20 / 37
20 捨てられた子犬のように。
しおりを挟む
一晩中泣き腫らして目がパンパンに腫れてしまっている。
夜中遅くまで激しい雨の音が聞こえていたけれど、なんだかそれが自分の心の奥底の気持ちを代弁してくれているような気がしていた。
(どうしよう。もう、ここに、いられない)
そろそろ朝食の時間。
いつもだったらその前にジークの朝のお世話をするのだれけど、昨夜の今日では精神的にそれは無理。
それに。
(旦那様を、ぶってしまった……)
いくら頭に血がのぼったとはいえ、許されない事をした。
悪いのは自分なのに。
騙していた自分なのに。
そんな思いが頭を離れない。
耳をすませてみても、ジークの部屋は物音ひとつしない。
(まだ寝ていらっしゃるのかしら?)
そんなふうに思いながらとりあえず着替えを済まして食堂へ向かう。
「お暇を、頂こう。侯爵様に、昨夜の事をお話しして。それで終わりにしよう」
小声でその決意を吐き出した。
食堂に着くと、正面の席に既に侯爵が座っていた。
少し早い時間だったからか、夫人やお子たちはまだいない様子。
(ちょうど、いい)
そんなふうに思いながら侯爵の顔を見つめ。
「おはようございます侯爵様。突然ですみません。わたくし、もうここにはいられません。どうか侯爵家からは離縁してくださいませんでしょうか……」
そう吐き出して、深々と頭を下げる。
「父が頂いた支度金は何年かかってもお返しいたします。どうかそれでお許しくださいませ」
涙がボロボロとこぼれ、食堂の床に涙の滲みをつくっていくのがわかる。
しかしどうしてもその涙を止めることはできなかった。
頭を下げたまま、侯爵の言葉を待った。
時間が、ものすごく長く感じ。
音もなにも聞こえなくなって。
肩に大きな手が当てられるのを感じ。
ビクッと身体を震わせる。
(もう、だめ)
心がもたない。
「悪かったね。エーリカさん。君がそんなふうに思い詰めているなんて、気がついてもあげられなくて」
そんな、優しい声がした。
「エーリカ、ごめん。全部聞いたよ。俺が悪かった。君の顔もわからないままだったなんて、本当に情けない。ごめん」
(え? ジーク様?)
顔をあげるとそこには侯爵とジークが二人揃って立っていた。
「ジーク、さま?」
しょんぼりと、捨てられた子犬のように申し訳なさそうな表情をしているジークハルト。
いつもの俺様なきつい顔とも、ちょっと違ってみえる。
それがなんだかおかしくて。
なんだか、少し、心が軽くなった。
「ジーク様が謝ることなんかありません。わたくしがメイドと偽ってお世話していたのですから」
そう声に出ていた。
「だけどね、君を好きだっていうのはほんとなんだ。信じてくれないか?」
「だって、貴方が好きだったのはメイドのエリカでしょう?」
「意地悪を言わないでよ。俺が好きになったのは君なんだよ。君のその笑顔に惹かれたんだから」
クスッと、笑みが溢れる。
ジークの顔も、ちょっと苦笑いみたいに崩れて。
(ふふ。
しょうが、ない、ですね。
もう少しだけ、貴方のメイドでいてあげても、いいかな)
ちょっと悪戯っぽく微笑み、
「離婚届、返してもらってもいいですか?」
そんなふうに云ってみる。
「いや、あれはもう燃やしちゃったよ。っていうか、離婚だなんて嫌だ。お願いだ。やり直させてくれないか?」
真剣な表情でこちらをみつめるジークハルト。
でもどこか、子犬のようにも見えるそんな表情に。
「わたくしを愛してくださいますか?」
そう甘えてみる。
「もちろん。愛してるよ、ううん、ずっと君を愛するよ。神に誓って」
そう云った彼に。
エーリカは思いっきりの笑顔を返した。
きっと、これからちゃんとやり直せる。そんな希望を胸に。
「なら、もう少しだけあなたのメイドでいていいでしょうか? 本当の妻になれる自信はまだないのですけど、今まで通りのメイドからなら。お願いします」と、そう云って。
夜中遅くまで激しい雨の音が聞こえていたけれど、なんだかそれが自分の心の奥底の気持ちを代弁してくれているような気がしていた。
(どうしよう。もう、ここに、いられない)
そろそろ朝食の時間。
いつもだったらその前にジークの朝のお世話をするのだれけど、昨夜の今日では精神的にそれは無理。
それに。
(旦那様を、ぶってしまった……)
いくら頭に血がのぼったとはいえ、許されない事をした。
悪いのは自分なのに。
騙していた自分なのに。
そんな思いが頭を離れない。
耳をすませてみても、ジークの部屋は物音ひとつしない。
(まだ寝ていらっしゃるのかしら?)
