犯罪撲滅組織 Social at brave

長津九季

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傲慢

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黒田は笑っていた。嬉しくてしょうがなかった。影山の婚約者が襲われたと聞いた時、ざまぁみろと思った。普段から楯突いているからバチが当たったんだと。あれから影山は仕事に手がつかないと聞いている。仕事を疎かにしていることを理由に辞めさせてやろうか。
「あの、黒田様。いい気分になってる最中に水を刺すようで申し訳ありませんが、人の不幸を笑うのはどうかと。」
 漆山が口を挟むと黒田は漆山に顔を向けた。
「人の道をそれた外道だと、君は言いたいのかね。」
 漆山は顔を伏せ、ゆっくりうなづいた。
「甘いな。そんなことでSaBが務まるか。秘書であろうと役職がなんだろうとSaBの人間は忌み嫌われて仕方がないのだよ。君もいい加減偽善の心は捨てたまえ。そんなんではいくつ命があっても、もたないぞ。」
 その時、部屋のドアが激しくノックされた。
「なんだ。騒々しい。」
 ドアを開けたのは榎本だった。
「失礼します。大変です!松田が亡くなりました。」
「松田?あぁ、車の耐久実験させているやつか。それがどうした?いつもどおり不可抗力でしたで済ませておけ。」
 しかし、榎本はそれをすぐに否定した。
「そうではなくて、さっき裁判所から再審要求が来てたんです。どうやら無実だったみたいなんです。」
「なんだと!すぐに確認させろ!」
 榎本が見せた再審要求書は確かに届いていた。その後、漆山が確認した結果、確かに松田が飲酒運転の現行犯で捕まった。ただその後、松田が罰を受けたことと報じられた時、本当は運転していたはずの男が自首してきたのだ。事情聴取の時は知らぬ存ぜぬでシラを切っていたが、SaBの執行内容を聞いて心を痛めたらしい。当時は車にドライブレコーダーをつけていたらしいが、怖くなってドライブレコーダーを持ち去って逃亡した。
 その結果、車中に残っていた松田の仕業だと間違えてしまったのだ。
「どうするんですか?SaBに命を奪う権限はありません。早く手を打たないと職権濫用罪に当てはまってしまいます。」
 これまでSaBによって命を奪われたことは全て伏せられてきた。もちろん黒田の差し金だ。ただ、そのことがバレてしまった場合、職権濫用罪で懲役2年、もしくは禁錮刑になるが。
「もし、松田の遺族がSaBでの罰を求めた場合、裁判所によりますが、SaBに執行権が移るかと。」
「冗談じゃない。SaBは私が作った組織だぞ。なんでその私がここで裁かれなくていけないのだ。そうなってもSaBで罰は執行しない。」
「しかし、当事者は執行内容を口出しすることはできません。しかも、この間長谷部剛を更迭した映像が流れてしまっています。そのため如何なる罪であろうともSaBは罰を執行させると世間は解釈しています。それなのに執行しませんなんて言ってしまえば、もはやSaBに未来はありません。」
 どうするか模索してた最中に部屋の電話が鳴る。
「はい、こちら施設長室、秘書の漆山です。え?はい、はい、少々お待ちください。黒田様。警視庁の方が任意動向と家宅捜査の令状を持っていらっしゃしました。通しましょうか?」
 これを断れば世間からのバッシングは避けられない。民主の前であんな堂々と宣言しておいてこんな醜態は晒さられない。
「わかった。応じよう。」
 警察の任意動向に応じた黒田。玄関前では大量のマスコミの質問と写真のフラッシュで溢れていた。
「終わりですね。ここも。私たちも。」
 吉田がイスに座り込んで項垂れた。山下がコーヒーを差し出すも受け取ってはくれなかった。
「ここは終わりでも俺たちが終わりではないでしょ。」
「だってここが終わった時に職を失ったなんて知ったらみんなここの人間だなって感づかれちゃうよ。」
「落ち着けって。今俺たちがどうのこうの言ったってどうにもならないだろ。」
 そんな言い合いをよそに影山は上の空だった。あれからあさひが元気なったという連絡は今のところ来ていない。そもそも別れてくれと言われてからまだ返事をしてない。せめて別れるならその前にあさひに会いたい。でもそれも叶わないだろ。
「部長。黙ってないで何か言ってください。」
 小山の声で我に帰った影山はため息を吐きながら手に持っていた書類を片付けた。
「安心しろ。ここは国家公務員と同じ待遇だ。ここが潰れても別の部署に異動になるだけだ。熊田さんがそうだった。居心地が悪いのは変わらないけどな。」
 自嘲するように言うと、デスクの電話が鳴った。
「はい、影山です。え、ええ。わかりました。すぐに向かいます。」
 影山が受話器を置くと全員が影山を見ていることに気づいた。
「なんだ?みんなして。顔に何かついてるか?」
「いや、このタイミングで呼び出しとなると…。」
「察しがいいな山下。お前の読みどおり黒田さんから呼び出しだ。大人しくしてくれればいいものを。」
 影山は施設長室のドアをノックした。
「執行部の影山です。」
「どうぞ。」
 漆山がドアを開け、中へ通してくれた。部屋には黒田の姿は当然無く、榎本と漆山しかいなかった。
「ここへ呼ばれた理由はわかりますか?」
「なんとなくですが、見当はついてます。」
 榎本の問いの内容に影山にはお見通しのようだ。
「なら、隠したり護摩化したりする必要はないですね。」
 榎本はそういうとスーツの内ポケットから封筒を出した。
「黒田さんから警察へ任意同行される前に影山さんに宛てた手紙です。代読しても?」
「どうぞ。」
 影山がOK出すと榎本は手紙を読んだ。
「前略、影山慎へ。これを読んでいるということは榎本の呼び出しに応じてくれたということか。それに関してはひとつ礼を言うとしよう。知っての通り、私は今警察にいる。すぐに戻って来るとは思うが、面倒なことになりそうだ。ところで君の婚約者がレイプされたという話は聞いている。そこで提案なんだが、そのレイプした犯人。SaBに委託された場合、私が執行内容を考えてやろう。君はこの案件には口出しできないし、何より今の君には満足行く執行内容は思いつかないだろう。数年前なら話は別だがね。その代わりと言ってはなんだが、私の代わりに君が警察に出頭してくれ。逮捕では印象が悪くなるが、出頭なら情状酌量の余地はあるだろう。私が戻り次第答えを聞こう。いい返事を期待している。黒田誠也。」
 読み終えた榎本はゆっくりと影山の顔を見ていたが、影山の真っ直ぐな瞳を見てため息を吐いた。
「一応確認しますが、この要求を受けるつもりは…」
「ありません。」
 影山は即答した。
「しかし、影山さん。この要求を飲めばSaBは存続し、それどころかあなたの恋人に罰を与えることができる。悪い話ではないと思いますが。」
「確かにそうですが、今の手紙ではただ自分の保身と行動の正当化の理由にしか聞こえません。それに気づいているはずですよね?今回の件だけではなく、過去に何人も亡くなった方がいることを。監視課からの報告を揉み消していることを。」
 榎本は答えることができなかった。影山の言っていることは事実だからだ。
「責務を果たさない人に、あさひの仇を取らせるつもりはありません。判決次第ではありますが、SaBでの罰の執行の許可が出た場合、速やかに執行させていただきます。」
「黒田さんにもそのように言うおつもりですか?」
「当然です。」
 影山は漆山の方を見るとゆっくり近づいた。
「ひとつ伺いたいことがあるんですが、」
「な、何でしょう?」
「長谷部大臣を更迭させるきっかけになった仕掛けはまだ残ってますか?」
「ありますけど、一体それを、」
 どうするのかと聞こうとした時、その場にいた2人は影山の魂胆がわかった。
 しばらくしてから黒田が警察から戻ってきた。漆山と榎本が出迎えてた。
「おかえりなさいませ。黒田様。」
 いつもなら「様はやめろ。」とツッコミを入れているはずだが、漆山の言葉を無視し、榎本に矢継ぎ早に命令をした。
「すぐに影山を施設長室に呼び出せ。返事を聞く。もちろん伝えてあるんだろうな?」
「もちろんです。それと黒田さんがこちらに着くと連絡が来た時点で既に影山さんには施設長室で待機してもらってます。」
「そうか。話が早くて助かる。」
 黒田が施設長室に入ると座っている影山と目が合った。立とうとした影山を黒田は制した。
「そのままで構わない。返事を聞かせてもらおうか。」
 影山は少し考えると真向かいに座った黒田を見た。
「黒田さん。今から出頭する気はありませんか?」
「冗談じゃない。確かに責任は私にもあるかもしれない。だが、執行部部長である君もただでは済まないことはわかってるだろう。」
「それは重々承知ですが、監視課からの報告は揉み消していることはもはやSaBの人間は気づいています。それはここの長を務めてるあなたの責任ではないですか?」
「やはり君とでは話にならないな。そんなに私の代わりが嫌かね。」
「黒田さん、おっしゃいましたよね。犯罪者は絶対に許さない。それならたとえ職権濫用罪であろうと法の裁きを受けるべきです。」
 話は平行線のままに黒田はイライラし、貧乏ゆすりをしていた。それでも影山は黒田の要求を飲むつもりはない。
「私は私なりに責任を取ります。なので黒田さんもしっかり出頭し、逮捕されるべきです。」
 この影山の一言についに黒田のイライラは頂点に達した。
「いい加減にしろ!お前ごときになぜそんなことを言われなければならない。お前が俺の代わりに警察に行けば丸く治るんだ。お前は俺の言う通りにすればいいんだ。そうなれば悪いようにはしないと言っているだろう。」
「私が求めることはただひとつ。黒田誠也。あなたの職権濫用罪による逮捕と起訴です。」
「この恩知らずが…。私がいなくなればお前の恋人の件は…」
 黒田があさひのことを話そうとする前に影山は黒田を静止した。
「黒田さん。もうこれ以上悪あがきはよしましょう。もう後戻りはできないんです。」
 影山はそういうとタブレットを出した。画面を見せると黒田と影山のやり取りは一部始終録画と生配信されていた。しかも上手いことに影山はいっさい映らないように配慮もされていた。黒田がタブレットを手にすると画面は黒田の蒼白になった顔がアップで映った。その画面の下のコメント欄にはたくさんの誹謗中傷が書き込まれていた。
「黒田さん。あなたが長谷部大臣にやったことをあなたにも味わっていただきました。この配信がある限り、あなたがここでやった不正も全て白日の元に晒しました。もうどんな言い逃れも効果ありません。失礼します。」
 影山はそう言うとさっさと部屋を出た。黒田は影山が部屋を出ることに気づかないのか、それどころではないのか、膝から崩れ落ちてしまった。
 部屋を出ると漆山と榎本が待ち構えていた。
「ご協力感謝します。」
「見てるこっちはヒヤヒヤしましたよ。よくこんな賭けをしたなと。」
「黒田様が万が一あなたの名前を出せばあなたがSaBの人間であることが世間に知られてしまいます。まぁ運良く出なかったんですけど。」
 すると影山は首を横に振った。
「いいえ。俺は今日をきっかけに自分がSaBの人間であることはバレても構わないと思いました。」
 漆山と榎本は驚く顔をしたが、影山は気にせず話す。
「明日、緊急会見を開きます。黒田さんの処遇と今後のSaBについて。会見には俺が出ます。これが執行部部長としての責任の取り方だと俺は思うので。」
 そう言うと影山は2人に頭を下げ、足早に去って行った。
 そのまま影山はあさひのいる病院に向かった。受付であさひの面会を求めた。断られると思ったが、なんとあさひ自身から来たら通して欲しいという要望があった。
 慎が病室をノックするとか細い声で返事が聞こえた。
「はい。」
「あさひ、俺。慎だけど。」
「……いいよ。入っても。」
 慎がゆっくりドアを開けるとベットに座ったまま窓の景色を見ているあさひがいた。
「あさひ…」
 慎が近づこうとするとあさひは両手で自分の両肩を摩った。
「ごめん。まだ無理みたいだからそこの椅子より近くに来ないで。」
 あさひは震えながら畳まれたパイプ椅子を指差した。
「わかったよ。」
 慎は返事をするとパイプ椅子を広げ、なるべくあさひとの距離を取るようにして座った。
 しばらくの沈黙の後、打ち消すようにあさひが口を開いた。
「ごめんね。いろいろと。」
「あさひは悪くない。悪いのはお前を手にかけた新居だ。」
 するとあさひは少し笑いながら首を横に振った。
「それだけじゃないよ。慎が来てくれたのに大声で怯えたり、多分お父さんから別れてくれって言われたんでしょ。」
 あさひは全てお見通しだったみたいだ。そう思った影山はあさひに単刀直入に聞いてみた。
「あさひはどうしたい?俺との関係。」
 影山の問いかけにあさひは俯いてしまった。
「別れたくない。でも…」
「でも?」
「続けられる自信がない。今でも時々思い出して震えて涙が止まらないの。慎に会いたいのに体が怖がってるの。誰よりも1番に会いたい。話したい。抱きしめて欲しいのに、それを体が拒否してるの。こんなに慎を求めているのに。」
 あさひは慎を見ながら自分の思いを訴えた。目から大量の涙が溢れていた。こんなに弱気なあさひは初めて見た。
「あさひ…。」
 弱気なあさひを見て慎はひとつ決心をした。
「あさひ、今から俺と賭けをしないか?」
「賭け?」
「うん。あさひがトラウマを克服できるかどうか。俺との関係を続けられるかどうか。俺は続けられると思ってる。でも今のままじゃそれは無理だ。それとあさひにはトラウマというハンデがある。だから俺は今からあさひにも話してないことがある。あさひは克服した後も続けられるかどうか話を聞いた後、判断してほしい。」
 するとドアをノックする音が聞こえた。あさひが返事をするとドアが開いた。そこにはあさひの両親がいた。病室に慎がいることにビックリしていた。
「慎君。なんで君がここに?」
「私が通したの。慎と話がしたいから。それで慎、話って。」
「慎君。それってもしかして。」
「ちょうどよかった。お二人にも聞いてもらいたいことがあるんです。実は…」
 そう言うと慎は内ポケットから自分の名刺をあさひと両親に渡した。
 あさひと両親は名刺を受け取ると言葉を失った。
「俺は犯罪撲滅組織。Social at braveの執行部部長を担当しています。」
 影山は自分の正体を明かした。そして…。
「都築あさひさん。あなたを襲った新居義則への罰の執行人をさせていただきます。」
 あさひは驚いたが慎の顔は真剣そのものだった。
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