19 / 20
第19話:エコー・オブ・サイレンス
しおりを挟む
サマーソニック・レジェンド』の巨大なステージ。
その中央に、一条樹は、まるで世界の終わりを見つめるかのように、静かに立っていた。
夕闇が空を濃紺に染め上げ、『サマーソニック・レジェンド』の巨大な会場は、数万の観客が放つむせ返るような熱気と期待感で爆発寸前だった。ステージ袖の暗がり。黒瀬玲は、完璧なまでの冷静さを装いながらも、その瞳の奥には芸術家としての狂信的な興奮と、創造主だけが知り得る絶対的な自信の炎が揺らめいていた。彼の隣には、スポットライトを浴びるために用意された衣装を纏った一条樹が、精巧に作られた人形のように、何の感情も浮かべずに静かに立っている。数日前、玲によって仕掛けられた残酷なトラップ――偽りの蜜月とその崩壊――の後、樹の心は凍てつき、その硝子のような瞳は、もはや外界の何も映してはいないかのようだった。
「時間だ、樹。行け。そして、俺の最高傑作を完成させろ」
玲が、冷たく、しかしどこか熱っぽい囁きで告げる。樹は、その言葉に反応することもなく、プログラムされた機械のようにゆっくりと歩き出し、眩い光が満ちるステージ中央へと進み出た。
瞬間、地鳴りのような大歓声が夜空を震わせた。数万の視線が、期待と興奮、そしてある種の畏怖を込めて、ステージ上のカリスマと、その隣に立つ儚げな少年に注がれる。
玲が、グランドピアノの前に音もなく座り、軽く会釈をすると、会場は水を打ったように静まり返った。そして、次の瞬間、静寂を切り裂くように、テーマソング『サイレンス・コード』の重厚にして不吉なイントロが、夜空を引き裂く稲妻のように轟いた。
樹が、ゆっくりと顔を上げた。その虚ろだったはずの瞳に、音楽が流れ込んだ瞬間、まるで何かが憑依したかのように、人間離れした鋭く底知れない光が灯る。マイクを握る指先が白くなるほど力が込められ、深く、深く息を吸い込むと、第一声が世界の終わりを告げる天使のラッパのように、夜空へと解き放たれた。
それは、もはや歌というよりも、魂そのものの慟哭だった。
玲が丹念に織り上げた、複雑怪奇にして背徳的なほど美しいメロディ。そして、絶望と希望、破壊と再生、愛と憎しみが、血と硝子の破片のように散りばめられた難解な歌詞。樹の声は、その全てを完璧に、いや、完璧を超えて表現し尽くし、さらにその奥にある、言葉では到底表現し得ない圧倒的な情感で、聴く者の魂を根こそぎ鷲掴みにする。囁くようなブレスは、死の間際の最後の告白のように切なく。全てを振り絞るようなシャウトは、地獄の底からの絶叫のように痛切に。その声色は万華鏡の破片が乱反射するように目まぐるしく変化し、観客を問答無用で楽曲の深淵へと引きずり込んでいく。
それは、数日前の、感情を失ったかのような虚ろな姿からは到底想像もできない、まさに神懸かり的としか言いようのないパフォーマンスだった。樹は、自らの肉体も魂も、玲の音楽を奏でるためだけに存在する、悲しくも美しい楽器そのものになったかのように、全身全霊で、その身を削りながら玲の音楽を奏でている。その痛々しいほどの歌声には、これまでの全ての苦悩、玲への消せない憎しみ、屈辱的なまでの快楽の記憶、それでもなお、心の奥底で微かに燃え続けていた音楽への渇望、その全てが凝縮され、血反吐を吐くように叩きつけられているかのようだった。
玲は、演奏するグランドピアノ越しから、神が自らの手で創造した最高傑作を眺めるかのように、鬼気迫る表情で歌う樹の姿を凝視していた。その完璧な唇には、恍惚とした、そしてどこか残酷な笑みが浮かんでいる。
(そうだ、樹…それでいい。それこそが、俺が求めていたものだ。お前は、俺の音楽を完成させるための、唯一無二の存在だ。お前がいなければ、俺のこの渇望は、永遠に満たされることはない)
樹の魂の叫びを、その絶望を、完璧に自分の音楽として昇華させたことへの、芸術家としての倒錯的な達成感。そして、この美しくも脆い生き物を、完全に自分の支配下に置き、意のままに操ったという、歪みきった征服者の悦びが、玲の心を黒い炎のように満たしていた。
楽曲が、壮絶なまでのクライマックスを迎え、断末魔の叫びのような最後のフレーズが、夜空に吸い込まれるように歌い上げられると、樹はマイクを握りしめたまま、糸の切れた操り人形のように、がくりとステージに膝をついた。
割れんばかりの拍手と、熱狂的な歓声が、津波のように会場全体を包み込む。だが、樹の耳には、もうその音は届いていないかのようだった。強烈なスポットライトの中で、彼のあまりにも小さな背中は、極限まで引き伸ばされた弦のように震え、痛々しいほどに儚く美しく見えた。
玲が、音もなくステージ中央へと歩み寄り、力なくうなだれる樹の細い肩を、壊れやすい芸術品でも扱うかのように抱き起こす。そして、熱狂する観客に向かって、深々と完璧な角度で一礼した。その時、樹の顔には、何の表情も浮かんでいなかった。ただ、全てを燃やし尽くした後のような、深い深い疲労と、全てを諦めきったかのような、底なしの虚無感だけが、能面のように張り付いている。玲は、そんな樹の腰を、自分の戦利品を誇示するかのように、あくまで優しく、しっかりと抱き、万雷の拍手の中をステージ袖へと消えていった。
その中央に、一条樹は、まるで世界の終わりを見つめるかのように、静かに立っていた。
夕闇が空を濃紺に染め上げ、『サマーソニック・レジェンド』の巨大な会場は、数万の観客が放つむせ返るような熱気と期待感で爆発寸前だった。ステージ袖の暗がり。黒瀬玲は、完璧なまでの冷静さを装いながらも、その瞳の奥には芸術家としての狂信的な興奮と、創造主だけが知り得る絶対的な自信の炎が揺らめいていた。彼の隣には、スポットライトを浴びるために用意された衣装を纏った一条樹が、精巧に作られた人形のように、何の感情も浮かべずに静かに立っている。数日前、玲によって仕掛けられた残酷なトラップ――偽りの蜜月とその崩壊――の後、樹の心は凍てつき、その硝子のような瞳は、もはや外界の何も映してはいないかのようだった。
「時間だ、樹。行け。そして、俺の最高傑作を完成させろ」
玲が、冷たく、しかしどこか熱っぽい囁きで告げる。樹は、その言葉に反応することもなく、プログラムされた機械のようにゆっくりと歩き出し、眩い光が満ちるステージ中央へと進み出た。
瞬間、地鳴りのような大歓声が夜空を震わせた。数万の視線が、期待と興奮、そしてある種の畏怖を込めて、ステージ上のカリスマと、その隣に立つ儚げな少年に注がれる。
玲が、グランドピアノの前に音もなく座り、軽く会釈をすると、会場は水を打ったように静まり返った。そして、次の瞬間、静寂を切り裂くように、テーマソング『サイレンス・コード』の重厚にして不吉なイントロが、夜空を引き裂く稲妻のように轟いた。
樹が、ゆっくりと顔を上げた。その虚ろだったはずの瞳に、音楽が流れ込んだ瞬間、まるで何かが憑依したかのように、人間離れした鋭く底知れない光が灯る。マイクを握る指先が白くなるほど力が込められ、深く、深く息を吸い込むと、第一声が世界の終わりを告げる天使のラッパのように、夜空へと解き放たれた。
それは、もはや歌というよりも、魂そのものの慟哭だった。
玲が丹念に織り上げた、複雑怪奇にして背徳的なほど美しいメロディ。そして、絶望と希望、破壊と再生、愛と憎しみが、血と硝子の破片のように散りばめられた難解な歌詞。樹の声は、その全てを完璧に、いや、完璧を超えて表現し尽くし、さらにその奥にある、言葉では到底表現し得ない圧倒的な情感で、聴く者の魂を根こそぎ鷲掴みにする。囁くようなブレスは、死の間際の最後の告白のように切なく。全てを振り絞るようなシャウトは、地獄の底からの絶叫のように痛切に。その声色は万華鏡の破片が乱反射するように目まぐるしく変化し、観客を問答無用で楽曲の深淵へと引きずり込んでいく。
それは、数日前の、感情を失ったかのような虚ろな姿からは到底想像もできない、まさに神懸かり的としか言いようのないパフォーマンスだった。樹は、自らの肉体も魂も、玲の音楽を奏でるためだけに存在する、悲しくも美しい楽器そのものになったかのように、全身全霊で、その身を削りながら玲の音楽を奏でている。その痛々しいほどの歌声には、これまでの全ての苦悩、玲への消せない憎しみ、屈辱的なまでの快楽の記憶、それでもなお、心の奥底で微かに燃え続けていた音楽への渇望、その全てが凝縮され、血反吐を吐くように叩きつけられているかのようだった。
玲は、演奏するグランドピアノ越しから、神が自らの手で創造した最高傑作を眺めるかのように、鬼気迫る表情で歌う樹の姿を凝視していた。その完璧な唇には、恍惚とした、そしてどこか残酷な笑みが浮かんでいる。
(そうだ、樹…それでいい。それこそが、俺が求めていたものだ。お前は、俺の音楽を完成させるための、唯一無二の存在だ。お前がいなければ、俺のこの渇望は、永遠に満たされることはない)
樹の魂の叫びを、その絶望を、完璧に自分の音楽として昇華させたことへの、芸術家としての倒錯的な達成感。そして、この美しくも脆い生き物を、完全に自分の支配下に置き、意のままに操ったという、歪みきった征服者の悦びが、玲の心を黒い炎のように満たしていた。
楽曲が、壮絶なまでのクライマックスを迎え、断末魔の叫びのような最後のフレーズが、夜空に吸い込まれるように歌い上げられると、樹はマイクを握りしめたまま、糸の切れた操り人形のように、がくりとステージに膝をついた。
割れんばかりの拍手と、熱狂的な歓声が、津波のように会場全体を包み込む。だが、樹の耳には、もうその音は届いていないかのようだった。強烈なスポットライトの中で、彼のあまりにも小さな背中は、極限まで引き伸ばされた弦のように震え、痛々しいほどに儚く美しく見えた。
玲が、音もなくステージ中央へと歩み寄り、力なくうなだれる樹の細い肩を、壊れやすい芸術品でも扱うかのように抱き起こす。そして、熱狂する観客に向かって、深々と完璧な角度で一礼した。その時、樹の顔には、何の表情も浮かんでいなかった。ただ、全てを燃やし尽くした後のような、深い深い疲労と、全てを諦めきったかのような、底なしの虚無感だけが、能面のように張り付いている。玲は、そんな樹の腰を、自分の戦利品を誇示するかのように、あくまで優しく、しっかりと抱き、万雷の拍手の中をステージ袖へと消えていった。
5
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる