わたくし、お飾り聖女じゃありません!

友坂 悠

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白い竜。

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「二人きりにしてもらえないだろうか」

 そういうレムレス様の言葉はお父様に拒否された。

「衆目に晒される状況で娘を辱めた殿下のこと、そう簡単に許せるものではありませんし、生憎と信用もできません。そんな状況で娘と二人きりに? できるわけがないでしょう?」

 歯に着せぬお父様のその言葉に、苦虫を噛み潰したような顔になるレムレス様。

「まあ、そうは言ってもここで使用人まで見ている前では流石に殿下が不憫ですから。別室を用意いたしました。そこでお話をお伺いいたしましょう。当然わたしと妻も同席させていただきますが」

 お父様、目力がすごいです。伊達に騎士団長を長年務めてはいないです。きっと普通の貴族の方ならこの目を見ただけで震え上がってしまったことでしょう。
 それでも、なんとか自分を保ったレムレス様。

「ではそれでよろしくお願いします。どうやら私の謝罪は侯爵夫妻にも聞いて頂かなければいけなかったようだ」

「まあそうだね、兄様。ああ、サイラス様、僕もその場に同席させてもらっても構いませんか? 流石に兄様だけだとかわいそうだ」

「ええ、構いませんよマギウス殿下。歓迎します」

「ありがとう。じゃぁそう言うことで」

 うん。
 まあ、わたくしとしてみればお父様とお母様がいて下さった方が心強いです。
 少しレムレス様には同情してしまいましたが、それも仕方がないことなのでしょう。

 そんな感じに別室、応接室に移ったわたくしたち。
 お婆様や執事長セバスチャン、セバスリーにいさまたちは同席せず、心配そうにこちらを見て。
 うん。でも、大丈夫。
 レムレス様の気持ちをしっかりと聞いて、そうしてわたくしの気持ちをちゃんと伝えるだけですし。

 応接室の長椅子に、対面で腰掛けたわたくしたち。
 わたくしは父様母様の間に挟まれるように座って。
 なぜかファフナはお母様のお膝の上にいます。
 流石にわたくしのお膝だと、レムレス様に失礼に見えるから。気を利かせてくれたのでしょう。

 お屋敷の侍女さんたちはみな人払いといわれ入室を許されなかったから、メイド服を着たタビィだけが皆にお茶をお出ししてまわっていました。
 まあ、彼女は人間には見えませんから、レムレス様もそこまで気になさらないだろうと思いますし。

 皆にお茶が配られ、レムレス様、そのお茶をひとくち口にして。

「この度はいきなりアルルカンドに押しかける形になってしまい申し訳無かった。まずそこから謝罪させて欲しい」

 まず、そう切り出した。

「先ほど侯爵が述べたように、私は自分の不甲斐なさからアナスターシャ侯爵令嬢に大変失礼で、申し訳ないことをしてしまった。彼女を辱めたと言うのは本当にそうだ。申し訳なかった」

 頭を深く下げるレムレス様。
 あ、でも。
 彼はその辺のこと、ちゃんと記憶があると言うことでしょうか?
 わたくし、てっきり魔に操られていたせいだからと、全く記憶がないのだと、そう言う言い訳をされることを予想していました。

「レムレス様はあの時の会話を覚えていらっしゃるのですか?」
 思わずそう口に出していた。
 そう、そこのところを確認しないことには話が先に進まないもの。

 一瞬、こちらを見て不思議そうなお顔をされたレムレス様。
 でも、すぐに気を取り直したのか。

「ああ、一言一句間違いなく覚えている。どうしてあんなことを言ってしまったのかと、なぜあんなにも君のことをあんなふうに思い込んだのかと、そう後悔はしたが。私がしでかしたことに間違いはないよ」

 そう、はっきりと断言されるレムレス様。

「では、カナリヤ様のことは」

「ああ。彼女のとのことは、真実の愛を見つけたと、あの時は本気でそう思っていた。間違いだったけれどね」

「そう、ですか……」

 これは、どう考えればいいのだろう。
 素直に過ちを認めている彼。
 でも?
 その過ちは、魔が心に巣食っていたからで……。

 ——きっと、あなたに対しての不満はあったのよ、レムレス。それがきっと魔によって増幅されたのだわ。魔っていうのは感情を暴走させるの。誰にでもあるほんのちょっとの不安。ほんのちょっとの恐怖。ほんのちょっとの嫌悪。ほんのちょっとの不満。そうしたものを増幅して糧にするのね。

 ファフナ。

 ——だからきっと、今の言葉は真実ではあるけれど、あの時に言った言葉もまたレムレスの中にあったものなの。だからこそこんなにも素直に謝れるんだと思うわ。だって、誰だって身に覚えのないことなんか謝りようがないもの。

 そっか。そうよね。

 わたくしは、レムレス様のお顔を真っ直ぐに見据えて。
 うん。彼は嘘は言っていない。それはわかる。
 だから。

「わたくしはレムレス殿下の謝罪を受け入れようと思います。当然、あの時にあったことを全て許せるわけではないですけど。特に、聖女を解任されたことは、本当に悲しかったので」

 婚約破棄をされたことよりも、聖女を解任されたことの方が悲しかった。
 これはわたくしの偽らざる本心なので。

「それなら、もう一度聖女の職に復帰すると言うのはどうだろう? きっと聖女庁には異論はないはずだ」

 え?

「待ってくださいレムレス殿下。それはスタンフォード侯爵家としては受け入れられません。それでなくとも一度聖女の職を辞したものが再登板するなど前例がないことであり、また、そうした場合のアナスターシアに対する世間の風聞がどういうことになるのか。想像が出来ない殿下でもありますまい」

「そうだよ兄さん。いくら王家と侯爵家がそれでよかったとしても、他の貴族がどう思うのか。アナスターシアさんの経歴に傷をつけることになりかねないんだよ」

「じゃぁ、私との婚約破棄の話、あれも無かったことにするのは? であれば少なくともアナスターシアが婚約破棄をされた令嬢と言うゴシップが消えるのではないか!?」

「馬鹿な! そんな戯言、いい加減にしてください。一度広まったあの婚約破棄騒動を無かったことなどできるわけはないでしょう!」

「いや、全てがお芝居であったことにすればいい。余興であったとそう話を合わせて広めればどうか」

 その言葉に唖然とするお父様。マギウス様も呆れている。

「どうかな、アナスターシア。どうかもう一度私とやり直してもらえないだろうか?」

 真っ直ぐわたくしの方を見て、そう言う殿下。



 ああ。頭の中がクラクラする。
 わたくしはどうすればいいの?
 あれが魔のせいだったと知っているわたくしには、お父様のようにレムレス殿下を悪様に言うことが出来ないでいる。
 でも。
 わたくしは……。

 ナリス様。
 わたくしはどうすればいいのです?
 ナリス様。ナリス様。

(アナスターシア!!)

 え?

 心の奥底に、ナリス様の姿が見え。そんなわたくしを呼ぶ悲痛な声が響いて。

 目の前に白い巨大な竜。
 そんな竜が、今にもナリス様を飲み込まんと大きな口を開けて。

(だめ! ダメ! ナリス様!!)

「ファフナ!」

 いきなり立ち上がってそうファフナを呼ぶわたくしに。

 ——ええ、アーシャ。行くわよ!

 白銀に光るファフナがわたくしの胸に飛び込んで。
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