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第2話:氷結魔法? いいえ、肥料です
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ギルドでの「ステータス隠蔽事件」から数日が過ぎた。
交易都市アステルは、逃げ場のない焦熱地獄に包まれていた。
「……暑い。CPUが熱暴走しそうだ」
石造りの街並みは太陽の熱を蓄え、フライパンの上のような有様だ。
路地裏にある『よろずや 結城』の店内も、風が通らず、湿気を帯びた熱気が淀んでいる。
店主の結城 晶は、カウンターで死んだ魚のような目をしていた。
彼女の装備は、ファンタジー世界の革鎧の上に、現代日本の「白衣」を羽織るというスタイル。
これは彼女のアイデンティティであり戦闘服だ。
どんなに暑くても脱ぐわけにはいかない。
だが、問題はそこではない。
最大の問題は、その下にある。
(……蒸れる。痒い。死ぬ)
男装を維持するために胸にきつく巻いた「さらし」。
通気性最悪の布が、汗を吸って肌に張り付き、胸部を締め上げる感覚は、緩やかな拷問以外の何物でもなかった。
(あせもができたらどうする。ただでさえ慎ましやかな私のAカップが、肌荒れでこれ以上「残念な平原」になったら目も当てられない……)
晶が深刻な悩みを抱え、ぐったりと突っ伏している足元で、銀色の毛玉が溶けていた。
看板娘(兼・番犬)のポチだ。
「はぁ……はぁ……。アキラぁ……」
ポチはひんやりとした床を求めてペタリと張り付き、舌を出して液状化している。
自慢の極上モフモフ毛皮は、冬場は最高だが、夏場は「着脱不可能なダウンジャケット」だ。
常に立派に直立していた三角形の耳も、今はぺしょりと垂れ下がっている。
「ボク、もうダメなのだ……。このまま溶けてバターになっちゃうのだ……」
「バターになってもパンには塗らんぞ。毛が入る」
「塗ってほしいのだ……。パンに乗せられて、涼しい氷室に入れてほしいのだ……」
ポチがうわ言を言い始めた。末期だ。
テーブル席では、リナとフローラも卓上の観葉植物のようにしおれていた。
「あちぃ……。アニキぃ、なんか涼しくなる魔法ねえのかよぉ……」
「ふぅ……。氷室の氷も売り切れだそうですわ。今年は百年に一度の異常気象とか……」
フローラがエプロンの胸元をパタパタとあおぐ。
そのたびに、晶とは比較にならない「豊かな双丘」がたゆんたゆんと揺れ、甘い香りを漂わせる。
晶は無意識に「チッ」と舌打ちした。
殺意と暑さが同時に沸き上がる。
「……涼しくなる魔法はないが、科学(物理)ならある」
晶はけだるげに、しかし決意を込めて立ち上がった。白衣がバサリと翻る。
自分自身の「あせも対策」と、このままではバターになりそうな愛犬を救うため、文明の利器を導入することにした。
晶は店の奥の倉庫から、麻袋と革の水筒を取り出した。
中に入っているのは、白い結晶と、ただの水だ。
「アキラ、その白い石は? 食べ物?」
ポチが鼻をヒクつかせて這い寄ってくる。
「肥料だ。この世界じゃ『地竜の涙』と呼ばれてるやつだな」
晶が袋を開けて見せる。
中には、キラキラと輝く白い粒状の結晶が入っている。
地竜の涙。地中に住む竜種の排泄物が、長い年月をかけて結晶化した天然鉱物。
この世界では高級肥料として知られているが、その主成分は高純度の「尿素」である。
「くんくん……! むっ!?」
ポチが露骨に顔をしかめ、後ずさった。
「くさい! これ、ちょっとオシッコっぽい匂いがするのだ! 食べちゃダメなやつなのだ!」
「さすが鼻がいいな。成分的にはあながち間違いじゃない」
「ええっ!? アニキ、まさか店内で糞尿を蒔き散らす気か!?」
リナが悲鳴を上げる。
「撒き散らさない。……これは水に溶かすと、劇的に『熱』を奪う性質があるんだ」
晶は実験を開始する。
原理は簡単だ。尿素は水に溶解する際、周囲の熱エネルギーを急激に吸収する。
いわゆる吸熱反応である。
晶は革袋に水を入れ、そこに大量の結晶を粉砕して投入した。
そして、左手をかざす。
脳内で化学式を構築し、反応を最適化するための「記述コーディング」を行う。
「……溶解エンタルピー制御……」
ヒュンッ。
晶の周囲に、青白い光の粒子が舞った。
それは宙を滑るように展開し、複雑な数式と幾何学模様を描きながら革袋を包み込んでいく。
「……吸熱反応・最大化!」
晶がボソリと呟き、袋を激しくシェイクした。
チャプン、チャプン。
その直後。
革袋の表面に、白い霜が一瞬で走った。
「よし。……ポチ、こっちに来い」
「な、なにするのだ? 変な匂いの袋はいやなのだ……」
「いいから」
晶は逃げ腰のポチを捕らえ、その首筋、一番熱がこもる場所に、キンキンに冷えた革袋をピタリと押し当てた。
「ひゃうっ!?」
ポチが変な声を挙げて飛び上がった。
だが、すぐにその表情が、とろけるような恍惚へと変わった。
「……んぁぁぁ~~っ♡ つ、つめたぁ~い!」
ポチは袋にスリスリと頬擦りし、晶の腕に絡みついた。
袋は、まるで氷塊のように冷気を放っていた。
「ごくらく……極楽なのだ……! アキラの手は、魔法の手なのだ~!」
「おおっ! ポチの尻尾が復活したぞ!」
リナが指差す先で、ペショッとしていたポチの巨大な尻尾が、冷気を得てフワフワに膨らみ、ブンブンと振られていた。
その風圧が、簡易的な扇風機となって店内に涼しい風を送る。
「つ、冷たい!? 氷魔法か!? いや、中身は液体だよ!?」
リナも袋に触れて驚愕する。
フローラが口元を押さえ、ガタガタと震え出した。
「信じられません……! 火を使わずに熱を消し去るなんて……。肥料(土の恵み)を使って熱を奪う……これは生命の循環を逆転させる『冥府の冷却術』……! アキラ様は季節の理さえも支配されるのですね!」
(……ただの吸熱反応なんだが)
晶自身も、予備の冷却パックを自分の首筋、晒しの隙間に滑り込ませた。
ジュワッ、と熱が吸い取られていく感覚。
生き返る心地だ。化学万歳。
その時、店のドアが開いた。
カランカラン。
「はぁ、はぁ……。こ、ここは『よろずや』かね? 何か、冷たい飲み物はないか……。暑さで倒れそうで……」
入ってきたのは、かっぷくの良い商人風の男だ。
高級そうな服を着ているが、汗だくで顔は茹でタコのように赤い。熱中症寸前だ。
晶は瞬時に判断し、リナが持っていた冷却パックをひったくり、男の首筋に叩きつけた。
「ひぎぃっ!?」
男が飛び上がるが、すぐにその表情が驚愕へと変わった。
「つ、冷たい!? 氷魔法か!? いや、魔道具の気配もしないのに……!」
「ただの冷却パックです。銀貨一枚(1,000G)で売りますけど、どうします?」
晶が商売っ気を出して値段を告げる。
水と肥料の原価(数十円)を考えればボッタクリだが、緊急医療と技術料と考えれば安いものだ。
男は冷却パックを抱きしめ、涙を流して震えた。
「か、買います! 銀貨でも何でも払います! おお、なんて心地よい冷気だ……。これはもしや、伝説にある『氷龍の逆鱗』を封じた秘宝では!?」
商人は銀貨を叩きつけ、冷却パックに頬ずりしながら感謝の言葉を並べ立てて去っていった。
それを見たポチが、ルビー色の瞳を輝かせる。
「アキラ! 銀貨なのだ! これでお肉が買えるのだ!」
「あぁ、ちょっとは奮発してやろう」
「わふーっ! アキラ大好きーっ!」
ポチが冷却パックを抱えたまま、晶のお腹に頭突きするように抱きついた。
ひんやりとした冷気と、温かいもふもふ。
悪くない感触に、晶は口元を緩めた。
◇
その夜。
