え、生け贄じゃなくて花嫁ですかっ?

瑞多美音

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 「ああ、これでやっと終わります。貴女がこの国から消え去るなんて清々しますわ」

 薄笑いでそういうお義母様にわたしはなにも言いませんでした……そう、言えないのではなく言わないのです。だって、口から出るとしたら罵倒なんだもん。ま、せいぜいぶくぶくと肥えて髪が薄くなっておしまい!

 「そろそろ、時間ですので」
 「……はい」

 あーあ、ついにこの時がきてしまったか……
 魔方陣の中央に立つ。しばらくすると魔方陣がゆっくりとひかりだした。
 さっきまで不安や怒りを感じていたのに、そんなものはどこかへ溶けていきリリシュは開放感に満ちていた。
 生け贄というくらいだ。すぐに殺されてしまうかも。
 でも、わずかしかない休憩時間をつぎ込み……何故か王都でも生贄の日までは雑用をさせられた。
 わたしが生け贄から逃げ出さないようにするための見張りがいたのだが、その人の身分がそこそこ高かったので逃げませんからぁ!とどうにか王立図書館の禁区に入れてもらい……過去の文献や歴史書を読み漁って得た情報にかけてみることにしたの。
 え、そう簡単に禁区に入れるわけない?えーっと……生け贄になる前に自殺してやるー!わたしが死ねば他の者をなんて考えない方が賢明かと。手の甲にある紋様は誤魔化せないでしょう?もし、魔王がそれを知ったらこの国滅ぼされてもおかしくありませんよねぇ?って脅したんですよ。
 つい最近まで知らされていなかった紋様を最大限有効活用法させてもらっただけ。
 
 そして、『魔方陣が光ったとき、聖女を捧げれば以後数百年幸せに暮らせるであろう……』とは別に見つけた『聖女は心安らかで幸せな日々を送りました』という一文を見つけたの。まぁ、おとぎ話の一文なんだけどさ。
 ほら、2つ合わせると『魔方陣が光ったとき、聖女を捧げれば以後数百年(聖女は心安らかで)幸せに暮らせるであろう……』とも読めるし!数百年間ってところがネックなんだけどねぇ。
 もちろん、ただ都合良く書かれたのかも。でも死ぬのなら希望を持ったままがいい。絶望して死ぬのは癪なのでね!

 多分、貴族のなかでわたしの本性を知っているのは護衛さんだけですね。えへ。
 まぁ、この国のために生け贄にするんだからちょっとくらい融通をきかせてくれてもいいと思うの。
 それをいうなら最後にもっと贅沢させてくれても良かったと思うけどさ……

 それに聖女候補に決まったときに告げられた説明は何ひとつ守られなかった。あ、生家に支度金は支払われたか……うん、わたしにはなんの得もなかったな!せめて慰労金ぐらいよこせっての!

 今後、表向き死んだことになるとはいえ……護衛さんを利用して冒険者ギルドからマレナさんとドルツさん宛に手紙も出しておいた。
 手紙の内容はふたりに教えてもらった暗号で。この暗号はふたりに近しいものしかわからないのですべてを正直に書いた。きっと、心配してくれるとしたらふたりやその家族だけだから。
 もし、生き残れたらお知らせすると添えておく。
 だってさ、もしかしたら魔法陣の先は魔王なんていなくてただの荒野かもしれないし……希望は捨てたくない。


 「ふふ……これで終わりはいやだな」 

 もし生き残れたら3日くらいずっとゴロゴロして寝まくってやる!あ、そうだ!こうなったらやけくそだ!もし魔王様に召喚されたのなら魔王様に交渉しよう!もし、殺すなら3日ほどゴロゴロとさせてくださいって!まぁ、無理かな……


 ◇ ◇ ◇


 ふわっとした感覚のあと、まぶたに感じていた光が落ち着いた。
 ゆっくりと目を開けると石造りの部屋のようだ。

「よく来た。花嫁よ」

 声がした方を見ると濃い青髪をかき分けるようにしてこめかみから二本の立派な角が生えた男性が立っていた。

 「……花嫁?魔王様の生け贄ではないのですか?」
 「ん?我の生け贄だと?」

 どうやら魔王様自らの出迎えだったようです。いや、まじで魔王様に召喚されたんだ……ははーっ!ってひれ伏すべき?
 言い伝えにある醜く恐ろしいされる魔王にはとても見えない。でも、いきなり殺されなかったから、交渉できるかもっ。

 「なんだ、何も聞かされていないのか? 聖女は魔王の花嫁となるかわり、今代の魔王は人族に戦争を仕掛けないという契約ではないか」
 「そうなんですか?」

 では『聖女は心安らかで幸せな日々を送りました』とは花嫁としてということ?角を無視すれば王国で花嫁になりたい人の行列ができると思う。それほどの美貌の持ち主だ。ただ、かなり大柄でわたしの頭は魔王様の胸辺りまでしか届いてない。首が痛くなりそう……

 文献には生け贄としか書いていなかったのに……重要なことはちゃんと書いておいてよ!心構えが違うでしょーが!緊張が少し和らいだ。
 なんか、頑張ったら生き残れる気がしてきた!

 「うむ。なんなら先代とその妻に聞いてみてもよいぞ?」
 「えっと……お父様とお母様ですか?」
 「いや、魔王は先代が引退すると決めたときに一族で一番力のあるものが自動的に継ぐ称号なのだ。先代は叔父上と叔母上にあたる」

 私の知らないことばかり。そして王国の者も知らないと思うな。かつては知っていたのかも。でも都合のよいように書き換えてしまったのだろうか?国が変わったからその間に紛失した場合もあるか……
 しかし、どこか他の者を圧倒するような威圧感があるのでそういうところから生け贄とされた可能性もありそうだなぁ。

 「私はここで何をすればよいのでしょうか」
 「うむ。花嫁として好きに過ごすとよい」
 「好きに……ですか」
 「うむ。こちらに来た時点で花嫁となったため寿命は我と同等。数十年好きに過ごしたとて構わんだろ」

 数十年……私の生きてきた何倍もの時間を好きに過ごしていいとは……なんてことだ。でも、えっと生け贄として命を落とすわけではないなら……んー?混乱してきた。あ、もしかして3日ぐらいごろごろして寝まくりたいってのは叶うかも?よし、賭けに勝てそうだぞ!

 「とにかく、城へ案内しよう。捕まりなさい」

 魔王様に手を繋がれ呆然としていると、いつの間にか豪華絢爛な場所へ移動していた。

 「あれ、今……」
 「お、花嫁殿は転移は初めてだったか」

 転移……これが。魔方陣でこちらにきたのも転移だったのかな。
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