夜想曲は奈落の底で

詩方夢那

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第二章 Gambling with the Devil

2-15-1 The stage is ready for you

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 機材は練習用程度の簡素な物だったが、防音設備の無い事務所内で演奏するなら十分だった。
 エフェクターは最低限しか使わないが、曲ごとに少しずつ数値を変え、音の印象を変えるべく準備は整えている。
 準備期間は十日余り、本来二人分のギターを一人分でそれらしくアレンジしている曲の出来栄えは良い物とは言えないが、破綻していなければいいと開き直り、レインはピックを握った。
 ギター主体のハードロック、狂気的なギターソロを備えたスラッシュメタル、ヘアメタルの流れにあるハードロック、疾走感の中に繊細なメロディを湛えたメロディック・デスメタル。
 年代をなぞり、レインは自分を構築してきた名曲を一本のギターに集約する。
 五曲目に至って歌をお座成りには出来なくなりギターへの集中は落とされるが、ソロパートの丁寧さはレインらしく、程よく歪ませたギターの緩急は鮮烈に響く。一同はそのギターに感心すると同時に、殊の外伸びやかな歌声にも感心していた。
 予定していた五曲を終え、レインは黙って一同を見回す。その佇まいは右も左も分からないままスタジオに連れてこられた十九歳の青年の頃とは違い、堂々とした貫録を帯びていた。
「演奏は素晴らしかったよ。だが、少し解説してくれないかな」
 鷲塚の言葉にレインは少し視線を落とし、口を開いた。
「一曲目は七〇年代末のアメリカのハードロック、元々インストです。二曲目は八〇年代末のアメリカのスラッシュメタルで、三曲目は九〇年代初頭、ヘアメタル……グラムメタルと言った方がいいでしょうか。四曲目は二〇〇〇年代、フィンランドのメロディック・デスメタルの名盤のタイトルトラックです。最後の曲は十年ほど前にドイツのバンドが出した曲です」
 レインの解説を聞きながら、鴇田は早川を見た。
「君の好みはよく分かったし、あの不出来なB級ホラー映画の出来損ないのサウンドトラックみたいな音楽が全てではなくてよかったよ。しかし、全部洋楽だが、邦楽は何を聴いてきた?」
「あ、申し訳ないですけど、そこら辺不勉強な物で」
「音楽に携わっておいて、国内チャートをチェックしないのか?」
「この混乱以前、貯金を叩いて二度、北欧に行ってたりしますし」
 暴言に等しい論評へ吐き捨てる様に返すレインの態度に早川は逆上的な感情を抱きながら鷲塚を見遣るが、鷲塚はケリーに意見を求める様にそちらへ視線を向けていた。
「ケリーはこの十三年の彼の経歴をどう思う?」
 鷲塚に問われ、ケリーは申し訳程度の机に投げ出された形式的なレインの履歴書をちらと見遣る。
「そう、ですね……こう、外国のレーベルに自分から売り込みをしたり、動画の投稿でファンを増やしたり、凄く能動的で、規模は小さく見えますが、熱意はすごく伝わってきますし、音楽的には、自分達とは違うジャンルですけど、彼自身の好きな物を突き詰めた感じで、熱量みたいな物はずっと高いと思います」
「ハリーは?」
「レインには半ば無理矢理入って貰った様なものですし、音楽的には、彼が続けている事の方が彼の本来の趣味かなぁと」
「パフォーマンスの方はどうだね」
「相変わらず丁寧に弾くタイプのギタリストで、ざっくりしたアレンジでも雑さは感じないですし、少ない機材でバランスよく、曲ごとに印象を変えられるのも上手いなと」
 鴇田はギターを簡素なスタンドに戻したレインの様子を眺め、同席させられた滝上と見比べる。
 ファンミーティングへの復帰を打診した際にはバンドの路線と異なる音楽性やファッションセンスに歯軋りする思いをしていた鴇田だが、改めてレインの佇まいを見てその考えは変わる。
 鴇田は立ち上がり、レインの隣に向かう。
「爪を見せてくれますか」
「はあ……」
 レインが見せた爪は赤色をベースに黒を重ね塗りしたグラデーションになっており、先端にはラメの入ったコート剤が塗られている。だが、既にその一部は演奏の勢いに削られて剥がれていた。
「ジェルネイルではないんですね」
「胡粉ネイルですよ」
「胡粉?」
「貝殻の粉で固めてるんです。揮発臭殆ど無くて干からびないから便利ですよ。アルコールに溶けるのは、このご時世にちょっと難点ですけど」
「そんな物が有るんですか……それと、そのペンダントは」
 鴇田が視線を向けるのは、不透明なシードビーズのネックレスをチェーンに揺れるドリームキャッチャーだった。
「シルバーのチャームは自分で作りました。チェーンにしているネックレスは、交際相手に頼んで作ってもらった物です」
「カノジョが居るんですか」
「問題あります?」
「いえ……」
 レインは怪訝な鴇田の態度にそこはかとない不快感を見せ、気まずくなった鴇田は元居た席に腰を下ろした。
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