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しおりを挟む「どうかお助け下さい、執事長…!」
夜、静まった廊下にメイドの縋る様な声が響く。
その声にメイドの腕を掴んで引いて歩いていたロバンの足がピタリ、と止まった。
「君は確かテレサと言ったね」
テレサと呼ばれたメイドは、名前を呼ばれて何度もうなずく。
「君には以前、メイドがお仕えする方について無闇に口にしてはいけないと注意をしたはずだ。それなのに今度は仕事をサボって、あまつさえお仕えする方の私物に手を出すなんて……」
「それは、」
自身に下された処分をどうにかしようと口を開く姿に、ロバンは額に手をあてる。
ロバンの様子をどう受け取ったのか、メイドは早口で話し始める。
一通り聞いたロバンは、どうしたものかと今度は目頭を摘んだ。
メイドの言い分としては、あのような行為をしているのは決して自分だけではない。もう二度としないからどうかチャンスをくれないか。大まかにはそういった内容だった。
ロバンを見るメイドの瞳には、絶望と、そして僅かではあるが、期待が映っている。まさかそんな、と。
二度目のチャンスは、既に与えていたというのに。
手元にある肌触りの良いドレスがやけに重たく感じ始めたのは、気のせいではない。
「…荷物をまとめなさい。今日は遅いから明日の明朝まで猶予をあげましょう。これは最大限の慈悲です。さぁ、早く行きなさい」
一通り言い終えると巡回していた兵士を呼び「この娘を明朝まで監視しておきなさい。決して旦那様の視界に入れないように。明朝になった領地外まで引率すること」と命ずる。兵士が拘束してメイドを連れていこうとすると、メイドは抵抗しながら涙を流して訴える。
「そんな、そんな!私は前領主様の頃からッ、もう五年もこの城で働いているのにあんまりじゃありませんか!せめて紹介状を、どうか、お願いします…!」
メイドはすがり付くようにロバンの背広を掴むが、ロバンはサッと振り払って首を振る。
「月日はただの月日でしかありません。その月日で君が築いたのはメイドとしての器量ではなく、思い上がった恥知らずの自尊心だけです。次、もしどこかでメイドとして働く事があれば覚えておきなさい。不誠実は自分に返ってくるものです。私が言えることはそれぐらいです。旦那様を甘く見てはいけません。命が惜しければ、早くここを去った方が君の為だ」
ロバンの忠告を聞いても尚、受け入れがたいと涙を流し、兵士に引きずられていくメイド。
君の為。それはロバンの本心だった。メイドには伝わってはいなかったようで、残念だが。
このメイドは、というよりも城の人間は、オルテガの怖さを知らなさすぎる。
いくつもの戦場を生き抜いてきたオルテガ・ルファンフォーレという人間は、一度見放した人間に何度もチャンスを与えるような人間ではない。
そんな高尚な思想を持ってはいない。
オルテガは前領主や他の貴族に比べて、使用人を含め、身分の低い者にも寛容な所がある。
だからか戦場でのオルテガを知らない城の者達はオルテガの事を、不愛想だが気取らず実は心優しい領主だと、そう勘違いしている節がある。
だからあのメイドも、泣いてすがればもしかしたら許されるかもしれない、などという愚かな期待がちらついたのだ。
しかし、オルテガと過ごしていて、それらは単にオルテガ自身がこの城や領地、そして自分自身にもさして興味が無いからではないか、とロバンは気が付いた。
ラニエラが嫁いできても、オルテガのそれらへの無関心は変わらなかったが、ひとつ、大きく変わったのはラニエラについてだった。
領主であるオルテガは、妻であるラニエラを異様なほど尊重している。
結婚式の後、遠征に向かうオルテガはロバンに「妻が気が進まない事はさせないように。後は任せる」と言って領地を出発した。
遠征先ではラニエラへの贈り物を自ら選んで贈り、共に送られてくる手紙の冒頭は毎回ラニエラの様子に変わりないかを尋ねる文面。
城に帰ってきてからは、夜になると部屋を出て城内を歩き回っていると知ると、夜の散歩が少しでも楽しくなるようにと庭に鮮やかな色の花を植えさせ、怪我をしないように道を整備し、人と会わないで済むようにと人避けを命じた。
ラニエラには分からないようにしっかり見張りもつけて。
今回については、こんな強い雨の中、ラニエラがわざわざ外に出るなど想定しておらず、見つけるのが遅くなってしまったのだが。
不器用ながらもラニエラにそれほどまでに気を遣っているオルテガが、一介のメイド風情がラニエラを蔑ろにしているところを目撃して、黙って見逃すような人間ではないはずだとロバンは考えている。
あれは慈悲などではない。
ロバンを呼ぶ、不気味なほど平坦な声。
その中には確かに燃えたぎる様な怒りがあって、単にその怒りがラニエラの眠りの妨げになる事を嫌った結果、見逃すに至った。
ただそれだけ。
ロバンはそう予想する。
以前にラニエラがテラスから落ちた時、ロバンを責める言葉で起きてしまったラニエラの顔が強張っていたことを、オルテガは思い出したのかもしれない。
なにはともあれ「次は無い」という言葉通り、もうミスは許されない。
「次」を防ぐために、一体どれだけの人間をこの城から送り出す事になるのだろうと考えただけで頭が痛くなる。
ロバンは明日を憂いながらため息を零して、静かになった廊下をとぼとぼと歩いていく。
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