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決着

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「判決を言い渡す。新居義則。SaBへの執行委託とする。」
 影山があさひに自らの正体を明かしてから一年がたった。昌孝はあの時、別れるかどうかの返事かと思った。しかし、慎が出した賭けは自分がSaBの人間であること。そして新居義則への罰の執行人を慎が担当すること。この事実を突きつけてもまだ関係を続けられると思うかどうかだ。慎は続けられると思っている。あとはあさひの返答次第だ。
「ご存じの通り、新居はSaBで罰を執行することになりました。」
「ああ、裁判所にいたから知ってるよ。」
「それでは今から簡単に説明させていただきます。まず、SaBに死刑、殺す権限はありません。あくまで死なない程度の罰を与える。これが絶対条件です。」
「しかし、SaBの罰によって亡くなった人がいることがわかった。それなのによく業務停止にならなかったな。」
「最高責任者の黒田が出頭。そして万が一罰によって亡くなった場合、裁判所に報告することを条件として許してもらえました。」
「そうか。君もいろいろと大変だな、慎君。」
 昌孝は慎と新居への罰を考えるためSaBに来ていた。慎の宣言通り新居への罰の執行人は影山慎が担当することになった。
「要望を全て叶えることはできません。ですが、なるべく通すことはできるかと思います。」
「それは構わないが君は大丈夫なのか。君とあさひの関係はもう知られている。それなのに君が担当してしまっては君も黒田の二の舞になってしまうのでは。」
「ええ。なので賭けは俺の負けです。役人会議で担当者をやらして欲しいと発言しましたが、あさひと別れなければ執行できないと満場一致の反対をいただいたので。」
 慎の言う通り担当者をするためには関係者ではないと言う証が必要だった。そのため慎はあさひから身を引き、代わりに罰の執行人をするという選択肢を選んだのだ。
「なんだが、申し訳ないことをしたようだ。」
「お言葉ですが、こうなることはお義父さんもお望みなのでは。」
 慎が自嘲したようにいうと昌孝はゆっくり頷いた。
「まぁこれも娘の心配をする親の気持ちだと思ってくれ。それにしても1年前の君のスピーチには驚いた。まさか君がSaBの最高責任者になるとは。」
「黒田の件があってから誰もやりたがらないので立候補させていただきました。それも今日までですがね。」
 実は1年前の緊急記者会見で影山は黒田の更迭をし、後任に自分がなることを正式に発表した。
 遡ること1年前。影山はたくさんの記者が集まる場に現れた。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。本来なら最高責任者である黒田の謝罪会見を行う予定でしたが、ご存じの通り黒田は職権濫用罪の罪で逮捕、取り調べを受けて現在拘留中でございます。そこで今回の謝罪会見は私、Social at brave執行部所属の影山が代理で行いたいと思います。まずは、この度SaBによる横暴な罰によって亡くなられた全ての方、またそのご遺族の方に深くお詫びを申し上げます。申し訳ありませんでした。」
 影山は深く頭を下げた。その瞬間カメラのフラッシュが瞬いた。
「そして今後のSaBですが、黒田の解任そして今後行われる罰による進捗報告を嘘偽りなく行うことを裁判所と約束することで再び業務を行うことが許されました。そしてSaBは今後、罪を犯したものへ痛みではなく、更生による罰を与えていこうと考えています。犯罪者が罪を犯したことを後悔させるのではなく、一から人間としてやり直すことができることを証明する。これがこれからSaBのあるべき姿と考えています。」
 すると1人の記者から質問が上がった。
「ただ、そうなると反省の意を込めた犯罪者はいなくなるのではないでしょうか?」
「もちろん。必ずしも更生による罰を考える訳ではありません。時と状況に応じては心を鬼にしても反省させるための罰が必要かもしれません。しかし、どんな罰を与えようと必ず命を奪えるような罰は行いません。それは国民の皆様にお約束いたします。」
 また1人質問するために挙式をした記者がいた。
「先ほど最高責任者の黒田を解任するとおっしゃいましたが、解任で終わりですか?」
「いえ、黒田はおそらく職権濫用罪で起訴される予定です。その裁判の結果次第です。もしSaBによる委託を受けた場合は責任を持って黒田にふさわしい罰を与えるつもりです。」
 記者達がどよめいた。
「もし委託された場合はどんな罰を与えるんでしょうか?」
「遺族に対してなんらかの謝罪は行わせないのですか?」
 矢継ぎ早にたくさんの質問が来たが影山はこれに全て真摯に答えた。そのため当初予定していた1時間を大幅にオーバーし、3時間を超える会見になった。
 そして影山はあさひの執行官を務める代わりに茨城にあるSaBの執行場の管理者という事実上の降格処分が降ったのだ。
「お義父さん。いえ、都築昌孝さん。私がここで行う最後の罰です。最後まで真っ当させていただきます。」
「慎君。君の思うようにやってくれ。どんな結果になろうと私や家族は誰も恨まないよ。」
「ありがとうございます。」
 影山はそういうと昌孝を送るために玄関まで案内した。そこで昌孝を出迎えたのは妻の善子とあさひだった。
「慎…。」
「あさひ…。」
 昌孝と善子は空気を読んだのかその場から離れた。
 あさひは慎に近づくと慎の頬をビンタした。
「なんで?なんで別れる方を選んだの。慎言ってたよね。続けられるって。満場一致で反対されたから何?そんなの無視すればいいじゃない。それとも傷ついた私と一緒にいたくないの?」
 慎は激怒するあさひに対して静かに答えた。
「違う。そうじゃない。本当は俺もあさひと一緒にいたい。」
「だったら…」
「だからこそ、あいつに罰を与えたいんだ。あさひを傷つけた奴を俺は一生許すことはできない。でもそのためには俺は信念を曲げないといけない。そうなれば俺は世間から嫌われる人手なしだ。あさひまで同じ人手なし呼ばわりされるのは嫌だ。別れることで俺と同じ攻撃をあさひは浴びなくて済む。すまないが許してくれ。」
 慎は逃げるように中へ戻ろうとした。そこに山下と吉田と小山が立ち塞がった。
「お前たち…」
「影山さん。何逃げてるんですか?」
 山下の問いに影山は目を逸らした。
「途中で投げなすなんて影山さんらしくありませんよ。」
 吉田は影山の顔を覗き込むように言った。
「執行するためには別れてもらいますが、一緒にいてはいけないなんて誰も言ってないですよ。」
「え?」
 小山の言葉に影山は疑問を持った。その答えを山下が読み上げた原稿に書いてあった。
「影山慎さん。来月1日から茨城執行場の管理者としての異動を命じる。そしてその時から新居義則への罰を執行するための条件を解除する。犯罪撲滅組織Social at brave役員一同より。」
 影山は山下から原稿を奪い取るとそこには確かに記されていた。
「ってことはもしかして。」
「もしかしてじゃないですよ。」
「そこに記されている通りです。」
「幸せになってくださいね。」
 山下達はそれぞれ軽口を叩くと中へ戻っていった。
「賭けは大逆転勝利なんじゃない。慎の、いや、私達の。」
 あさひの顔には笑顔が戻っていた。
「こんな俺でも一緒にいてくれるのか?」
「もちろん。っていうか慎に送られる炎上なんて私の比べたらどうってことないから。」
 トラウマを口にしてもあさひに怯える様子どころかそれを乗り越えた力を感じ取れる。
「やっぱり、あさひは強いな。」
 慎はあさひを強く抱きしめた。あの日からできなかったこと。取り戻したいことを一生かけて取り戻したい。慎は心からそう思った。
 その様子を榎本と漆山は微笑ましく見ていた。
「いいんですか?榎本さん。影山さんのこと。役員全員説得させて無理矢理了承させてたりなんかして。」
「いいんだよ。あの人は一度何もかも捨てようとした。なのに残ったものがないなんて悲しすぎるだろ。」
 漆山は時計を見ると榎本に予定を知らせた。
「もうこんな時間。引き継ぎ終わったらすぐに立て続けに会議ですからね。次期最高責任者の榎本様。」
「様はやめてくれ。」
 影山の後釜は榎本が就任することは影山の件を了承させた会議で同時に決まった。茨城異動まであと1カ月と少し。決着をつける時が着々と進んでいた。
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