お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!

友坂 悠

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お湯に浸かって。

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 ♢ ♢ ♢

 白亜の壁。
 湯煙の向こう側では猫の顔のような彫像の口から、コンコンとお湯が溢れていた。

(お城の地下にこんな浴場があったなんて……)

 シルフィーナは、毛足の長い大きなタオルを体に巻いて、そんな浴場の入り口に立っていた。

「ふふ、そんなところで驚いてないで、奥まで入ってね。扉を開けたままでは熱気が逃げちゃうわ」

 背後からそうレティシアの声がする。

「ああでも、ほんと圧倒されてしまいます」

 これほど立派な、大きな浴場は初めてみる。
 それに、お湯がこれでもかと言うくらいに溢れている様子は、本当に驚きで。

「まあ。そう言ってもらえると嬉しいわ。ここはわたくしの自慢の温泉なのよ」

 と、そう背中を押すレティシア。

 彼女の希望で、今日の入浴は二人だけ。
 普段だったら侍女が入浴の介助に付き添うのだろう、「今日はシルフィーナさんと二人で入りたいの。あなたたちはここで待っていて」と指示をする姿も見え。

 所々にタオル掛けが用意されていて、シルフィーナは自分の体を覆っていたタオルをそこにかけて、レティシアに促されるままに洗い場で体を流し、湯船に浸かる。

 髪は頭の上で結ってある。
 洗い流そうかとも思ったけれど、そうするとおろした髪が湯に浸かってしまうし、と、少し躊躇していたら、

「ゆっくりお湯に浸かったあと侍女を呼びますから。その時に髪を洗ってもらいましょう。ここでは仰向けに寝ながら髪を洗える専属の湯船もありますから。気持ちいいわよ」

 と言う、レティシア。

「ええ、ありがとうございます。では後ほど、楽しみにしておきますね」

 そう答え隣でお湯に胸まで浸かっているレティシアを見たシルフィーナ、彼女の胸に大きく抉れた傷跡があることに気がついた。

 綺麗なデコルテから右胸の膨らみの上までざっくりと、醜く引き攣ったその傷跡。

「お義母、さま……」

 思わずそこで言葉が詰まる。

「昔の傷よ。もう痛みはないの」

「でも……」

「こんな傷を負ったわたくしのためにサイラスがこの温泉を掘り当ててくれたのよ。そのおかげ。だいぶんと良くなったのよ」

 そう、うっすら微笑むレティシアに。

 シルフィーナは我慢ができなくなってしまった。



 ♢ ♢ ♢


 行政区の執務室でレティシアの仕事ぶりを見学し、市民議会の様子も見て回ったシルフィーナ。
 そのあまりにも今まで彼女が知っていた常識と違った運営方法に、
「大きい領地では皆こんな運営をしていらっしゃるのでしょうか?」
 と、聞いてしまったけれど。
「そうね、うちは他所とはちょっと違うかもしれないわね」
 と、それにそうあっさり答えるレティシア。

「それでもね」

 少し遠いところをみるように。

「ここまでくるのには10年かかったのよ」

 と、そう言って。


 従来の村長にあたる地区の代表を領都に集め市民議会とし、問題点を洗い出し議論を行い。
 社会の運営に携わる役人も若いものから年配の者まで広く募集をし、希望者から試験をもって選ぶ。
 完全な上意下達な組織ではなく、意見は下から上げ上が承認するという仕組みも整えた。
 もちろん、勝手バラバラに動くのではなく、皆が同じ方向を見て動けるようにしていくことも大事で。
 ある意味、レティシアを助けたいと一丸となってくれた家臣たちがいたことが、こうした仕組みづくりに役に立ったのだろう、そうレティシアは語ってくれた。

 先代の侯爵さまがお亡くなりになって、本当に苦労をされたのね。

 そう思わずにはいられなかった。


 ♢


 シルフィーナの頬に一筋涙がこぼれた。

「まあまあ。ごめんねシルフィーナさん、ありがとう」

 そう言って頭を撫でてくれる彼女。
 それは、サイラスの撫で方と似ていて。
 ああやっぱり親子なのだなぁと、そんなふうにも感じ。

(お願いキュア。お義母様のこの傷を治して)

 シルフィーナは右手をふわっと持ち上げて、レティシアの胸の傷にむけて掲げた。

「え? シルフィーナ、さん?」

 シルフィーナの瞳が金色に輝き、そして。
 湯気の中に、金色の粒子が舞った。

 ホワンと。

 胸の傷の部分に温もりを感じたレティシア。

 その温かみは段々と熱いと思えるまで温度が上がり。

 それでもそれはちょっと普段よりも高めの温度のお湯に浸かったぐらいではあったけれど。

 汗が吹き出して、目も開けていられなくなったところで、それは唐突に止んだ。

 ザボン!

 気を失ってお湯に沈み込むように倒れるシルフィーナ。

「誰か! 来て!」

 大声で侍女を呼び、湯船の中からシルフィーナを抱き上げ助け上げたレティシア。

 そのまま、シルフィーナを皆で抱えて脱衣所まで連れて行ったところで侍女の一人が叫んだ。

「奥様! お胸の傷が!」

 はっとその自分の胸を確かめる彼女。

 目で見て、そして手で触って。
 皮膚の感触も確認したけれど。

 そこに長年残っていた醜い傷跡は、綺麗さっぱりと消えて無くなっていたのだった。
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