幸せな人生を目指して

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第1章 新しい世界

12 アルフレッドside

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初めは迷惑がかかるだろうと思いエルに会いに行くのを我慢していた。
しかし私は彼女の優しさに甘えて、ことごとく屋敷を尋ねては、他愛ない話をして心躍らせる。
そしてそんな事を繰り返し、気が付けば一年が過ぎていた。



そんなある日、私は舞姫のレッスンを行っているという彼女の応援の為に駆け付けた。
舞姫は毎年行われる祝祭で舞を披露する者を指す。それを今年はエルとその姉、アメリアの二人が担う事になったのだった。
元々舞姫の役は一人と決まっていたが、今回は異例で姉妹二人でという事に決まり、その事を公表すると、今までにない決定に多少の戸惑いが見られたが、しかしそれもすぐに収まった。
何せ舞姫役の二人が上流階級の侯爵家の人間という理由もあってなのだが、そうでなくとも余程の事がない限り、文句言う者はいないだろうし、言わせるつもりもないが。



いつも通り護衛を屋敷の前で待たせて一人先を進むと、使用人には最早見慣れた光景なのか、慣れた手つきで客室に案内される。
私の突然の来訪にも驚かれる事なく、それどころか笑顔で迎え入れてくれる者達ばかりで、勝手とは分かっているが正直とても居心地が良く、そして助かっていた。

身分を知られると直ぐに態度を変える連中が多い社会の中で、それでも態度変われずに今まで通り接してくれる人々がいる事がどれだけ有難い事なのか、それを再度思い知らされるのだった。


「失礼します」

使用人が入れてくれた紅茶を嗜んでいると、客室の扉をノックする音と共に良く知った声がかかる。入るように促すと扉が開き、綺麗な金髪を揺らしながら待ち人、エルシアが顔を覗かせた。

「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」

「殿下…」

椅子から立ち上がる私を見て、何と言うか良くないものを見てしまったというような反応をされる。それに少し顔をむくれさせた。

「また護衛の方を置いて一人で来られたんですね?駄目だと何度言って――」

「置いてきたのではない。侯爵邸の前で待たせているだけだ。安全と分かっている屋敷の中まで連れてくることはないだろう」

毎度の事ながら会いに来る度、何度同じ事を言われたか最早分からない。エルも飽きもせず、まるで母親のように遠慮なく私を叱るのだった。

自分と同じ年のはずの少女が、この時ばかりは年上に大人びて見える。それに私の母上ですらそんな言い方はしないのに。エルは怒りん坊だな。

何て事を思っていたのが悪いのか、呆れたような溜息が聞こえてくる。

「もう…貴方って人は……」

いつものエルではなく少し大人びた態度を取る彼女には何となく次の言葉が紡げない。
少し気持ちも沈み出す。

「それで、今回はどういった用事で来られたのですか?」

ジトっと疑うような目は変わらずだが、それでも少し態度が和らいだ気がする。それに少し肩に力を抜く。


エルは私と初めて会った時こそ、粗相のないようにと礼儀を尽くしていたが、今では友人に対する態度で接してくれるようになった。ただ今のように私が頭を上げられなくなるくらい容赦がない時もあるのだが。しかしそこも実は気に入っているところだった。


身分を気にして畏まる者、王子というだけで群がってくる貴族達。
それは貴族社会では当たり前の事なのだが、心の中ではいつも嫌気がさしていた。
それに私には兄弟がいない為、気軽に話しを出来る者もいないくて、その分寂しい気持ちを無意識に抱いていたのかもしれない。

そんな時にエルに出会った。
初めは礼儀を尽くす彼女も他の令嬢と同じか、と思ったのだが、話をしている内に彼女の裏表のない性格に私は惹かれていっていた。
公の場で礼儀作法はしっかりしているものの、それでも他の娘と違い着飾ったり、見栄を張ったりしない彼女。しかしそれでも私にはその姿が新鮮で輝いて見えたのだ。

