2 / 65
やるせない夜。
しおりを挟む
「君を愛することはできない」
ドアの前に立ったままこちらを見つめるサイラス・フォン・スタンフォード侯爵がそう言い放った時。
シルフィーナは一瞬、なんのことかわからなかった。
もちろん。
貴族同士の婚姻に愛などというものは存在しないのは充分承知をしていたし、それをわざわざ最初に宣言するなんて? と、そう不思議には思ったのだ。
もちろんそうは言ってもわざわざ愛さないだなんて宣言するなんて、とは感じたけれどそこまでだった。
だけれど。
次に続いた言葉を聞いた時。
シルフィーナの幸せだった気持ちは一直線にゼロ、いや、マイナスまで落ちた。落ち切った。
「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」
と。
こんなことを言われるとは思ってもいなくて。
(え? どういうことですか? もしかしてわたくしには世継ぎを成す義務も課されない、と、そういうことですか!?)
と、頭の中が真っ白になったまま、その後の言葉を待った。
♢
侯爵は以下の条件を述べたのち、シルフィーナには指先ひとつ触れることなく部屋を後にした。
朝食は可能な限り一緒に摂ること。
社交には同伴すること。
表向きにはこの結婚が契約結婚であるということを秘密にすること。
三年後には君を自由にするから。
とそれだけ。
身体の関係は求めないし、愛することもできないけれど、と、そう付け加えられ。
「要するにただのお飾り妻ですか!?」
と、シルフィーナは感情の行き場も無くそんな言葉を吐き出した。
貴族の嗜み、とか、そういうものを考えている余裕もなく。
詳しい事情は話して貰えなかった。
そこは暗に聞くなと言っているような壁も感じて。
シルフィーナ自身がどう過ごせばいいかとかそういったことも一切条件に無く、それこそ浪費をするなとか浮気をするなとかそういった事も言われなかった。
でも。
お飾りならお飾りでしっかりと努めようとは思うし浪費や不貞を働く気などはもちろんない。そんなもの、流石にプライドが許さない。
それでも。
まさかこうして侯爵家に嫁いできて、それも自分が選ばれたのはその魔力値の高さゆえだと確信してきたにも関わらず。
まさか世継ぎを残さなくてもいい、だとか。
まさか三年経ったら自由にしていい、だとか。
そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
ここにくるまで本当に色々と覚悟してきたのに。
と。
その覚悟はどうしたらいいの。
と。
まさかの新婚のその初夜に、こんなにもやるせない気持ちになるなんて。
と、そう。
右手にあったふわふわの大きな枕を手に取ったセルフィーナ。
もう誰もいなくなった寝室の扉に向けて、その枕を思いっきり投げつけて。
そのまま。
やっぱりふかふかのお布団に、ぼすんと倒れ込んで。
寝てしまおう、そう思ったけれど。
頭の中は混乱してすっかりと冷め切っていたけれど、色々と覚悟してほてっていた体はなかなか元に戻らなかった。
それに。
今度は逆に気持ちが荒ぶってしまってなかなか寝付けない。
もう! もう! もう!
何度もそう吐き出し、いつの間にか涙が頬を濡らしていた。
少し頭が冷えて顔を上げたシルフィーナ。
シャンデリアの灯りもとうに消え、薄暗くなった室内。
そこに。
壁の端に一筋、うっすらと明かりがさしていた。
ビロードのカーテンの隙間から漏れるその月明かりが気になって。
シルフィーナはゆっくりとベッドを降りて、その光を辿った。
厚く覆われたビロードをめくると、そこにはバルコニーに通じる大きな窓があった。
そっとその窓を開けて、夜着のまま外に出てみる。
ひやっとまだ寒い空気の中、深紫の夜空にはたくさんの星と、そして丸い大きな月がぽっかりと浮かんで。
まるで、月明かりが降るようにあたりを照らしているのがわかる。
(身体中が、洗われるようだわ)
寒いけれど気持ちのいい冷たい空気に、サラサラと降る月の光が自分の心の奥底まで染み込んでくるのを感じる。
体内の真那がいっぱいになっていく感覚。
真那は魔力の源。
シルフィーナにとって、真那は活力の源でもあった。
「女に魔法は必要ない。女が魔法など覚えなくともいい」
と、そう言い放つ父の言葉が思い出される。
あれはいつだったのか。
幼い頃からそう言われていたような気もするし。
そんなことを思い浮かべ。
貴族の子女は七歳になると魔法の基礎を学ぶために貴族院に入学するのがならいとなっている。
けれど。
シルフィーナにはそういった機会は巡ってはこなかった。
貧乏なマーデン男爵家には娘二人を貴族院で学ばせるだけの資産は無い。そう言い放った父。
だから。
そういった事は全て、諦めていたのだ。
魔力があっても、特性値が高くとも、肝心なその魔力の使い方を知らなければ宝の持ち腐れだ。
誰かにそう言われたこともあった。
でも。
本当に、今までのシルフィーナはそういったもの全てを諦めていたから。
それでも。
(月の光は、大気中に含まれる真那を増やしてくれるから)
シルフィーナはそう呟いて、ひとときの月光浴を楽しんだ。
ドアの前に立ったままこちらを見つめるサイラス・フォン・スタンフォード侯爵がそう言い放った時。
シルフィーナは一瞬、なんのことかわからなかった。
もちろん。
貴族同士の婚姻に愛などというものは存在しないのは充分承知をしていたし、それをわざわざ最初に宣言するなんて? と、そう不思議には思ったのだ。
もちろんそうは言ってもわざわざ愛さないだなんて宣言するなんて、とは感じたけれどそこまでだった。
だけれど。
次に続いた言葉を聞いた時。
シルフィーナの幸せだった気持ちは一直線にゼロ、いや、マイナスまで落ちた。落ち切った。
「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」
と。
こんなことを言われるとは思ってもいなくて。
(え? どういうことですか? もしかしてわたくしには世継ぎを成す義務も課されない、と、そういうことですか!?)
と、頭の中が真っ白になったまま、その後の言葉を待った。
♢
侯爵は以下の条件を述べたのち、シルフィーナには指先ひとつ触れることなく部屋を後にした。
朝食は可能な限り一緒に摂ること。
社交には同伴すること。
表向きにはこの結婚が契約結婚であるということを秘密にすること。
三年後には君を自由にするから。
とそれだけ。
身体の関係は求めないし、愛することもできないけれど、と、そう付け加えられ。
「要するにただのお飾り妻ですか!?」
と、シルフィーナは感情の行き場も無くそんな言葉を吐き出した。
貴族の嗜み、とか、そういうものを考えている余裕もなく。
詳しい事情は話して貰えなかった。
そこは暗に聞くなと言っているような壁も感じて。
シルフィーナ自身がどう過ごせばいいかとかそういったことも一切条件に無く、それこそ浪費をするなとか浮気をするなとかそういった事も言われなかった。
でも。
お飾りならお飾りでしっかりと努めようとは思うし浪費や不貞を働く気などはもちろんない。そんなもの、流石にプライドが許さない。
それでも。
まさかこうして侯爵家に嫁いできて、それも自分が選ばれたのはその魔力値の高さゆえだと確信してきたにも関わらず。
まさか世継ぎを残さなくてもいい、だとか。
まさか三年経ったら自由にしていい、だとか。
そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
ここにくるまで本当に色々と覚悟してきたのに。
と。
その覚悟はどうしたらいいの。
と。
まさかの新婚のその初夜に、こんなにもやるせない気持ちになるなんて。
と、そう。
右手にあったふわふわの大きな枕を手に取ったセルフィーナ。
もう誰もいなくなった寝室の扉に向けて、その枕を思いっきり投げつけて。
そのまま。
やっぱりふかふかのお布団に、ぼすんと倒れ込んで。
寝てしまおう、そう思ったけれど。
頭の中は混乱してすっかりと冷め切っていたけれど、色々と覚悟してほてっていた体はなかなか元に戻らなかった。
それに。
今度は逆に気持ちが荒ぶってしまってなかなか寝付けない。
もう! もう! もう!
何度もそう吐き出し、いつの間にか涙が頬を濡らしていた。
少し頭が冷えて顔を上げたシルフィーナ。
シャンデリアの灯りもとうに消え、薄暗くなった室内。
そこに。
壁の端に一筋、うっすらと明かりがさしていた。
ビロードのカーテンの隙間から漏れるその月明かりが気になって。
シルフィーナはゆっくりとベッドを降りて、その光を辿った。
厚く覆われたビロードをめくると、そこにはバルコニーに通じる大きな窓があった。
そっとその窓を開けて、夜着のまま外に出てみる。
ひやっとまだ寒い空気の中、深紫の夜空にはたくさんの星と、そして丸い大きな月がぽっかりと浮かんで。
まるで、月明かりが降るようにあたりを照らしているのがわかる。
(身体中が、洗われるようだわ)
寒いけれど気持ちのいい冷たい空気に、サラサラと降る月の光が自分の心の奥底まで染み込んでくるのを感じる。
体内の真那がいっぱいになっていく感覚。
真那は魔力の源。
シルフィーナにとって、真那は活力の源でもあった。
「女に魔法は必要ない。女が魔法など覚えなくともいい」
と、そう言い放つ父の言葉が思い出される。
あれはいつだったのか。
幼い頃からそう言われていたような気もするし。
そんなことを思い浮かべ。
貴族の子女は七歳になると魔法の基礎を学ぶために貴族院に入学するのがならいとなっている。
けれど。
シルフィーナにはそういった機会は巡ってはこなかった。
貧乏なマーデン男爵家には娘二人を貴族院で学ばせるだけの資産は無い。そう言い放った父。
だから。
そういった事は全て、諦めていたのだ。
魔力があっても、特性値が高くとも、肝心なその魔力の使い方を知らなければ宝の持ち腐れだ。
誰かにそう言われたこともあった。
でも。
本当に、今までのシルフィーナはそういったもの全てを諦めていたから。
それでも。
(月の光は、大気中に含まれる真那を増やしてくれるから)
シルフィーナはそう呟いて、ひとときの月光浴を楽しんだ。
12
あなたにおすすめの小説
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした
三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。
書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。
ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。
屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』
ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく――
※他サイトにも掲載
※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる