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強欲
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影山と小山は執行部屋に来ていた。以前黒田が言っていたSaBの存在意義についてだ。本当は山下が来るはずだったが、執行内容のための会議があるため代理で小山が来ていたのだ。
「本当は山下が来るはずですよね。なんで俺が…」
「我慢しろ。本当ならお前を連れて行きたくはなかったよ。」
影山は自分1人がここに来れば良いと思っていたが、部下を連れて来いと命じたのは黒田である。連れて来させた魂胆は影山と同じ思想を持たせないためだ。そんな事を考えてると黒田が2人の元にやって来た。
「待たせて悪かったね。影山君と小山君。」
「今日は何の用でここに?」
「わかっているだろう。以前君に言ったSaBの存在意義についてだ。部屋を見たまえ。」
マジックミラー越しに見ると1人の男が車の運転席に拘束されていた。口はテープで塞がれていたが、顔は恐怖で慄いてるのがよくわかる。
「彼は去年飲酒運転の末、幼い子供とその母親を轢き殺した松田和樹38歳だ。」
「一体何をさせるつもりですか?」
小山の問いに黒田は薄ら笑いを見せながら答えた。
「君達は車の実車耐久試験というのを知ってるかね?」
「ええ。もちろん知ってますよ。」
「なら話は早いだろう。前にある装置はそのための試験のひとつだ。」
黒田がそういうと小山の顔は恐怖に慄いた。
「まさか、オフセット前面衝突試験を行うつもりですか?危険過ぎますよ。今すぐ中止するべきです。」
「昨今、急増している車の事故のために安全装置が万全かどうかは確かめなければならない。なのにダミー人形で試験をしても実際の被害はどれくらいなのかわからん。そのためにこの罰を執行する。」
そう言い終わると顔を前に向き直し、「始めてくれ。」と試験の始まる合図を出した。松田は何やら喚いているようだが、塞がれた口では何を言っているかは伝わらない。そうこうしているうちに車がゆっくり動き出し、衝突実験用の壁に向かって加速しながら走っていった。
「やめろー!」
小山の叫びも虚しく松田の乗せた車は激しい音を立てて壁に衝突した。しばらくすると榎本が運転席から松田を引っ張り出した。よろよろと車から出たものの無傷なのは見てわかる。
「対象者、無傷です。」
榎本のアナウンスを聴くと黒田はマイクに向かって「ご苦労。2台目の実験は3時間後に行う。それまで休ませておけ。」
と言って部屋を出ようとする。
「待ってください。まだ続けるつもりですか?」
小山の問いに黒田は何か?というような顔で睨みつける。
数秒間が開くと黒田は部屋を出た。
「部長。このままでいいんですか?このままだと本当に人権派団体が黙ってないですよ。それどころか黒田さんの考えが凶暴さを増して」
「小山、話がある。俺たちも戻るぞ。」
そういうと影山もゆっくりと部屋を出た。小山が何回か影山を呼ぶもそれを無視した。
戻る途中に影山は小山になぜSaBに入ったのかを聞いた。
「吉田とさほど変わらないですよ。犯罪を減らすために入ったんですけど、思っていたのとはまるっきり違いました。直属の上司が影山さんで良かったですよ。」
その答えに影山は何も返さなかった。しばらくすると影山達のいた部署がやけに騒がしかった。中を覗くと山下と吉田が口論していた。特に山下は頭に血が昇っているかのように顔が真っ赤だった。
「おい、外まで聞こえてるぞ。」
小山が宥めていると山下が小山を突き飛ばし、影山に詰め寄った。
「あなただったんですか?部長が殺したんですか?」
小山が聞こうとすると吉田が「山下の義理のお兄さんがSaBに裁かれたのは知ってるでしょ。その罰を考えたのは影山さんだって言ってるのよ。そんなはずないって言ってるんだけど、」
影山はバツが悪そうな顔して山下の問いに答えなかった。
「だんまりですか?答えられないってことはやっぱりそうなんですか?」
「…そうだ。俺が考え執行した。」
小山と吉田は驚きの顔を隠せず、山下は握っていた拳をより一層強く握りしめた。
「なにが、なにが熊田さんの意思を継ぐだ!結局部長も黒田さん側の人間ってことじゃないか!」
影山の胸ぐらを掴みながら山下は詰め寄った。
「こんな罰を考えるあなたは最早人間じゃない。それなのに更生派の意見を尊重してるんですか?裏で糸でも引いてるんですか?」
何も言い返せない影山に対し、「答えろよ!」と山下は反応を促す。見ていられなくなった小山と吉田が山下から影山を引き離す。
すると影山は静かに口を開いた。
「みんな席についてくれ。」
その言葉に3人は渋々席に戻る。席に戻ったのを確認すると影山は自分の過去を話し始めた。
3年前、煽り運転の現行犯で逮捕された篠山直樹の罰は拘束し、世間の声を延々と聴かせるという恐ろしい罰だった。この罰を考えたのは影山だった。その当時の影山は執行部の一職員で黒田の思想に共感を持った人だった。だから、当時の上司だった熊田の意見は納得が出来ず、内心黒田のことを敬っていた。だが、その2年後、篠山が亡くなったと連絡が入ると影山はショックが隠せなかった。まさか自分の考えた罰によって人が死んでしまうことなど思いもしなかった。そんな影山に声をかけたのが熊田だった。
「黒田の意見を尊重するのは構わない。だがな、それを許してしまうと自分の正義が正しいと勘違いして歯止めが効かなくなる。それは正義じゃなくてただの自己満足だ。押しつけの正義なんて脆くて崩れやすいものだ。」
この熊田の言葉に影山は自分の考えを恥じ改め、熊田の掲げる更生のための罰を尊重する様になったのだ。
「山下、俺を許せないのならそれでも構わない。ただ、熊田さんの理想を叶えるためにこれからも力を貸してほしい。吉田も小山も力を貸してくれ。頼む。」
そういうと影山はゆっくり頭を下げた。許しを乞うとしない影山に山下は何も言えず、部屋を出て行った。
「山下、待って…」
「よせ。しばらく1人にさせてやれ。」
山下を追おうとする小山を止めると影山は吉田に紙を一枚渡した。
「部長、これって…」
「来週提出する予定の前田睦月の執行内容だ。これを見ても俺のことを信じられないか?」
あんな話をした後だが、吉田はゆっくり首を横に振った。
「いいえ。部長が言った力を貸してくれっていうのはこのことなんですね。」
影山が頷くと吉田は笑顔で返した。死んだ命は戻らない。せめてこれからの犯罪者には更生の余地を与える。それが影山なりの贖罪なのだ。
「本当は山下が来るはずですよね。なんで俺が…」
「我慢しろ。本当ならお前を連れて行きたくはなかったよ。」
影山は自分1人がここに来れば良いと思っていたが、部下を連れて来いと命じたのは黒田である。連れて来させた魂胆は影山と同じ思想を持たせないためだ。そんな事を考えてると黒田が2人の元にやって来た。
「待たせて悪かったね。影山君と小山君。」
「今日は何の用でここに?」
「わかっているだろう。以前君に言ったSaBの存在意義についてだ。部屋を見たまえ。」
マジックミラー越しに見ると1人の男が車の運転席に拘束されていた。口はテープで塞がれていたが、顔は恐怖で慄いてるのがよくわかる。
「彼は去年飲酒運転の末、幼い子供とその母親を轢き殺した松田和樹38歳だ。」
「一体何をさせるつもりですか?」
小山の問いに黒田は薄ら笑いを見せながら答えた。
「君達は車の実車耐久試験というのを知ってるかね?」
「ええ。もちろん知ってますよ。」
「なら話は早いだろう。前にある装置はそのための試験のひとつだ。」
黒田がそういうと小山の顔は恐怖に慄いた。
「まさか、オフセット前面衝突試験を行うつもりですか?危険過ぎますよ。今すぐ中止するべきです。」
「昨今、急増している車の事故のために安全装置が万全かどうかは確かめなければならない。なのにダミー人形で試験をしても実際の被害はどれくらいなのかわからん。そのためにこの罰を執行する。」
そう言い終わると顔を前に向き直し、「始めてくれ。」と試験の始まる合図を出した。松田は何やら喚いているようだが、塞がれた口では何を言っているかは伝わらない。そうこうしているうちに車がゆっくり動き出し、衝突実験用の壁に向かって加速しながら走っていった。
「やめろー!」
小山の叫びも虚しく松田の乗せた車は激しい音を立てて壁に衝突した。しばらくすると榎本が運転席から松田を引っ張り出した。よろよろと車から出たものの無傷なのは見てわかる。
「対象者、無傷です。」
榎本のアナウンスを聴くと黒田はマイクに向かって「ご苦労。2台目の実験は3時間後に行う。それまで休ませておけ。」
と言って部屋を出ようとする。
「待ってください。まだ続けるつもりですか?」
小山の問いに黒田は何か?というような顔で睨みつける。
数秒間が開くと黒田は部屋を出た。
「部長。このままでいいんですか?このままだと本当に人権派団体が黙ってないですよ。それどころか黒田さんの考えが凶暴さを増して」
「小山、話がある。俺たちも戻るぞ。」
そういうと影山もゆっくりと部屋を出た。小山が何回か影山を呼ぶもそれを無視した。
戻る途中に影山は小山になぜSaBに入ったのかを聞いた。
「吉田とさほど変わらないですよ。犯罪を減らすために入ったんですけど、思っていたのとはまるっきり違いました。直属の上司が影山さんで良かったですよ。」
その答えに影山は何も返さなかった。しばらくすると影山達のいた部署がやけに騒がしかった。中を覗くと山下と吉田が口論していた。特に山下は頭に血が昇っているかのように顔が真っ赤だった。
「おい、外まで聞こえてるぞ。」
小山が宥めていると山下が小山を突き飛ばし、影山に詰め寄った。
「あなただったんですか?部長が殺したんですか?」
小山が聞こうとすると吉田が「山下の義理のお兄さんがSaBに裁かれたのは知ってるでしょ。その罰を考えたのは影山さんだって言ってるのよ。そんなはずないって言ってるんだけど、」
影山はバツが悪そうな顔して山下の問いに答えなかった。
「だんまりですか?答えられないってことはやっぱりそうなんですか?」
「…そうだ。俺が考え執行した。」
小山と吉田は驚きの顔を隠せず、山下は握っていた拳をより一層強く握りしめた。
「なにが、なにが熊田さんの意思を継ぐだ!結局部長も黒田さん側の人間ってことじゃないか!」
影山の胸ぐらを掴みながら山下は詰め寄った。
「こんな罰を考えるあなたは最早人間じゃない。それなのに更生派の意見を尊重してるんですか?裏で糸でも引いてるんですか?」
何も言い返せない影山に対し、「答えろよ!」と山下は反応を促す。見ていられなくなった小山と吉田が山下から影山を引き離す。
すると影山は静かに口を開いた。
「みんな席についてくれ。」
その言葉に3人は渋々席に戻る。席に戻ったのを確認すると影山は自分の過去を話し始めた。
3年前、煽り運転の現行犯で逮捕された篠山直樹の罰は拘束し、世間の声を延々と聴かせるという恐ろしい罰だった。この罰を考えたのは影山だった。その当時の影山は執行部の一職員で黒田の思想に共感を持った人だった。だから、当時の上司だった熊田の意見は納得が出来ず、内心黒田のことを敬っていた。だが、その2年後、篠山が亡くなったと連絡が入ると影山はショックが隠せなかった。まさか自分の考えた罰によって人が死んでしまうことなど思いもしなかった。そんな影山に声をかけたのが熊田だった。
「黒田の意見を尊重するのは構わない。だがな、それを許してしまうと自分の正義が正しいと勘違いして歯止めが効かなくなる。それは正義じゃなくてただの自己満足だ。押しつけの正義なんて脆くて崩れやすいものだ。」
この熊田の言葉に影山は自分の考えを恥じ改め、熊田の掲げる更生のための罰を尊重する様になったのだ。
「山下、俺を許せないのならそれでも構わない。ただ、熊田さんの理想を叶えるためにこれからも力を貸してほしい。吉田も小山も力を貸してくれ。頼む。」
そういうと影山はゆっくり頭を下げた。許しを乞うとしない影山に山下は何も言えず、部屋を出て行った。
「山下、待って…」
「よせ。しばらく1人にさせてやれ。」
山下を追おうとする小山を止めると影山は吉田に紙を一枚渡した。
「部長、これって…」
「来週提出する予定の前田睦月の執行内容だ。これを見ても俺のことを信じられないか?」
あんな話をした後だが、吉田はゆっくり首を横に振った。
「いいえ。部長が言った力を貸してくれっていうのはこのことなんですね。」
影山が頷くと吉田は笑顔で返した。死んだ命は戻らない。せめてこれからの犯罪者には更生の余地を与える。それが影山なりの贖罪なのだ。
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