夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第二章 Gambling with the Devil

2-12-3 Beautiful Madness

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 一瞬の沈黙に、ルーシーの眉間にしっかりとした皺が寄せられる。
「……たこつぼ型心筋症、ご存じですか?」
「なんだそのふざけた名前は」
「心臓が正しく収縮しなくなる病気で、放っておけば死にます」
「だからそれが」
「ユウキ君はそれが原因で辞めると決めたんですよ」
「あ? 病院なんか行ってたか?」
 父親はレインを見た。
「隆君、とーさんには何も言って無いし、知らないよ。ていうか、かーさんも、多分、知らない」
 レインの言葉に刹那の沈黙が訪れ、父親の苛立ちは再び熱を帯びる。
「それが今更どうしたっていうんだ!」
「聞きもしなかったって事ですよね、それは!」
「言わねえのが悪いんだろうが!」
 父親はレインに向けて怒号を放つが、それに負けじとルーシーが声を上げる。
「言っても無駄と思われていたなら、それはそれで問題だと思いますが!」
「社会人としてなってないからだろうが! わざわざ芸能界まで入って、そんな基本もなってねえのが悪いんだろうが!」
「芸能界を社会人というのは語弊が有りますよ」
 その言葉は、ルーシーを芸能人と認識する父親には説得力のある物だった。
「……だとしても、人の道を踏み外しているからそんな事になるんだろうが!」
「踏み外してなんて、無いですよ」
 淡々としていたルーシーの声が震えた。
「ユウキ君は人の道を踏み外してなんて無いんですよ!」
 張り上げられた声に、父親は思わずルーシーを直視した。
「ユウキ君はこの社会の枠組みの範疇にあって、人間として真っ当に生きて、その中で彼は彼の中にある世界を昇華させ、芸術家として認められる人間になったんですよ!」
 ルーシーの険しい表情に、父親の苛立ちは掻き消される。
「おじさん……日本人の、全く無名な一人の青年が、どうしてスウェーデンのレーベルからアルバムを出せたと思います?」
「す、すえ……」
「世界中からミュージシャンが連絡してくる中、どうして彼の作品がその一つに選ばれたか、分かりますか?」
 レインの音楽活動を知らない父親は話が理解出来ず、目を泳がせる。
「それは、彼が本当に素晴らしい音楽家だと認められたからなんですよ。確かにレーベルの規模は小さい物でしたが、本当にいい物を見極められる人間が経営しているからこそ、続けられている、そういう世界で彼は認められて……一万人のリスナーを得るミュージシャンになったんですよ」
「それがどうした。一万人だろうが何だろうが、ただの道楽だろうが!」
「だったら……だったらその道楽で、どうして無名の日本人がドイツから千枚のアルバムを売り上げられるんですか!」
 義憤に駆られるまま、ルーシーは声を張り上げた。
「どい……千枚で何を偉ぶるか! たかが千枚じゃねえか! んなもんは百万枚売ってから」
「違うんですよ! 芸能事務所と広告代理店とオールドメディアが売り出した偶像のアイドルと一緒にしないで下さい! 全く無名な日本人の青年が、世界中に販路を持つドイツのレーベルから、恐ろしくマイナーなジャンルで売り出す千枚が、一体どれほど価値のある物か、おじさんに分かるんですか! それともそんな物も分からないほど、おじさんの感性は貧相なんですか!」
「うるせえ! 売れてねえもんは売れてねえだろうが! 大体、せっかく許してやったバンドを投げ出しておいて、今更音楽業界に携われる資格なんかねえだろう!」
 父親はレインを睨んだ。
「だったら、とーさんは人の親の資格が無いよ」
 表情の失せた死んだ眸で父親を見上げながら、レインは吐き捨てる。
「貴様っ」
「いや、人の夫としても、最低だよ」
「なんだとっ」
 掴み掛らんとする父親を、ルーシーが力づくで引き留める。
「かーさん無理矢理改宗させて、大切な神様取り上げて、好きだったロックも取り上げて、今度はかーさんの息子でもある俺の人生まで勝手にしようとか、最低じゃん」
 父親は唇を震わせ、何かを言おうとするが、適当な言葉には巡り合わない。
「ていうかそこまでして信心してきた阿弥陀様は、そんなに心の狭い仏様じゃないよね」
 返す言葉を失い、父親は力なくソファに崩れ落ちた。
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