ニュクスの眠りに野花を添えて

獅子座文庫

文字の大きさ
22 / 23

21

しおりを挟む





夕陽が出てきた頃、ラニエラの元へと戻ってきたルルフは見るからに落ち込んでいる。
少し涙ぐみながら「大変申し訳ございません」と頭を垂らすルルフに、ラニエラは元はと言えば自分の注意不足なのだからと肩を数回、優しく叩いて慰める。
ルルフはラニエラの部屋で這いつくばって指輪を探していた様子を見るに、きっと外でも見逃すまいとあちこち探してくれたに違いない。
それでも見つからなかったという事は、あそこには指輪は無いのかもしれない。
ならば一体どこに落としたのか。
なんというか、あんなに小さいものを、こんなに広い城の中で、探し出せるものだろうか。
そんな不安がラニエラのあたまを過った。
見ない振りしていた現実に、血の気が引いて身体が冷たくなっていくのが分かって、今はまず目の前の事を考えよう、とラニエラは無理矢理指輪の事を思考から外した。
そうすると頭に浮かんでくるのは、もうすぐ帰ってくるはずのオルテガの事だ。
実のところ、ルルフを送り出してからずっと考えていた事がある。
どうしたものか、と思いながらオルテガから贈られた花を見ているとコンコン、と扉をノックする音が。
ルルフは此処にいるのできっと扉の先にいるのはロバンだろう。
ラニエラが目配せをすると、ルルフが「はい」と扉を開ける。
やって来たのは想像通りロバンだ。
さり気なく手を重ねて指輪をしていない指を隠したラニエラ。
ロバンは気が付いていない様で、ラニエラは静かに胸をなで下ろした。きっとルルフも同じ気持ちだろう。
「もうすぐ旦那様が領地へ入られると連絡がきました」
言いにくそうなロバンに、その先に続く言葉は容易に想像できた。
「お出迎えはいかがいたしましょうか。勿論、旦那様より奥様の気持ちを優先するようにと仰せつかっております故――…」
そして続く言葉は想像通り。
ほら、いつも通りの言葉だ。
ラニエラに、妻に、なにも期待していない、そんな言葉。
いつもならそう思って終わりだった。
しかし、今日は少し違って聞こえた。
ラニエラはロバンに向けて手をかざし、ロバンの言葉を遮る。
ロバンが黙った事を確認したラニエラは、待ってくださいとロバンを引き留め、どこかへと歩き出す。
そして戻ってきたラニエラの手には真珠のネックレスが。
オルテガからの贈り物だ。
ロバンはラニエラの意図が分からない様子で、それでも読み解こうとラニエラの一挙一動を見守っている。
これでは伝わらないか、と肩を落としたラニエラだったが諦めずにネックレスを持ってドレッサーの前に腰掛けると、ロバンの横で一緒にラニエラの意図を読み解いていたルルフが「あッ!」と声をあげる。
「もしかして旦那様のお出迎えに……?」
ラニエラは神妙な顔でゆっくりうなずいた。
昼間、ルルフを見送ってから考えていた。
なにか花束のお礼をしたいな、と。
あれがオルテガの気まぐれでも。
それでも、あの花を贈られた時のラニエラの喜びは本物だったから。
嬉しかったと、伝えたかった。
伝えるのは今のラニエラには難しいので行動で示すのはどうだろうか。
それで考え付いたのが、これだった。
今の今までろくに出迎えた事も無かったのにいきなり出迎えて驚くだろうかという不安もあり、そして自分の心境の変化を行動で示すのが気恥ずかしくもあり、ラニエラはどんな顔をしていいのかわからず硬い表情になってしまったのだが。
ラニエラの表情から無理をしているのではないかと何度もロバンから確認があったが、ラニエラはその度に首を横に振って否定した。
終いには「しつこいですよ」とルルフが味方をしてくれた事もあり、なんとかロバンも納得したようだ。
しかし、ラニエラの選択にルルフとロバンが戸惑いの表情から段々と嬉しそうな表情へと変わっていくのを見て、なんとなく気分が良くなった。
特にロバンは、ラニエラの所為で色々と苦労を掛けているに違いないだろうから。
ラニエラがそんな事を考えている間にも「きっと旦那様も喜ばれますね!」と手際よくラニエラの身支度を始めるルルフ。
昼間の時にも感じたが、どうやらルルフはラニエラとの相性が良いらしい。
そう思ったのはロバンも一緒のようで、感心した様に物言わぬラニエラの意図を読み取ったルルフを見ていた。
そうこうして決まった出迎え。
ラニエラにとってはこの城に嫁いできて初めての出迎えだった。
ルルフの手を借りて身支度をしながらラニエラは果たして急に人前に出てオルテガをうまく出迎えられるのかという恐怖と、オルテガは出迎えにやって来たラニエラを見つけた時にどんな表情になるだろうか、というほんの少しの期待で落ち着かなかった。
誰にも強要されず自分で決めた事なのに、身支度が終わりに近づくにつれラニエラの気持ちは重たくなっていく。
その度にラニエラは胸元に手を当てて、気持ちを落ち着かせる。
ルルフからは心配そうな視線が向けられるが、それでも「やはりやめましょうか」とは言わず、「綺麗ですよ、奥様」と鏡越しにラニエラを勇気づけた。
そうして、身支度が終わったとほぼ同じタイミングでロバンがやって来た。
「奥様、参りましょうか」
ロバンの合図に、ラニエラはゆっくりうなずいた。
ラニエラの足を心配し差し出された手を大人しく借りて歩きながら、いよいよ逃げられなくなった事を悟って、一気に沸いてくる緊張と不安。
このラニエラにとっての安全地帯だった部屋から出るのが怖くなって、ラニエラは名残惜しく振り返る。
無意識に行き着いた視線の先、窓際で夕陽を浴びて、また違う美しさでラニエラの視線を惹く白い花。
その姿は相も変わらず、綺麗だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

二年後、可愛かった彼の変貌に興ざめ(偽者でしょう?)

岬 空弥
恋愛
二歳年下のユーレットに人目惚れした侯爵家の一人娘エリシア。自分の気持ちを素直に伝えてくる彼女に戸惑いながらも、次第に彼女に好意を持つようになって行くユーレット。しかし大人になりきれない不器用な彼の言動は周りに誤解を与えるようなものばかりだった。ある日、そんなユーレットの態度を誤解した幼馴染のリーシャによって二人の関係は壊されてしまう。 エリシアの卒業式の日、意を決したユーレットは言った。「俺が卒業したら絶対迎えに行く。だから待っていてほしい」 二年の時は、彼らを成長させたはずなのだが・・・。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話

はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。 父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。 成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。 しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。 それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。 (……なぜ、分かったの) 格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。

婚約破棄は、まだですか?

緋田鞠
恋愛
【完結】武勇に名高いラングリード男爵家の紅一点エディスは、父達の背中を追って、魔獣討伐する為の鍛錬に明け暮れていた。その結果、貴族令嬢としては規格外の成長を遂げる。男しか従事出来ない魔獣討伐に携わり、民を守る事を誇りに思う一方で、周囲に令嬢と認められず、見合いは全戦全敗。二十八になり、いっその事、実家を出て一人暮らししたいと願うエディスに、父が婚約を持ち込んだ。一時的な虫除けで、相手の事情さえ解消されれば破棄されるものと考えたエディスは、傷物令嬢となって家を出る為に、婚約破棄される時期を心待ちにする――。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

処理中です...