そんなふうに思いながらとりあえず着替えを済まして食堂へ向かう。
「お暇を、頂こう。侯爵様に、昨夜の事をお話しして。それで終わりにしよう」
小声でその決意を吐き出した。
食堂に着くと、正面の席に既に侯爵が座っていた。
少し早い時間だったからか、夫人やお子たちはまだいない様子。
(ちょうど、いい)
そんなふうに思いながら侯爵の顔を見つめ。
「おはようございます侯爵様。突然ですみません。わたくし、もうここにはいられません。どうか侯爵家からは離縁してくださいませんでしょうか……」
そう吐き出して、深々と頭を下げる。
「父が頂いた支度金は何年かかってもお返しいたします。どうかそれでお許しくださいませ」
涙がボロボロとこぼれ、食堂の床に涙の滲みをつくっていくのがわかる。
しかしどうしてもその涙を止めることはできなかった。
頭を下げたまま、侯爵の言葉を待った。
時間が、ものすごく長く感じ。
音もなにも聞こえなくなって。
肩に大きな手が当てられるのを感じ。
ビクッと身体を震わせる。
(もう、だめ)
心がもたない。
「悪かったね。エーリカさん。君がそんなふうに思い詰めているなんて、気がついてもあげられなくて」
そんな、優しい声がした。
「エーリカ、ごめん。全部聞いたよ。俺が悪かった。君の顔もわからないままだったなんて、本当に情けない。ごめん」
(え? ジーク様?)
顔をあげるとそこには侯爵とジークが二人揃って立っていた。
「ジーク、さま?」
しょんぼりと、捨てられた子犬のように申し訳なさそうな表情をしているジークハルト。
いつもの俺様なきつい顔とも、ちょっと違ってみえる。
それがなんだかおかしくて。
なんだか、少し、心が軽くなった。
「ジーク様が謝ることなんかありません。わたくしがメイドと偽ってお世話していたのですから」
そう声に出ていた。
「だけどね、君を好きだっていうのはほんとなんだ。信じてくれないか?」
「だって、貴方が好きだったのはメイドのエリカでしょう?」
「意地悪を言わないでよ。俺が好きになったのは君なんだよ。君のその笑顔に惹かれたんだから」
クスッと、笑みが溢れる。
ジークの顔も、ちょっと苦笑いみたいに崩れて。
(ふふ。
しょうが、ない、ですね。
もう少しだけ、貴方のメイドでいてあげても、いいかな)
ちょっと悪戯っぽく微笑み、
「離婚届、返してもらってもいいですか?」
そんなふうに云ってみる。
「いや、あれはもう燃やしちゃったよ。っていうか、離婚だなんて嫌だ。お願いだ。やり直させてくれないか?」
真剣な表情でこちらをみつめるジークハルト。
でもどこか、子犬のようにも見えるそんな表情に。
「わたくしを愛してくださいますか?」
そう甘えてみる。
「もちろん。愛してるよ、ううん、ずっと君を愛するよ。神に誓って」
そう云った彼に。
エーリカは思いっきりの笑顔を返した。
きっと、これからちゃんとやり直せる。そんな希望を胸に。
「なら、もう少しだけあなたのメイドでいていいでしょうか? 本当の妻になれる自信はまだないのですけど、今まで通りのメイドからなら。お願いします」と、そう云って。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
643
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる