お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!

友坂 悠

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漆黒の魔。

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 それは、この舞が始まる前から感じていた。

 黒い、黒い、漆黒の魔の匂い。

 きっとそれは人が多いから、そんな人の雑念が集まりすぎているからいけないの? 
 そう思って、気のせいかもしれないからとそんな不安を頭の中から追い出そうとして。

 幼い時の、あの恐怖。
 それを思い出しかけ、慌てて蓋をする。

 だってここは聖域だ。
 聖女様がいらっしゃるそんな場所で、あんな「怖い」ものが現れるはずがない。

 そう、目の前の舞に集中することにする。

 初めて観るその優雅な舞は、祭壇に奉納されていたのであろう真那マナをくるくる、くるくると一つの塊にまとめ上げていく。
 そして。
 その莫大な真那マナの光は、剣先に指し示された天空に向かって一気に放出されていき。

 綺麗だった。

「素敵ね……」
 おもわずそう零す。

「ええ、そうでしょう?」
 リーファも頬を上気させ、そう答えた。

 人々の歓声が辺りに広がり。
 全てが終わったその時。

 この聖域に、一瞬のマナの空白ができた。


(あ、いけない! これを狙っていたの!?)

 大通りの端、少し離れた裏通りの入り口にあった「それ」が、急激に膨らむのを感じたシルフィーナ。
 そのままそちらに向かって駆け出していた。

 人混みをかき分け、向かう彼女。
 一瞬呆気に取られ出遅れたものの、慌てて追いかける護衛二人とリーファ。

「待って、待ってください奥様!」

 背後からそんなリーファの叫び声が聞こえたのがわかったけれど、でも。
 足を止めることはできなかった。

 あれ、は、だめ。
 止めなくちゃ。

 そんな衝動に駆られて走るシルフィーナ。

 彼女がその裏通りの入り口にたどり着いた時。

 それは真っ黒な魔が、漆黒の口をポッカリと開けて。
 そこから今まさに、ワラワラと黒い手のようなものが伸びようとしているところだった。


 、と、真那マナ
 それは表裏一体。
 本来はともにこの世界を構成する神の氣。
 水と氷のように状態が変化しただけの、元々は同じものであった。
 それでも。
 真那マナが命を育む性質を持っているのに対し、は命を蝕む。生命を、生命で無いものに変えてしまうのがという存在の性質だった。

 そんなの漆黒は、普段、この空間のブレーンの裏側に満ちている。
 そして、稀に、こうして空間を割いて、こちら側に現れるのだ。


「キャー!!」
「化け物だ! 魔物が出た!」

 ぶるんと落ちる黒い塊。
 それはやっと人々の目にも見えるよう可視化したのか、周囲から悲鳴が上がる。

(お願い、アウラ!)

 シルフィーナの瞳がジッとその漆黒を見据え、そこに風の壁を巻き起こす。

(あれを聖域に入れちゃ、だめ)

 マナの空白地となった聖域。
 その場所に惹かれるように、この漆黒は沸いてきた。

 流石に、封印で護られていた聖女宮にそのままその空間を破って現れることはできなかったのか、こうして外れた場所に在る漆黒の魔。

 それでも。

 シルフィーナの瞳には、この裏通りの煤けた煉瓦の地面に描かれた魔法陣が、うっすらと映っていた。

(これって、人が描いたもの?)

 誰かの悪意がそこに見えるようで、気持ちが悪くなるシルフィーナ。

 そんな一瞬の隙をついたかのように、形をはっきりとさせた魔虎がシルフィーナの風の壁を突破し、飛び掛かってきた。

「危ない!」

 すんでのところでその魔獣、魔虎に飛びかかる黒い影。

「旦那、様?」

 一陣の下、魔虎を切り捨てたのはサイラス・スタンフォードその人だった。


「行け!」

 凛とした彼のその号令とともに、漆黒の魔に攻撃を仕掛ける騎士団の面々。

「怪我は無いかい? もう大丈夫だから」

 と、こちらを振り返る優しい笑顔。

 緊張が途切れたシルフィーナは、何かを思い出しかけて。頭の中のモヤを払い除けようと首を振り。

「旦那様……」

 そう呟くと、そのまま崩れ落ちた。
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