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第20話(最終話):残響
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※ ※ ※
数日後。
都会の喧騒に包まれた交差点の大型ビジョンには、『サマーソニック・レジェンド』のダイジェスト映像と、『サイレンス・コード』のミュージックビデオが、人々の記憶を呼び覚ますかのように繰り返し流れていた。樹の、鬼気迫る、魂を削り取るような歌唱シーンが映し出されるたび、雑踏の中で足を止め、食い入るようにその映像に見入る人々の姿があった。
近くのカフェのオープンテラス。二人の若い女性が、スマートフォンの画面から顔を上げ、そのビジョンを眺めながら声を潜めてヒソヒソと話していた。
「ねえ、やっぱり玲と樹の『サイレンス・コード』、何度聴いてもヤバいよね…心臓えぐられるっていうか…」
「わかるー!樹くんの歌声、なんかもう、本当に魂削って歌ってるって感じでしょ。聴いてるこっちまで息苦しくなるっていうか…鳥肌立つけど、ちょっと怖いんだよね」
「そうなのよ!しかもさ、あの二人、なんか最近マジでヤバい噂ばっかりじゃない?玲さんの束縛っていうか、独占欲が異常すぎて、樹くん、あれ以来全くメディアに出てこないし、一部じゃ行方不明説まで流れてるんだって!」
「えー、マジで!?ヤバすぎ!私が聞いたのは、樹くん精神的に完全に参っちゃって、どこか人里離れた施設に入院してるとか…。玲さんも、なんか警察沙汰になったとかならなかったとかで、音楽業界から干される寸前だって噂だよ」
「うわぁ…天才って、やっぱ普通じゃないんだね…。でもさ、あの音楽聴いちゃうと、なんかもう、どうでもよくなっちゃうっていうか…」
「それな!でも、もうあの二人の新曲聴けないのかなぁ…だとしたら、マジで伝説のユニットだよね…」
彼女たちの無責任で扇情的な噂話は、都会の喧騒という名の、無関心な雑音の中に、まるで泡のように弾けては消えていく。
その時、カフェのテラス席のすぐそばを、一人の男が足早に通り過ぎた。深く被った黒いキャップに、大きなサングラス、そして顔の半分を覆うマスク。周囲の目を避けるようなその出で立ちは、かえって視線を集めそうなものだが、誰も彼が誰であるかに気づく様子はなかった。
男は、大型ビジョンが見下ろすスクランブル交差点で足を止め、人混みに紛れて信号を待った。ただ前を見つめる彼の耳には、意識とは裏腹に、頭上から流れる華やかな化粧品のCMが微かに届いていた。
信号が青に変わり、街がいっせいに動き出す。男もその流れに乗って歩き出す――が、その時、不意に、あの曲と、あの声が耳を打った。
『サイレンス・コード』。
男の足が止まる。人の波が彼の肩にぶつかり、いくつかの舌打ちが後ろから聞こえた。だが彼はまるで聞こえなかったかのように、そっと視線を上げる。
大型ビジョンに映るのは、かつて自らがいた場所――熱狂と痛みのただなかで、魂を削るように歌い上げる、自分自身。
男は、誰にも聞こえないほどの小さな声で、まるで自分自身に言い聞かせるように、乾いた唇から一言だけをこぼした。
「……ああ、結局、お前なんだな」
その言葉が、嘲りなのか、諦念なのか、それとも断ち切れぬ執着の表れなのか。
彼の表情は、変装の奥に隠れて誰にも読み取れない。
ただ、その一言を吐き出した男の肩が、ほんの少しだけ震えたように見えたのは、冬の終わりに吹き抜ける冷たい風のせいだったのかもしれない。
彼は、もう一度だけ短く息を吐くと、今度こそ人の波に紛れ、その姿を雑踏の中へと消していった。
彼の行き先を、そして彼の心が本当に求めているものを、知る者は誰もいない。
やがて、その痛々しいほど美しい映像も、けたたましい音と共に次のコマーシャルへと無情に切り替わり、人々はまた、それぞれの日常という名の、終わりのない物語へと戻っていく。
数日後。
都会の喧騒に包まれた交差点の大型ビジョンには、『サマーソニック・レジェンド』のダイジェスト映像と、『サイレンス・コード』のミュージックビデオが、人々の記憶を呼び覚ますかのように繰り返し流れていた。樹の、鬼気迫る、魂を削り取るような歌唱シーンが映し出されるたび、雑踏の中で足を止め、食い入るようにその映像に見入る人々の姿があった。
近くのカフェのオープンテラス。二人の若い女性が、スマートフォンの画面から顔を上げ、そのビジョンを眺めながら声を潜めてヒソヒソと話していた。
「ねえ、やっぱり玲と樹の『サイレンス・コード』、何度聴いてもヤバいよね…心臓えぐられるっていうか…」
「わかるー!樹くんの歌声、なんかもう、本当に魂削って歌ってるって感じでしょ。聴いてるこっちまで息苦しくなるっていうか…鳥肌立つけど、ちょっと怖いんだよね」
「そうなのよ!しかもさ、あの二人、なんか最近マジでヤバい噂ばっかりじゃない?玲さんの束縛っていうか、独占欲が異常すぎて、樹くん、あれ以来全くメディアに出てこないし、一部じゃ行方不明説まで流れてるんだって!」
「えー、マジで!?ヤバすぎ!私が聞いたのは、樹くん精神的に完全に参っちゃって、どこか人里離れた施設に入院してるとか…。玲さんも、なんか警察沙汰になったとかならなかったとかで、音楽業界から干される寸前だって噂だよ」
「うわぁ…天才って、やっぱ普通じゃないんだね…。でもさ、あの音楽聴いちゃうと、なんかもう、どうでもよくなっちゃうっていうか…」
「それな!でも、もうあの二人の新曲聴けないのかなぁ…だとしたら、マジで伝説のユニットだよね…」
彼女たちの無責任で扇情的な噂話は、都会の喧騒という名の、無関心な雑音の中に、まるで泡のように弾けては消えていく。
その時、カフェのテラス席のすぐそばを、一人の男が足早に通り過ぎた。深く被った黒いキャップに、大きなサングラス、そして顔の半分を覆うマスク。周囲の目を避けるようなその出で立ちは、かえって視線を集めそうなものだが、誰も彼が誰であるかに気づく様子はなかった。
男は、大型ビジョンが見下ろすスクランブル交差点で足を止め、人混みに紛れて信号を待った。ただ前を見つめる彼の耳には、意識とは裏腹に、頭上から流れる華やかな化粧品のCMが微かに届いていた。
信号が青に変わり、街がいっせいに動き出す。男もその流れに乗って歩き出す――が、その時、不意に、あの曲と、あの声が耳を打った。
『サイレンス・コード』。
男の足が止まる。人の波が彼の肩にぶつかり、いくつかの舌打ちが後ろから聞こえた。だが彼はまるで聞こえなかったかのように、そっと視線を上げる。
大型ビジョンに映るのは、かつて自らがいた場所――熱狂と痛みのただなかで、魂を削るように歌い上げる、自分自身。
男は、誰にも聞こえないほどの小さな声で、まるで自分自身に言い聞かせるように、乾いた唇から一言だけをこぼした。
「……ああ、結局、お前なんだな」
その言葉が、嘲りなのか、諦念なのか、それとも断ち切れぬ執着の表れなのか。
彼の表情は、変装の奥に隠れて誰にも読み取れない。
ただ、その一言を吐き出した男の肩が、ほんの少しだけ震えたように見えたのは、冬の終わりに吹き抜ける冷たい風のせいだったのかもしれない。
彼は、もう一度だけ短く息を吐くと、今度こそ人の波に紛れ、その姿を雑踏の中へと消していった。
彼の行き先を、そして彼の心が本当に求めているものを、知る者は誰もいない。
やがて、その痛々しいほど美しい映像も、けたたましい音と共に次のコマーシャルへと無情に切り替わり、人々はまた、それぞれの日常という名の、終わりのない物語へと戻っていく。
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