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23 最後の一線で。

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「いえ、そんな。いただけません」

 これ以上借金を増やすわけにはいかない。いただいた仕度金だけでもかなりの額になるはず。
 離縁をしてもらう時にはそんないただいたお金とかはみんな返さなきゃとか考えていたエーリカ、反射的にそう答えてた。

「そんな……」

 呆然として、縋るような瞳になるジークハルト。
 最近なんとか上手くやれていると思っていたからまさか断られるとは思っていなかった。
 ましてやこの家の妻であるエーリカのドレスであれば、いただくもあげるもない。侯爵家の予算で出すべきものという認識だったジーク。

「いただくもあげるもないよ? 社交の為のドレスを仕立てるのは君の当然の権利なのだから」

 そう侯爵が助け舟を出す。

「遠慮しないで好きなものを選びなさい。ジークハルトが選ぶのを好まないのであればそれでもいい。君の好きに仕立てて構わないからね」

 優しくそう云う侯爵に申し訳なく思いながら。それでもまだ完全にジークハルトの事を信用できない。
 そう、さっきだって彼はエーリカの事をなんて呼んだ?
 自然にエーリカではなくエリカと呼ぶそんな彼に。
 どうしても最後の一線で心を許すことができないでいる。

「いえ、やはりそんな高価なものをいただくのは……」

 頑なにそう言い張るエーリカに。

「お願いだよエリカ。どうすればいい? どうすれば君はドレスを受け取ってくれる? どうすれば君は納得して俺の妻をしてくれる?」

 追い縋るような瞳でそう訴えるジークハルト。
 その捨てられた子犬のようなそんな瞳に負けたエーリカ。

「わたくしは……、まだ貴方のほんとうの妻になれる自信がございません……。でも、そうですね、たとえお飾りであったとしても貴方の隣に並ぶのならそれなりのドレスじゃないと侯爵家の顔を潰すことになりかねませんものね……」

 そこまで云ってすっと目を伏せる。

「どうか、サイズに余裕のあるデザインのものを。もしわたくしが着ることがなくなっても、無駄にならないようなそんなタイプのドレスをお選びくださいませ」

 そう頭をさげる。

「そうだね。さきほどは君の権利、という言葉を使ったが、侯爵家の立場を護るという意味ではそれ相応のドレスを着るのは君の義務でもある。だからね、気兼ねすることはないよ。費用は君の負債なんかじゃ決して無い。それこそ君がここに嫁いで来た時の仕度金だって、必要経費だからね? たとえこの先、君がこの家を離れる事があったとしても、返す必要なんかどこにもないよ。あんなもので君を縛り付けようだなんて、そんなことは思ってもいないからね」

 そうエーリカを見つめて優しく話しかけるその侯爵の笑顔に。
 心の奥のわだかまりが一つ、溶けていくようで。

 ジークハルトだけが、どこか取り残されたようなそんな悲しそうな表情をみせていた。
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