涼しくなった『よろずや 結城』の店内では、川の字になって眠る晶たちの姿があった。
晶の周りには、ポチ、リナ、フローラが集まり、それぞれ冷却パックを抱いてスヤスヤと寝息を立てている。
(……狭い。暑苦しい)
晶は寝返りを打とうとして、足に絡みついているポチの尻尾に阻まれた。
だが、その寝顔があまりに幸せそうだったので、晶はため息をつきつつも、そのまま眠ることにした。
冷えた「さらし」の中も、今夜だけは快適だった。
――翌朝。
「アニキィィィッ!! 大変だ!」
裏庭から、リナの悲鳴が響き渡った。
晶とポチが飛び起き、寝癖のついた頭で裏口へ走る。
「どうしたリナ、敵襲か?」
「ちげえよ! 見てくれよコレ!」
リナが指差した先――裏庭の風景が、激変していた。
昨日まで更地だったはずの場所に、腰の高さまである「雑草のジャングル」が出現していたのだ。
「な、なんだこれ!? 一晩で森ができてるぞ!?」
「あ……」
晶は思い出した。
昨日、使い終わった冷却パックの中身、尿素水を、「肥料だしな」と思って適当に裏庭に蒔いたことを。
栄養過多。窒素の過剰供給により、異世界の雑草が本気を出してしまったのだ。
「……リナ。お前、昨日はよく眠れたか?」
「え? おう、アニキのおかげで快眠だったぜ!」
晶は無慈悲に、壁にかけてあった錆びた鎌をリナに手渡した。
「そうか。なら、その分の宿代を労働で払ってもらおうか」
「えっ?」
「君の今日の任務は、この『緑の侵略者』の駆除だ」
「ええっ!? あたいは剣で魔物を斬る冒険者だぞ!? なんで草むしりなんか……!」
「店の視界確保のためだ。魔物狩りのついでだと思ってやれ」
「ちくしょぉぉぉッ! 草育ちすぎすぎだろバカヤローッ!」
涙目で鎌を振るうリナの背中を見ながら、ポチが「草むしり頑張るのだ~」と他人事のようにあくびをした。
(……次は除草剤も作るか)
リナが必死に草刈りしているジャングルを尻目に、晶は新たな商品開発のアイデアを脳内のメモ帳に書き込むのだった。
交易都市アステルは、逃げ場のない焦熱地獄に包まれていた。
「……暑い。CPUが熱暴走しそうだ」
石造りの街並みは太陽の熱を蓄え、フライパンの上のような有様だ。
路地裏にある『よろずや 結城』の店内も、風が通らず、湿気を帯びた熱気が淀んでいる。
店主の結城 晶は、カウンターで死んだ魚のような目をしていた。
彼女の装備は、ファンタジー世界の革鎧の上に、現代日本の「白衣」を羽織るというスタイル。
これは彼女のアイデンティティであり戦闘服だ。
どんなに暑くても脱ぐわけにはいかない。
だが、問題はそこではない。
最大の問題は、その下にある。
(……蒸れる。痒い。死ぬ)
男装を維持するために胸にきつく巻いた「さらし」。
通気性最悪の布が、汗を吸って肌に張り付き、胸部を締め上げる感覚は、緩やかな拷問以外の何物でもなかった。
(あせもができたらどうする。ただでさえ慎ましやかな私のAカップが、肌荒れでこれ以上「残念な平原」になったら目も当てられない……)
晶が深刻な悩みを抱え、ぐったりと突っ伏している足元で、銀色の毛玉が溶けていた。
看板娘(兼・番犬)のポチだ。
「はぁ……はぁ……。アキラぁ……」
ポチはひんやりとした床を求めてペタリと張り付き、舌を出して液状化している。
自慢の極上モフモフ毛皮は、冬場は最高だが、夏場は「着脱不可能なダウンジャケット」だ。
常に立派に直立していた三角形の耳も、今はぺしょりと垂れ下がっている。
「ボク、もうダメなのだ……。このまま溶けてバターになっちゃうのだ……」
「バターになってもパンには塗らんぞ。毛が入る」
「塗ってほしいのだ……。パンに乗せられて、涼しい氷室に入れてほしいのだ……」
ポチがうわ言を言い始めた。末期だ。
テーブル席では、リナとフローラも卓上の観葉植物のようにしおれていた。
