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しおりを挟む果たして夫を出迎えるのにこんなにも着飾る必要があっただろうか、とラニエラはこちらを気遣いながら先導するロバンの背中を見ながら足を動かした。
ルルフの手腕は見事なものだった。
ラニエラが選んだ真珠のネックレスを際立たせるグリーンのドレス、そしてすかさずそれに見合う手袋を用意し、化粧とヘアセット、すべてをひとりでこなした。
しかし慣れない貴婦人の準備に少し手間取ってしまっていたため、ラニエラが城門についた頃には既にオルテガ一行は到着してしまっていた。
人込みの中でオルテガの姿を見つけたものの、帰城後の慌ただしい雰囲気に気圧されて足が止まったラニエラ。
そんなラニエラに一番最初に気が付いたのは、馬を馬小屋へと連れていこうとしていた一人の若い兵士だった。
見慣れない貴婦人の姿に驚いたのか馬の手綱を離してしまい、拾おうともせず呆然とラニエラの方を見ているものだから周囲の兵士達もつられてラニエラの方を向いた。
その視界にラニエラ、というよりも伯爵夫人を捉えた瞬間、皆が一様に「信じられないものを見た」という表情に変わっていく。
それもそのはず。
結婚直後から部屋に籠り続け、一年にも及ぶ遠征から帰還した際にも出迎えることなく、顔を見せることすらしなかったラニエラがこうして目の前にいるのだから。
ラニエラもその事を予想してはいたが、自身へ向けられる視線の数に、身体が強張る。
「何事だ」
そんな兵士達の異常に気が付いたのか、一人の男が出てきた。
他の兵士達とは違う服装に、オルテガ直属の騎士なのだろうと察しがついた。
赤い髪の騎士は兵士達の注目の先がラニエラだと気が付いて驚いた様子を見せたものの、兵士が落とした手綱を「危ねぇだろ」と拾った。
そして微動だにしないラニエラをちらりと見て、「あぁ、伯爵様ならあっちに―…伯爵様!お出迎えですよ!」と大声でオルテガを呼ぶ。
思わず後ろに控えていたロバンやルルフを振り返るが、二人とも期待の載った視線をラニエラに向けるばかりで助けてはくれないらしい。
ぎこちなく正面を向けば名前を呼ばれたオルテガが、こちらもラニエラの姿を見つけては、信じられないものを見た、という表情をしている。
どこにも逃げ場はないと悟ってもなお、腹を括れず、この場から逃げたい。
思わず全員の視線を断ち切るようにラニエラが俯くと、ものの数秒もしない間に俯いた先の視界が急に陰に覆われる。
「あんた、伯爵様を出迎えに来たんだろ。自分で来ておいてそれは無いんじゃないか」
無骨な足元が、ラニエラが思っていた事を言葉にして振り下ろす。
後ろで聞いていたロバンが「クロード卿!」と諫めようと口を開くが、それでもクロード卿と呼ばれた男は続ける。
「なんだよ、だってそうだろ。俺達は日々命を懸けて働いているのに、この人は部屋に引き籠もっているだけで俺達に労いの言葉ひとつも無いんだぜ」
自分に突き刺さる言葉で、息が苦しい。
しかしそのすべてが自業自得だから仕方がない。
なにか言わないと。
なにか。
でも、なにを?
口を震わせても、なにも出てこないのに。
胸元を抑えながら、せめて顔をあげて意見は受け取ったと示そうと決めた時だった。
視界が重なった陰で、一層暗くなった。
「クロード、そこをどけ」
次いで降ってきたのはオルテガの声。
思わず顔をあげると、広い背中があった。
「悪いが、妻の労いは俺だけのものだ。代わりと言ってはなんだが、お前達には俺が労いの言葉をやろう。ご苦労、よくやった」
そう言って、クロードや兵士達からラニエラを隠したオルテガの言葉に、クロードや他の兵士達の間に緊張が走る。
「満足か」
その問いかけの答えは是、一択だった。
主人の地雷を踏んだと気づいたクロードが口を噤んだ事で、ラニエラに不躾な視線を向ける者はいなくなる。
それだけの威圧感がオルテガにはあった。
以前のラニエラだったら同じ空間にいる事すら怖くて仕方なかったのに、今は不思議と恐怖をそこまで感じない。
助けてもらった立場だからそうなのか、自分の心情の変化のおかげなのかは分からないが、悪くない変化だ。
まぁ、全くないという訳でもなく、今だって横からラニエラを見下ろすオルテガの視線から逃れたくて仕方が無い。
「…俺を出迎えに?」
静寂を割ったのはオルテガだった。
先程とは違い威圧感はない。
半信半疑といった様子のオルテガに、何度も頷くラニエラ。
しかし、それでも突然出迎えに現れたラニエラが信じがたいらしく、「もしかして、誰かに何か言われましたか」と真意を探るようにラニエラの顔をうかがっている。
ラニエラは首を横に振ると、オルテガは「そうですか」と今度は何かを考えるように片手で口元を覆って難しい表情を浮かべている。
「俺は妻を部屋まで送ってくる。クロード、あとはお前に任せた」
「なッ…!」
「無駄口を叩けるほど体力も気力もあり余っている様だから丁度いいだろう」
オルテガの命令にわなわなと口を震わせるクロードに、大丈夫かとオルテガを見上げると直ぐに気が付いたオルテガは「問題ありません」とラニエラを見る。
「口は悪いですが優秀な部下ですので」
その後ろではクロードが「伯爵様!」と引き留める声がするがオルテガは足を止めようとはしない。
「くそッ、俺は書類仕事は嫌いなんだよ…!」
地団駄を踏むクロードに周りの兵士達が次々と労いの言葉を掛けていくのを尻目に、ラニエラはオルテガに連れられてその場を後にする。
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