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永泰の夜
第十五話 3
しおりを挟む一同が東明寺に着いたのは太陽の光がかなり高くなってきた頃だった。
昨晩忍び込んだ時とは違い、聖域特有の清々しい空気が一同を包む。
「なんだ、お前たち。もう茶を飲みに来たのか」
一行を出迎えた円覚は驚いたものの、五人を快く迎え入れた。
「寺の様子はどうですか?」
士英に問われ、円覚はかかか、と笑う。
「朝には、壊された結界とは違う結界を張っておいた。ま、能力がないものには結界の種類の違いなんぞ分かりはせんさ」
円覚は悠長に茶を啜りながらそう言い放つ。
「ところで、こんな急にここにくると言うことは、羊桂英の関係で何かあったのであろうな。それも急ぎで」
頭の回転の早い円覚はそう見当をつけると、茶の杯を卓へ置いた。
「何があった?」
円覚の問いに、ユースィフは単刀直入に切り出す。
「羊桂英が自害した簪を探している」
「ふむ?!」
円覚は黙り込むと、その顎を撫でた。
「知っているのか?」
「まあ、な」
円覚はしばし思案げな表情をすると、ユースィフに向き直る。
「今は廃墟と化している『華潤宮』にあるはずだ。しかしーー」
「何か、問題があるのか?」
「ある」
円覚はそう言うと、華潤宮の簪について話をした。
「あの辺りは、昔から怪異が多くてなーー」
近隣の村の住民は、魔獣や妖物の類に人が襲われることが多かったという。
そこで、村人たちは村に結界を張ることにした。
しかし、ただの結界では強い妖物は破ってしまう。
村人たちはそこで、東明寺を頼ったのである。
頼まれた東明寺は、結界の方法について思案した。
自分たちがその場にいれば、内側から結界を張ることは容易い。
だが、今回の依頼は永泰の外の村を守る方法である。
常にそこにおらずして、強力な結界を張らなくてはならない。
散々思案した結果、結界の要に呪物を使おうと言う話になった。
その呪物の力を使い、結界を内側から補強しようとしたのだ。
そこで選ばれた呪具が『羊桂英の簪』だったのである。
「『羊桂英の簪』が呪具ーー?」
円覚の言葉に、士英は首を捻る。
羊桂英自体は魔術師でもない、普通の女性だった。
その道具が、なぜ。
そう言う思いが士英にはある。
「あの簪にはなぁ、未練も怨念もたっぷり詰まっておる」
生前の強い思いが注ぎ込まれた物には、そういった力が宿ることがあるのは士英も知っていた。
「あれには羊桂英の強い負の力が膨大に詰め込まれておったのよ」
その力を使って、内側から結界を保っているのだという。
「あれ自体は負の力だが……ま、毒を持って毒を制す、みたいなものだ」
「つまりーーその簪が無くなってしまえば、結界が弱まってしまうと言うことか」
ユースィフの言葉に円覚は「そういうことだ」と頷いた。
「ーーどうなさいます、ユースィフ様」
困り果てたように聞くジュードに、ユースィフはしばし考え込む。
「何か、代わりのものを持っていくしかないな」
「あてはあるのか?」
「ない」
円覚の言葉に、ユースィフはあっけらかんと答える。
「ふっ……お主らしいな」
円覚はそう言って笑うと、その両腕を組んだ。
「ならば、一つ頼まれてくれんか」
「何をだ?」
「妖物退治だよ」
円覚はニヤリと笑うと、そう提案した。
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