「あちぃ……。アニキぃ、なんか涼しくなる魔法ねえのかよぉ……」
「ふぅ……。氷室の氷も売り切れだそうですわ。今年は百年に一度の異常気象とか……」
フローラがエプロンの胸元をパタパタとあおぐ。
そのたびに、晶とは比較にならない「豊かな双丘」がたゆんたゆんと揺れ、甘い香りを漂わせる。
晶は無意識に「チッ」と舌打ちした。
殺意と暑さが同時に沸き上がる。
「……涼しくなる魔法はないが、科学(物理)ならある」
晶はけだるげに、しかし決意を込めて立ち上がった。白衣がバサリと翻る。
自分自身の「あせも対策」と、このままではバターになりそうな愛犬を救うため、文明の利器を導入することにした。
晶は店の奥の倉庫から、麻袋と革の水筒を取り出した。
中に入っているのは、白い結晶と、ただの水だ。
「アキラ、その白い石は? 食べ物?」
ポチが鼻をヒクつかせて這い寄ってくる。
「肥料だ。この世界じゃ『地竜の涙』と呼ばれてるやつだな」
晶が袋を開けて見せる。
中には、キラキラと輝く白い粒状の結晶が入っている。
地竜の涙。地中に住む竜種の排泄物が、長い年月をかけて結晶化した天然鉱物。
この世界では高級肥料として知られているが、その主成分は高純度の「尿素」である。
「くんくん……! むっ!?」
ポチが露骨に顔をしかめ、後ずさった。
「くさい! これ、ちょっとオシッコっぽい匂いがするのだ! 食べちゃダメなやつなのだ!」
「さすが鼻がいいな。成分的にはあながち間違いじゃない」
「ええっ!? アニキ、まさか店内で糞尿を蒔き散らす気か!?」
リナが悲鳴を上げる。
「撒き散らさない。……これは水に溶かすと、劇的に『熱』を奪う性質があるんだ」
晶は実験を開始する。
原理は簡単だ。尿素は水に溶解する際、周囲の熱エネルギーを急激に吸収する。
いわゆる吸熱反応である。
晶は革袋に水を入れ、そこに大量の結晶を粉砕して投入した。
そして、左手をかざす。
脳内で化学式を構築し、反応を最適化するための「記述コーディング」を行う。
「……溶解エンタルピー制御……」
ヒュンッ。
晶の周囲に、青白い光の粒子が舞った。
それは宙を滑るように展開し、複雑な数式と幾何学模様を描きながら革袋を包み込んでいく。
「……吸熱反応・最大化!」
晶がボソリと呟き、袋を激しくシェイクした。
チャプン、チャプン。
その直後。
革袋の表面に、白い霜が一瞬で走った。
「よし。……ポチ、こっちに来い」
「な、なにするのだ? 変な匂いの袋はいやなのだ……」
「いいから」
晶は逃げ腰のポチを捕らえ、その首筋、一番熱がこもる場所に、キンキンに冷えた革袋をピタリと押し当てた。
「ひゃうっ!?」
ポチが変な声を挙げて飛び上がった。
だが、すぐにその表情が、とろけるような恍惚へと変わった。
「……んぁぁぁ~~っ♡ つ、つめたぁ~い!」
ポチは袋にスリスリと頬擦りし、晶の腕に絡みついた。
袋は、まるで氷塊のように冷気を放っていた。
「ごくらく……極楽なのだ……! アキラの手は、魔法の手なのだ~!」
「おおっ! ポチの尻尾が復活したぞ!」
リナが指差す先で、ペショッとしていたポチの巨大な尻尾が、冷気を得てフワフワに膨らみ、ブンブンと振られていた。
その風圧が、簡易的な扇風機となって店内に涼しい風を送る。
「つ、冷たい!? 氷魔法か!? いや、中身は液体だよ!?」
リナも袋に触れて驚愕する。
フローラが口元を押さえ、ガタガタと震え出した。
「信じられません……! 火を使わずに熱を消し去るなんて……。肥料(土の恵み)を使って熱を奪う……これは生命の循環を逆転させる『冥府の冷却術』……! アキラ様は季節の理さえも支配されるのですね!」
(……ただの吸熱反応なんだが)
晶自身も、予備の冷却パックを自分の首筋、晒しの隙間に滑り込ませた。
ジュワッ、と熱が吸い取られていく感覚。
生き返る心地だ。化学万歳。
その時、店のドアが開いた。
カランカラン。
「はぁ、はぁ……。こ、ここは『よろずや』かね? 何か、冷たい飲み物はないか……。暑さで倒れそうで……」
入ってきたのは、かっぷくの良い商人風の男だ。
高級そうな服を着ているが、汗だくで顔は茹でタコのように赤い。熱中症寸前だ。
晶は瞬時に判断し、リナが持っていた冷却パックをひったくり、男の首筋に叩きつけた。
「ひぎぃっ!?」
男が飛び上がるが、すぐにその表情が驚愕へと変わった。
「つ、冷たい!? 氷魔法か!? いや、魔道具の気配もしないのに……!」
「ただの冷却パックです。銀貨一枚(1,000G)で売りますけど、どうします?」
晶が商売っ気を出して値段を告げる。
水と肥料の原価(数十円)を考えればボッタクリだが、緊急医療と技術料と考えれば安いものだ。
男は冷却パックを抱きしめ、涙を流して震えた。
「か、買います! 銀貨でも何でも払います! おお、なんて心地よい冷気だ……。これはもしや、伝説にある『氷龍の逆鱗』を封じた秘宝では!?」
商人は銀貨を叩きつけ、冷却パックに頬ずりしながら感謝の言葉を並べ立てて去っていった。
それを見たポチが、ルビー色の瞳を輝かせる。
「アキラ! 銀貨なのだ! これでお肉が買えるのだ!」
「あぁ、ちょっとは奮発してやろう」
「わふーっ! アキラ大好きーっ!」
ポチが冷却パックを抱えたまま、晶のお腹に頭突きするように抱きついた。
ひんやりとした冷気と、温かいもふもふ。
悪くない感触に、晶は口元を緩めた。
◇
その夜。
涼しくなった『よろずや 結城』の店内では、川の字になって眠る晶たちの姿があった。
晶の周りには、ポチ、リナ、フローラが集まり、それぞれ冷却パックを抱いてスヤスヤと寝息を立てている。
(……狭い。暑苦しい)
晶は寝返りを打とうとして、足に絡みついているポチの尻尾に阻まれた。
だが、その寝顔があまりに幸せそうだったので、晶はため息をつきつつも、そのまま眠ることにした。
冷えた「さらし」の中も、今夜だけは快適だった。
――翌朝。
「アニキィィィッ!! 大変だ!」
裏庭から、リナの悲鳴が響き渡った。
晶とポチが飛び起き、寝癖のついた頭で裏口へ走る。
「どうしたリナ、敵襲か?」
「ちげえよ! 見てくれよコレ!」
リナが指差した先――裏庭の風景が、激変していた。
昨日まで更地だったはずの場所に、腰の高さまである「雑草のジャングル」が出現していたのだ。
「な、なんだこれ!? 一晩で森ができてるぞ!?」
「あ……」
晶は思い出した。
昨日、使い終わった冷却パックの中身、尿素水を、「肥料だしな」と思って適当に裏庭に蒔いたことを。
栄養過多。窒素の過剰供給により、異世界の雑草が本気を出してしまったのだ。
「……リナ。お前、昨日はよく眠れたか?」
「え? おう、アニキのおかげで快眠だったぜ!」
晶は無慈悲に、壁にかけてあった錆びた鎌をリナに手渡した。
「そうか。なら、その分の宿代を労働で払ってもらおうか」
「えっ?」
「君の今日の任務は、この『緑の侵略者』の駆除だ」
「ええっ!? あたいは剣で魔物を斬る冒険者だぞ!? なんで草むしりなんか……!」
「店の視界確保のためだ。魔物狩りのついでだと思ってやれ」
「ちくしょぉぉぉッ! 草育ちすぎすぎだろバカヤローッ!」
涙目で鎌を振るうリナの背中を見ながら、ポチが「草むしり頑張るのだ~」と他人事のようにあくびをした。
(……次は除草剤も作るか)
リナが必死に草刈りしているジャングルを尻目に、晶は新たな商品開発のアイデアを脳内のメモ帳に書き込むのだった。
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