サイレンス・コード ~歪んだ愛情の果てに~

魔王の下僕

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第19話:エコー・オブ・サイレンス

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サマーソニック・レジェンド』の巨大きょだいなステージ。
その中央ちゅうおうに、一条いちじょういつきは、まるで世界せかいわりをつめるかのように、しずかにっていた。

夕闇ゆうやみそら濃紺のうこんげ、『サマーソニック・レジェンド』の巨大きょだい会場かいじょうは、数万の観客かんきゃくはなつむせかえるような熱気ねっき期待感きたいかん爆発ばくはつ寸前すんぜんだった。ステージそでくらがり。黒瀬くろせれいは、完璧かんぺきなまでの冷静れいせいさをよそおいながらも、そのひとみおくには芸術家げいじゅつかとしての狂信的きょうしんてき興奮こうふんと、創造そうぞうしゅだけが絶対的ぜったいてき自信じしんほのおらめいていた。かれとなりには、スポットライトをびるために用意よういされた衣装いしょうまとった一条いちじょういつきが、精巧せいこうつくられた人形にんぎょうのように、なん感情かんじょうかべずにしずかにっている。数日すうじつまえあきらによって仕掛しかけられた残酷ざんこくなトラップ――いつわりの蜜月みつげつとその崩壊ほうかい――のあといつきこころてつき、その硝子がらすのようなひとみは、もはや外界がいかいなにうつしてはいないかのようだった。

時間じかんだ、いつきけ。そして、おれ最高さいこう傑作けっさく完成かんせいさせろ」
れいが、つめたく、しかしどこかねつっぽいささやきでげる。いつきは、その言葉ことば反応はんのうすることもなく、プログラムされた機械きかいのようにゆっくりとあるし、まばゆひかりちるステージ中央ちゅうおうへとすすた。
瞬間しゅんかん地鳴じなりのようなだい歓声かんせい夜空よぞらふるわせた。数万の視線しせんが、期待きたい興奮こうふん、そしてあるしゅ畏怖いふめて、ステージじょうのカリスマと、そのとなりはかなげな少年しょうねんそそがれる。
れいが、グランドピアノのまえおともなくすわり、かる会釈えしゃくをすると、会場かいじょうみずったようにしずまりかえった。そして、つぎ瞬間しゅんかん静寂せいじゃくくように、テーマソング『サイレンス・コード』の重厚じゅうこうにして不吉ふきつなイントロが、夜空よぞら稲妻いなずまのようにとどろいた。

いつきが、ゆっくりとかおげた。そのうつろだったはずのひとみに、音楽おんがくながんだ瞬間しゅんかん、まるでなにかが憑依ひょういしたかのように、人間にんげんばなれしたするど底知そこしれないひかりともる。マイクをにぎ指先ゆびさきしろくなるほどちからめられ、ふかく、ふかいきむと、第一声だいいっせい世界せかいわりをげる天使てんしのラッパのように、夜空よぞらへとはなたれた。

それは、もはやうたというよりも、たましいそのものの慟哭どうこくだった。
れい丹念たんねんげた、複雑怪奇ふくざつかいきにして背徳的はいとくてきなほどうつくしいメロディ。そして、絶望ぜつぼう希望きぼう破壊はかい再生さいせいあいにくしみが、硝子がらす破片はへんのようにりばめられた難解なんかい歌詞かしいつきこえは、そのすべてを完璧かんぺきに、いや、完璧かんぺきえて表現ひょうげんくし、さらにそのおくにある、言葉ことばでは到底とうてい表現ひょうげんない圧倒的あっとうてき情感じょうかんで、ものたましいこそぎ鷲掴わしづかみにする。ささやくようなブレスは、間際まぎわ最後さいご告白こくはくのようにせつなく。すべてをしぼるようなシャウトは、地獄じごくそこからの絶叫ぜっきょうのように痛切つうせつに。その声色こわいろ万華鏡まんげきょう破片はへん乱反射らんはんしゃするようにまぐるしく変化へんかし、観客かんきゃく問答もんどう無用むよう楽曲がっきょく深淵しんえんへときずりんでいく。
それは、数日すうじつまえの、感情かんじょううしなったかのようなうつろな姿すがたからは到底とうてい想像そうぞうもできない、まさに神懸かみがかりてきとしかいようのないパフォーマンスだった。いつきは、みずからの肉体にくたいたましいも、れい音楽おんがくかなでるためだけに存在そんざいする、かなしくもうつくしい楽器がっきそのものになったかのように、全身全霊ぜんしんぜんれいで、そのけずりながられい音楽おんがくかなでている。その痛々いたいたしいほどの歌声うたごえには、これまでのすべての苦悩くのうれいへのせないにくしみ、屈辱的くつじょくてきなまでの快楽かいらく記憶きおく、それでもなお、こころ奥底おくそこかすかにつづけていた音楽おんがくへの渇望かつぼう、そのすべてが凝縮ぎょうしゅくされ、血反吐ちへどくようにたたきつけられているかのようだった。

れいは、演奏えんそうするグランドピアノしから、かみみずからの創造そうぞうした最高さいこう傑作けっさくながめるかのように、鬼気ききせま表情ひょうじょううたいつき姿すがた凝視ぎょうししていた。その完璧かんぺきくちびるには、恍惚こうこつとした、そしてどこか残酷ざんこくみがかんでいる。
(そうだ、いつき…それでいい。それこそが、おれもとめていたものだ。おまえは、おれ音楽おんがく完成かんせいさせるための、唯一無二ゆいいつむに存在そんざいだ。おまえがいなければ、おれのこの渇望かつぼうは、永遠えいえんたされることはない)
いつきたましいさけびを、その絶望ぜつぼうを、完璧かんぺき自分じぶん音楽おんがくとして昇華しょうかさせたことへの、芸術家げいじゅつかとしての倒錯的とうさくてき達成感たっせいかん。そして、このうつしくももろものを、完全かんぜん自分じぶん支配しはいき、のままにあやつったという、ゆがみきった征服者せいふくしゃよろこびが、れいこころくろほのおのようにたしていた。

楽曲がっきょくが、壮絶そうぜつなまでのクライマックスをむかえ、断末魔だんまつまさけびのような最後さいごのフレーズが、夜空よぞらまれるようにうたげられると、いつきはマイクをにぎりしめたまま、いとれたあやつ人形にんぎょうのように、がくりとステージにひざをついた。
れんばかりの拍手はくしゅと、熱狂的ねっきょうてき歓声かんせいが、津波つなみのように会場かいじょう全体ぜんたいつつむ。だが、いつきみみには、もうそのおととどいていないかのようだった。強烈きょうれつなスポットライトのなかで、かれのあまりにもちいさな背中せなかは、極限きょくげんまでばされたつるのようにふるえ、痛々いたいたしいほどにはかなうつくしくえた。

れいが、おともなくステージ中央ちゅうおうへとあゆり、ちからなくうなだれるいつきほそかたを、こわれやすい芸術げいじゅつひんでもあつかうかのようにこす。そして、熱狂ねっきょうする観客かんきゃくかって、深々しんしん完璧かんぺき角度かくど一礼いちれいした。そのときいつきかおには、なん表情ひょうじょうかんでいなかった。ただ、すべてをやしくしたあとのような、ふかふか疲労ひろうと、すべてをあきらめきったかのような、そこなしの虚無感きょむかんだけが、能面のうめんのようにいている。れいは、そんないつきこしを、自分じぶん戦利せんりひん誇示こじするかのように、あくまでやさしく、しっかりといだき、万雷ばんらい拍手はくしゅなかをステージそでへとえていった。
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