それからは早いもので、私の方から彼女に友人になってくれないかと申し出、彼女は快くそれを承諾してくれた。
それからというもの、大層彼女の事を気に入った私は、エルの話を父上達にも良く話すようになり、話を聞いて父上も彼女を気に入ったしまったようだった。


自分の事を大した人間ではないと謙遜する彼女。
しかし私はそんな事は露ほども思わない。寧ろ彼女のような人物がこの国には必要だとくらいには思っている。
彼女が困っている時には助けたいとも思い、この時初めて自身の身分と権力に感謝したものだ。何はともあれ友人として彼女の力になれれば嬉しい限りなのだ。



「あぁ。今祝祭で披露する舞の稽古中なのだろう?そう聞いて様子を見にこうして来たというわけだ」

今まで考えていた事を頭の隅に追いやり意識を現実に戻すと、視界にまだ不満そうな表情を浮かべるエルの姿が映る。

「ま、まあ、誰から聞いたのかは何となく分かるので良いとして……。それだけの為に態々いらしたのですか?」

「まあな。それで成果はどうなんだ?」

「ま、まあそれなりですね。まだ始めたばかりなので」

そう言って苦笑いを浮かべる彼女。
ん?何だか様子が可笑しいような…?気のせいか?

「そうなのか。だが器用なエルの事だ。直ぐものにしてしまうだろうな。今から祝祭当日が楽しみだ」

「…精進します」

何かを言いたそうなエルをじっと見つめる。しかし彼女は苦笑を浮かべるだけだった。
そしてその顔が薄っすらと赤みを帯びているように見えるのだが、先程まで稽古をいていたようだし、そのせいか。いや、彼女に負担をかけているのは私だな。
そう思ったら早かった。

「突然来てしまってすまなかったな。稽古中だったのだろう?
これ以上は更に迷惑をかけてしまうだろうから、私はそろそろ失礼する」

無理せず励むんだぞと言って、これ以上彼女の負担にならないようにと早々に退散する事にしたのだった。
そして伝えたい事を伝えたので部屋を出ようとすると、後ろから声が掛けられる。

「殿下――」

しかしそれが最後まで言葉になる事はなかった。



不思議に思い振り返ると彼女の身体が傾いたのだ。

「エル……っ!?」

力なく倒れていく彼女を床に倒れる前に抱きとめる。私は尋常ではない彼女の様子に焦りながら名前を呼んだ。

「急にどうしたんだっ!体調が悪かったのなら先に言えっ!」

閉じられていた目が薄っすらと開くが、私の言葉が聞こえているかは定かではない。顔色も先ほどよりも悪い。頬が赤くなり、額をそっと触れば熱い。どうやら熱も出てきてしまったようだ。

……っ!

熱を確認していると突然エルがふにゃりと笑う。しかも普段はしないようなとろけた笑みで私を見ている。
状態を確認する為に覗き込んでいた私は、それを至近距離で見てしまい、思わぬ不意打ちに度肝を抜かれそうになる。今の状態の彼女の破壊力は半端ない。

無意識に自分の頬を触ると、彼女の熱が移ってしまったかのように熱を持っていた。それをぼーっと見ていたエルが、次に何を思ったのか手を伸ばしたかと思うと私の頬に触れてきて――。

こんな事をしている場合ではないのに、体が動かない。更に顔の熱が上がるのを感じるが、目を逸らす事しか出来ないでいた。


そんな時、幸か不幸か部屋の外が騒がしくなっており、私は唐突に我に返った。
扉が叩かれる。

「失礼します。何か大きな声が聞こえて――、エルシア様っ!」

慌ただしく入ってきたのは使用人の女性。
私の必死な声を聞いたのだろう。異変を感じて様子を見に来てくれたようだが今回ばかりは本当に助かった。

「見ての通りエルが倒れた。熱もあるようだ。すまないがローザを呼んで来てくれないか」

「は、はいっ」

慌てたのは一瞬、使用人はすぐに冷静になり、状況を把握すると私の言葉に頷き直ぐに部屋を出ていく。
それを見送り今一度腕の中でぐったりとしているエルを見る。

ローザが来るまで私が何か出来れば良いのだが……。

既に意識はないようで、しかし熱い息を吐いて苦しそうなエル。

それを見てしまったら何もしないなど出来るはずもなかった。
効くかどうかは分からないがやるだけやってみるか。

私は片手で彼女の頭を支え、もう片方の手を彼女の額に手を乗せると短い呪文を唱える。

「ヒール」

それに魔力が反応し、掌から優しい癒しの光が彼女の額へと降り注いでいく。
程なくして光は吸収されていきそれを見届け額から手をどけると、もう一度彼女の顔色を窺う。すると、若干ではあるが先程よりかは顔色が良くなったように見える。
そこまで魔法を上手く使えない私でも少しは役に立つ事が出来たのだと、安堵と嬉しい気持ちになった。


「失礼しますわ」

そしてその時、タイミングを見計らったかのように良く知った人物の声が聞こえてくる。そちらに視線を向ければエルとは違った翠の長髪を揺らして部屋に入って来る彼女の母親、ローザの姿があった。彼女は私の元まで来るとゆっくりと膝を付き、オレンジ色の美しい瞳で私を見て優しく微笑む。

「殿下、ありがとうございます。この子に治癒魔法を施して下さったのでしょう?」

「私の力は大したものではない。あまり力になれず申し訳ない」

微笑むローザに私は申し訳ない気持ちが込み上げてくる。しかし彼女は優しく言った。

「いいえ、十分な程ですわ。殿下の施した治癒でこの子も随分楽になったでしょう」

ありがとうございます、とまたお礼を言われ、何処までも優しい彼女に私は泣きたくなる。
そんな私にまた彼女は優しく上品に微笑むと、今度は先程私がしたのと同じようにエルの額に手を当てた。

「ヒール」

そして同じく唱えられた呪文。すると眩しく目が開けていられない程の光が溢れ出した。それは私のものとは比べ物にならないくらいのもので。私はその光景に固唾を呑んだのだった。

ローザは治癒魔法のエキスパート。王国でもその名が知れている程で、その腕前も今でも衰えず健在だ。

微力な力しかない私に比べたらなんと頼りになる事だろう。


そんな事を考えながら様子を静かに見守っていると、暫くして光が弱まり完全に消えると彼女はエルから手を離した。

「もう大丈夫ですよ」

「……そうか、良かった」

彼女からの一言に緊張が抜け、私は心底安堵しエルの顔を覗く。確かに顔色がかなり良くなり、規則正しい息遣いが聞こえてくる。

「エルを部屋に運びたいのだが良いだろうか?」

「殿下、しかしそれは」

それは申し訳ないと言いたげに眉を下げるローザに私は更に続ける。

「良い。私のせいで疲れさせてしまったのだ。私に出来る事はこれくらいしかないが、出来る事はしてやりたい」

そう言いエルの身体を横向きにゆっくりと抱き上げる。そして思っていたよりも軽く驚いてしまった。
普段から細い方だと思っていたが、こうして抱き上げてみるとそれが更に良く分かってしまい、しっかり食べているのだろうかと不安を煽る。

「殿下、ありがとうございます。部屋にご案内しますわ」

私の気持ちが伝わったのか、ローザは微笑ましそうな笑みを浮かべて私を促す。その事に今一度私は感謝すると、彼女に続き、エルの部屋に向かった。

それからエルを寝台に寝かせ、長居は無用と最後にエルの顔を見てから静かに部屋を出る。

そして帰り際、見送りに来てくれたローザにお大事にとだけ伝えると、今度こそ侯爵邸を後にしたのだった。
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