飛び出す辛辣な意見に、一同は思わず顔を見合わせた。
「とはいえ、今のレインは主宰しているバンドも一般に受け入れられるタイプではありません。しかし、彼が影響された音楽はあなた方の志向と方向性は違えど根本的には近しいものが有りますし、彼が実践するブラックゲイズの、シューゲイザー的スタイルはマイナーですがロックという根幹は共通しています」
 それまで音楽的な部分に口を出す事の少なかった鴇田が音楽論を饒舌に語る姿を目の当たりにしたメンバー達は驚愕したが、止められるものでもないと理解してその続きをただ聞き入れる。
「それに、バンド外でカバーしている曲の趣味は、他の動画配信者の影響も大きいとは思いますが、いずれにせよ日本でも広く知られたヨーロッパのヘヴィメタルや北欧のロックが中心で、分かりやすいメロディラインやロマンティックなアレンジに理解が無いようには見えませんから、国内向けの活動にそうしたセンスを少しでも取り入れてくれれば悪くないものが出来るのではないでしょうか」
 鴇田が一頻り語ったところで口を開いたのはルーシーだった。
「確かに、日本人から見たヨーロッパのヘヴィメタル、特にパワーメタルはアニメソング的なヒロイックさを感じますから、そういうセンスは取り入れても悪くはないと思います。ただ……彼を口説き落とすのは至難の業だと思いますよ」
「だとしても、今のケリーなら何とかなるかもしれません。ルーシー、もう一度、君からレインにコンタクトを取ってもらえませんか」
「……分かりました」
 ルーシーは少しばかり思案してから返答をした。ケリーはそれに目を輝かせるが、ルーシーの視線は心ここにあらずといった風に沈み込む。
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