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第二章 Gambling with the Devil
2-11-2 Skin O' My Teeth
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「ランも災難やったけど……レイさん、どっか避難するあては有るんか?」
「うー……東京離れるのはいいけど、配信とか収録出来なきゃだし……困ってる」
「カノジョさんの所は?」
「行けるなら行きたいけど、今すぐ行ったら、巻き込みそう……」
「そうかぁ……難儀やな」
リンは車を走らせ、曰く付きの古民家を目指す。
「しかし、なんでそんな事になるんや?」
「話すと、訳分らないし、長い……」
レインの自宅に押し掛けたのは、引き出し屋と呼ばれる謎の業者だった。
本義的には部屋から出る事が出来なくなった引きこもり当事者、特に精神疾患から多少なりと力ずくで押さえる必要性のある患者を病院や施設に送り届ける為の業者だったが、実態は家族関係のこじれた引きこもり当事者、時には引きこもりに該当するかも不明な若者を法外な金額と引き換えに拉致し、悪質な施設に監禁する業者だった。
法的な規制がされて居ない為に違法とは言えず、警察と関係のある人物が関与している場合には警察からの保護も十分に受けられなくなる厄介な存在であったが、全くの別人に狼藉を働いたとなれば、業者と依頼主で法的責任のなすりつけ合いが始まる。
既に東京では依頼主たるレインの父親と依頼を受けた業者間でどちらが間違っていたのかの不毛な議論が始まり、事務所の顧問弁護士から依頼を受けた家族関係に関連する事案を得意とする弁護士が頭を抱えていた。
「話聞いたるから、手洗ろうて待っとき」
「うん……」
古民家に戻ったリンは離れの玄関を開け、レインを二階に向かわせた。そして母屋から適当な食材と鍋を持ち出し、離れの二階にある申し訳程度の電磁調理器に鍋をかける。
「で……最初は何が有ったんや」
「見合いを断った」
「は?」
意味が分からず、リンは目を丸くしてレインを見た。
「だから、見合いを断った」
「ゆぅて、見合いで此処までなるか?」
レインが巻き込まれた騒動を知らないリンはただ愕然とレインを見つめる。
「……なるからこうなった」
「んって、どんな見合いやねん。なんや、相手はどっかの大金持ちのお嬢様か?」
「其処までじゃない。あの人は中小メーカーの事務員だった。俺よりはいい仕事だけど……キリスト系カルトの人だった」
リンは声にならない声を上げてレインを凝視する。
「マイナーなんだけど、本来の教義から逸脱してるから、カルト」
「そら、断るわ……しっかし、なんで分ったんや? 普通そんなん隠して見合いするやろ」
「隠さなかった」
「は?」
「勧誘の為、だったのかも」
「はぁー……そら参ったな。ゆうて、親は知らんかったんか?」
「知ってたはずだよ。というか、だから見合いさせたんじゃないかな……ブラックメタルバンドやってるし、俺」
「何や、もはやただの嫌がらせやな」
「親の持って来る見合い、基本、嫌がらせだよ」
リンは言葉を失った。
「でもヘンなんだよ、とーさんは熱心な浄土宗なのに」
「ほえー……何や、もうわけ分らんな。いや、まて。その見合い断ったんが、なんで引き出し屋になるんや」
「見合い断って怒らせたところに、インタビューがばれた」
「インタビュー……」
「レーベルが出した、あれ」
「あ、あれが? なんでや? なんでそれがこうなる?」
リンは首を傾げた。
「あれでさ、こう、見たわけじゃないのに、確かに記憶にある、実在する架空の記憶があるって言ったでしょ。あれを見て、そうだこいつは……というわけ」
「はぇー……」
理解した様な呆れた様な何とも言えない声を出しながら、リンは鍋から灰汁を取り除く。
「しっかし、ようあっちのあばら家居ったな」
「それまでに散々揉めてたから、帰りたくなかったし……作業環境、ランの所に持って行ってたし。まさか、こんな事になるなんて思ってなかったけど」
「そらそーや」
「……ところで、その鍋、何?」
レインの視線が使い古された鍋に向かう。
「見ての通り鍋や、鍋。鮭の切り身買うとったんでな、京風だしと豆腐入れて来たんや」
「へー」
具材が十分に煮えたところでリンは加熱を止め、殺風景な部屋の小さな卓袱台に鍋を据えた。
「何はともあれ、腹ごしらえしてから考えよか」
「うん」
鍋の中身を取り分けながら、リンはレインをどうすれば守れるか思案した。
リンはかつてこの離れの座敷牢に留め置かれた人物が、家族内の不和から狐憑きをでっちあげられたと聞かされている。そして彼自身が精神的に不安定だった時、同じく精神的な不安定を抱えていた若者が家族内の不和に陥り、必要のない閉鎖病棟から出られなくなった事も知っている。
「……もしな、こっちにどっか避難したい言うんなら、どこぞの空き家でも探すで」
リンの申し出に、レインは首を傾げて見せる。
「便利のええ場所や無いけど、スタジオ作った時に世話になった大工さん呼べるし、少々ギター弾けるくらいの部屋が作れたら、まあ、ボロ屋でも我慢してくれるか?」
「まあ、住めるなら、良いかな」
「そーか。ま、四、五日は此処居り。話通じんの相手するんは難儀や」
「そうだね……」
レインはリンの作った汁を少し啜った。
「うー……東京離れるのはいいけど、配信とか収録出来なきゃだし……困ってる」
「カノジョさんの所は?」
「行けるなら行きたいけど、今すぐ行ったら、巻き込みそう……」
「そうかぁ……難儀やな」
リンは車を走らせ、曰く付きの古民家を目指す。
「しかし、なんでそんな事になるんや?」
「話すと、訳分らないし、長い……」
レインの自宅に押し掛けたのは、引き出し屋と呼ばれる謎の業者だった。
本義的には部屋から出る事が出来なくなった引きこもり当事者、特に精神疾患から多少なりと力ずくで押さえる必要性のある患者を病院や施設に送り届ける為の業者だったが、実態は家族関係のこじれた引きこもり当事者、時には引きこもりに該当するかも不明な若者を法外な金額と引き換えに拉致し、悪質な施設に監禁する業者だった。
法的な規制がされて居ない為に違法とは言えず、警察と関係のある人物が関与している場合には警察からの保護も十分に受けられなくなる厄介な存在であったが、全くの別人に狼藉を働いたとなれば、業者と依頼主で法的責任のなすりつけ合いが始まる。
既に東京では依頼主たるレインの父親と依頼を受けた業者間でどちらが間違っていたのかの不毛な議論が始まり、事務所の顧問弁護士から依頼を受けた家族関係に関連する事案を得意とする弁護士が頭を抱えていた。
「話聞いたるから、手洗ろうて待っとき」
「うん……」
古民家に戻ったリンは離れの玄関を開け、レインを二階に向かわせた。そして母屋から適当な食材と鍋を持ち出し、離れの二階にある申し訳程度の電磁調理器に鍋をかける。
「で……最初は何が有ったんや」
「見合いを断った」
「は?」
意味が分からず、リンは目を丸くしてレインを見た。
「だから、見合いを断った」
「ゆぅて、見合いで此処までなるか?」
レインが巻き込まれた騒動を知らないリンはただ愕然とレインを見つめる。
「……なるからこうなった」
「んって、どんな見合いやねん。なんや、相手はどっかの大金持ちのお嬢様か?」
「其処までじゃない。あの人は中小メーカーの事務員だった。俺よりはいい仕事だけど……キリスト系カルトの人だった」
リンは声にならない声を上げてレインを凝視する。
「マイナーなんだけど、本来の教義から逸脱してるから、カルト」
「そら、断るわ……しっかし、なんで分ったんや? 普通そんなん隠して見合いするやろ」
「隠さなかった」
「は?」
「勧誘の為、だったのかも」
「はぁー……そら参ったな。ゆうて、親は知らんかったんか?」
「知ってたはずだよ。というか、だから見合いさせたんじゃないかな……ブラックメタルバンドやってるし、俺」
「何や、もはやただの嫌がらせやな」
「親の持って来る見合い、基本、嫌がらせだよ」
リンは言葉を失った。
「でもヘンなんだよ、とーさんは熱心な浄土宗なのに」
「ほえー……何や、もうわけ分らんな。いや、まて。その見合い断ったんが、なんで引き出し屋になるんや」
「見合い断って怒らせたところに、インタビューがばれた」
「インタビュー……」
「レーベルが出した、あれ」
「あ、あれが? なんでや? なんでそれがこうなる?」
リンは首を傾げた。
「あれでさ、こう、見たわけじゃないのに、確かに記憶にある、実在する架空の記憶があるって言ったでしょ。あれを見て、そうだこいつは……というわけ」
「はぇー……」
理解した様な呆れた様な何とも言えない声を出しながら、リンは鍋から灰汁を取り除く。
「しっかし、ようあっちのあばら家居ったな」
「それまでに散々揉めてたから、帰りたくなかったし……作業環境、ランの所に持って行ってたし。まさか、こんな事になるなんて思ってなかったけど」
「そらそーや」
「……ところで、その鍋、何?」
レインの視線が使い古された鍋に向かう。
「見ての通り鍋や、鍋。鮭の切り身買うとったんでな、京風だしと豆腐入れて来たんや」
「へー」
具材が十分に煮えたところでリンは加熱を止め、殺風景な部屋の小さな卓袱台に鍋を据えた。
「何はともあれ、腹ごしらえしてから考えよか」
「うん」
鍋の中身を取り分けながら、リンはレインをどうすれば守れるか思案した。
リンはかつてこの離れの座敷牢に留め置かれた人物が、家族内の不和から狐憑きをでっちあげられたと聞かされている。そして彼自身が精神的に不安定だった時、同じく精神的な不安定を抱えていた若者が家族内の不和に陥り、必要のない閉鎖病棟から出られなくなった事も知っている。
「……もしな、こっちにどっか避難したい言うんなら、どこぞの空き家でも探すで」
リンの申し出に、レインは首を傾げて見せる。
「便利のええ場所や無いけど、スタジオ作った時に世話になった大工さん呼べるし、少々ギター弾けるくらいの部屋が作れたら、まあ、ボロ屋でも我慢してくれるか?」
「まあ、住めるなら、良いかな」
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レインはリンの作った汁を少し啜った。
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