俺様は黒猫だ、愛を教えろ

鈴本 龍之介

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#6

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 翌朝、仕事の日でもないのに普段かけているアラームよりも今泉は早く起きる。スマホで時間を確認し、ベッドから出ようとした時は見慣れない光景に思わず飛び上がってしまった。

「じ、ジン? もしかして起きてる?」
「起きてる」
「いつから起きてたの?」
「30分前から」

 ジンは今泉が起きるよりも30分ほど早く目が覚めていた。
 しかし、起こしては申し訳ない気持ちと二度寝できないもどかしさから大人しく布団の中で待っていたのだ。二人は顔を洗い歯磨きをして少し早い準備をする。
 時刻は9時過ぎ、まだオムライス店が開く時間ではない。お店が開く11時までどうするか悩んだ今泉は、少し早いが外に出ることを提案する。
 ジンはこれを二つ返事でOKを出し、二人は服を着替えていよいよ念願の外の世界へ向かう。

「準備はいい?」
「よし、大丈夫だ!」

 今泉にはいつもの景色だが、ジンにとっては拾われて以来初めての外の世界。何の変哲もない普通の空気にジンは感動する。

「くぅ~……外の空気は美味い!」
「外の空気って、いつも窓開けて入ってくる空気と一緒なんだけど」
「うるさい! こういうのはシチュエーションも大事なんだよ!」
「そ、そうですか」

 大きく息を吸い込み、体内に近場の空気を取り入れたジンと、それを何とも言えない顔で見つめる今泉はあても無くふらつく。
 ジンは周りの景色をキョロキョロしながら観察しては、気になったところを今泉に聞いていく。

「ご主人様、あれは何だ?」
「あれかー」

 ジンが指さしたのは長い煙突が立つ建物だった。

「あれは銭湯って言うんだよ」
「銭湯?」
「大きいお風呂がある」
「へぇー! 大きい風呂かー!」
「色んな人がいるから好き嫌いあるけどね」
「今度行ってみたい!」
「興味あるのか?」
「ご主人様の家の風呂は少し狭いからなー」
「悪かったね」

 家を出てから30分ほど歩いたその時、ジンは少し心配そうな顔で今泉の腕を掴んだ。

「どうした?」
「なあ、ご主人様。もしかして俺たち同じとこグルグルしてないか?」
「同じとこ?」

 どうやら同じところをずっと周って迷子になってしまったのではないかと焦っているジン。しかし、間違いなく同じ道は通っていない。

「だってあの建物さっきも通ったじゃん」
「あー、あれか」

 と、指差す先にあったのはコンビニだった。同じ外観に同じような大きさの店舗。確かに知らなければ同じところを周っているように感じるかもしれない。

「あれはコンビニって言うんだよ」
「コンビニ?」
「ああいう風に同じような見た目のお店」
「お店か、じゃあ俺たち迷ってないのか?」
「迷ってないよ」

 色んなものに興味と不安を駆られるジンとそれに応える今泉の二人が次に辿り着いたのは最初に出会った場所だった。
 なんて事ない普通の路地で二人、もとい一人と一匹が出会いこの生活が始まった。

「確かここでジンを見つけたんだよなー」
「まだ俺様が猫だった頃の話だな」
「あの時はすごい可愛かったのに、今じゃこんな……」
「こんなって何だ!」
「ごめんごめん、そういえばジンは何でここにいたの?」
「それが気がついたらここにいたんだ」

 ジンは未だに過去の記憶がない。
 生活していく中で、少しは何か思い出すと踏んでいた今泉だがまだまだ道のりは長そうだ。

「別に俺はジンと一緒にいて楽しいからゆっくり思い出してこ」
「ありがとうご主人様……」
「お、そろそろ向かわないと」
「電車だー!」

 教えてもらったオムライス店はここから電車で5駅隣にある。テレビで電車の存在を知ったジンにとって、これもまたメインイベントのひとつなのだ。駅に着くなりジンは改札を見てテンションが上がる。

「これが改札ってやつか!?」
「改札ぐらいで驚かないでくれよ」
「これにカードをタッチしたら通れるんだろ??」
「よく知ってるなー」
「テレビだけはよく見てたからな!」

 自信満々に語るジンは手を差し出し、ある物をくれといったような仕草をする。

「あー、切符か。ちょっと待ってて」
「違う違う! カードが欲しいんだ!」
「えー、カードが欲しいってー?」

 ジンは大きく二回うなずき、お願いした。今泉は券売機に向かいジンの分のICカードを買い、手渡した。

「おぉ! これが俺様のカードかー!!」
「無くすなよー」

 朝のラッシュを少し外したが遅めの通勤通学客や、さまざまな用事で出かける人と人もまだ少なくはない。
 ジンは改札の手前で人の流れに乗れずあたふたしてしまっている。見かねた今泉はジンの手を取り、人と人との隙間に割り込み何とか改札を通る。目当ての駅行きのホームに着きひと段落ついた二人。

「さっきはありがとうご主人様」
「いいよ気にしないで」

 少し落ち込んでいたジンだが、ホームに電車が来るなりその目の色が変わり、思わず近づきそうになる。

「テレビで見たやつだ!」
「危ないぞー」

 軽い汽笛で注意をしながら停車した電車のドアが開き二人は乗り込む。席は二人並んで座れるほどは空いていなかったので、ドア横に陣取り窓の外を見る。
 子供のようにキラキラとした目をするジンとそれを見守る今泉。まだまだ休日は始まったばかりだが、ジンが喜ぶ姿を見るとこの休みに出かけてよかったと心底思う。
 だが、その嬉しい気持ちはどこから来るのか?友達としてなのか、恋なのか。
 今泉にはその答えが少しずつ見え始めている。しかし、その気持ちを表に出す事はないのだろう。なぜならこの関係が壊れるのがすごく怖いからだ。

 二人の関係はこのまま続くのだろうか?今日、その答えは出ないだろう。ただ今日は二人が休日を楽しむだけの日。
 二人は駅に着き、オムライス店へと向かっていく。

 最寄り駅に着いた二人、目的のオムライス店はそこから歩いて10分ほどの場所にある。
 意気揚々と向かった二人は道中で何のメニューにするかなど、悩みながら談笑していた。あれが食べたいこれが食べたい、これは美味しいのだろうか?など様々な妄想を語り合ったいたのだが、店に着く数十メートル手前でその笑顔は消え去った。

「ご主人様……まさかこれって?」
「え、そんなわけ……」

 二人が見たのは二十人ほど並んでる長い行列だった。にわかには信じがたいその光景に二人はその行列の元を探る。
 若い女の子や、カップルなど様々に並んでいるその先は確かに二人が目的としていたオムライス店へと連なっていた。

「これ全部あの店に並んでるのか!?」
「ごめん、人気店とは聞いてたんだけどまさかこんなに混んでるとは思わなかったよ」

 平日のお昼前。
 普通に考えれば人が少ない穴場な時間なのだろう。しかしそれは他の人も同じ考えなわけで、空いている時間を狙ってくる客層も多くなる。開店前のこの行列にテンションが下がりながらも、二人は最後尾に並ぶ。

「たぶんこれじゃ二時間ぐらいは待つかもな」
「えー!? 俺様はその間お腹が空きっぱなしなのか!?」
「じゃあせっかく来たけどやめる?」
「ぬー……やめない!!」

 二人は家にいる時と変わらない様子で話していると、ジンはある事に気がつく。どうやら目の前に並んでいる若い女性二人組が気になるようだ。

「どうしたんだよ」
「なんかさっきからこっちをチラチラ見てくる気がするんだよ」

 確かにその二人組は今泉達の事を見ていた。こそこそ話しては笑っているのを見て今泉はそっと聞き耳を立てた。

「後ろの二人ってホモじゃないの……?」
「えー、マジー?」
「だって男同士でこんなとこ来なくないー?」
「確かにーやばくね?」

 なんと女性二人組は今泉達が男同士でオシャレな店に来る事を笑っていたのだ。確かに男二人で来るお店では無いかもしれない。だが、それを判断するのは店であってわざわざ知らない人にこんな仕打ちを受ける筋合いはない。この事にひどくショックを受けた今泉はジンの手を取り帰ろうとする。

「どうしたのご主人様?」
「帰るぞ、ジン」

 突然の出来事に動揺を隠しきれないジン。この光景を見て前に並んでいる二人組はさらにコソコソと話し出す。

「手繋いでない?」
「やっぱりホモだよ」
「ってかご主人様とか呼んでなかった?」
「えーマジ? キモ過ぎー」

 さっきの動揺していたジンにもこの会話は耳に入った。今泉はそっとジンの手を離して歩き出す。ジンも今泉の後をおとなしく着いていく。遠くではまだ笑い声が聞こえる気がしていた。

 家に帰るまでの二人はお互いに黙ったまま。
 今泉が前を歩き、ジンがその後を着いていく。
 家に着き、先に口を開いたのはジンだった。

「ご主人様、ごめん」
「突然どうした」
「俺様が外出たいなんて言わなきゃ良かったね」
「さっきの事気にしてるのか?」
「ご主人様が可哀想だよ」
「別に俺は気にしてないよ」
「ご主人様、いいんだよ」

 ジンは謝った。謝る必要なんてないのに、それらしい理由をつけて謝る。買ってもらった服を脱ぎ、いつものジャージに着替え布団に潜った。
 今泉はそれを見て、トイレに篭る。悔しくて悔しくて、ただそれだけなのに泣いた。
 本当なら二人で楽しくオムライスを食べていたのに、男同士仲良くしていた事に罪悪感を感じてしまったのだ。
 自分の気持ちに嘘をついた形の今泉は、おもむろに家を飛び出しいつものスーパーに向かう。あらかた買う物の目星はついていたようで、迷うこと無くカゴに商品を入れていく。会計を済ませ、怒りや悲しみを外に置いていくようにそそくさと家に帰り料理を始めた。
 この間もジンは布団に潜ったままだ。しばらくの時間が経ち、ジンの事を呼ぶ。

「ジンー? ご飯できたぞー」

 すると少しだがまぶたを腫らしているジンが布団の中から出てきた。

「昼飯食うぞ!」
「これって……」

 テーブルの上に並んでいる料理を見てジンは思わず目を丸くした。そこには今泉お手製のオムライスがあった。

「早くしないと冷めるぞ」
「どうしたのこれ?」
「俺が作った」
「そんな事はわかってるよ」
「気づいたんだよ俺、オシャレなお店で食べるのもいいけど二人で食べられればそれでいいんだって」
「ご主人様!!」

 きっとオシャレなオムライス店と比べてしまえば、いい材料も使ってないし流行りのトロトロなやつでもない。ただ、二人でその時間を共有出来ることが嬉しい事なのだとお互いに感じていた。

 オムライスを食べ終えた二人。後片付けをしている今泉はある事が頭の中で揺らいでいた。
”自分の気持ちに嘘はつけない”
 この洗い物が終わったら正直に話してみようとそう決意した。今泉はのんびりとテレビを見ているジンの隣に座り、話し出す。

「ジン、ちょっと話があるんだけど」
「どうした、ご主人様?」

 不安と恐怖で押しつぶされてしまいそうな今泉の告白がこれから始まる。
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