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一夜の波紋
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しおりを挟む顔を覆うキャップに違和感を覚えたのか、葉山さんはそれをつかもうとした。
ただ、つかもうとする手には花束が握られてるから、つかめない。
すぐ横の俺の視界は花束でいっぱいになる。
「ダメだ、帽子脱ぐな。花、邪魔!」
身体を揺らして抗議すると、手を降ろした。
少しするとキャップをつかもうとして…ってのを三回繰り返したら車にたどり着いた。
車の中では爆睡して、家のリビングに運び込まれた頃には少し覚醒してた。
一方的な話が出来るだけで、へべれけの酔っ払いであることには変わりないけど。
リビングで待ってた親父を見つけると、俺の背中から降りて
「専務、お疲れ様です!」
ピシッと敬礼した…
「ハハッ、楽しかった?」
酔っ払いキャラに笑いを堪らえきれない親父の隣に、葉山さんはフラフラと腰掛けた。
背中の軽くなった俺は、出入り口の壁に寄りかかると、二人のやり取りを眺めた。
「専務…お話があります」
しおらしくそう言って、葉山さんはソファに両手を揃えてついた。
「うん、何?」
「杉崎課長は本気で無能と言った訳ではありません。
部下を思って口をついて出てしまった言葉です。
どうか、どうか、お許しをっ」
深々とお辞儀して、揃えた両手の上に額をつけた。
「分かってるよ。良い部下だ、杉崎君は。
だから顔を上げなさい」
杉崎課長ね…
俺は好きじゃない。
葉山さんはお許しを頂いたのに、いつまでも頭を上げなかった。
なぜなら、眠ったから。
「ハハハ、まったく面白いコだね」
あなたの嫁ですし…
親父は身体の向きを変えると、腕を伸ばした。
そのまま眠った葉山さんを抱え上げた。
俺もいつだかにやった、いわゆるお姫様抱っこ。
少し驚いた。
そんなに力があるとは思ってなかったし、こんな光景を目の当たりにするとは想像もしてなかった。
「酔ってるのに平気?」
「酔ってるから、運ぶんだろう」
「いやいや、親父が酔ってるからって意味」
「あぁ、」
出入り口をふさいでた俺は、脇によけて進路を譲った。
「酔いは覚めたけど、明日は筋肉痛かもな」
背中越しにそう言った。
…筋肉痛は2、3日後だ、若くないんだから。
そう思ったけど、口には出さなかった。
***
次の日、土曜は朝から深夜までのロケで葉山さんと顔を合わせなかった。
日曜日になって少しだけ会話した。
俺の迎えの記憶は飛んでるみたいで、
「よく覚えてないけど、ご迷惑おかけました」って、謝られた。
俺が望んでやったことだから謝ってもらう必要はなかった。
「お酒はとおぶん、飲みません」
続けてそうも言ったから、それは懸命だと心の中で頷いた。
特に外で飲むのはやめた方がいい。
そんなやりとりもすっかり記憶の隅に追いやられてた。
ドラマは番宣も終わって放送が開始された。
俺は気にしないけど、視聴率が公表されると一気に現場の空気がピリピリし始めた。
撮影は押し気味で、何度か朝から深夜まで拘束される日もあった。
今日はスタジオで収録。
合間に前室でコーヒーを飲みながら成実と何でもない話をしてた。
そこにマネージャーが近寄ってきた。
俺と成実は同じ 『N´』(エヌ ダッシュ)という名の事務所に所属してる。
N´ はタレントの他にモデルも抱える事務所だ。
俺も成実も俳優デビュー前はモデルとして所属してた。
上から見るとドーナツのように中心を開けて、ちょうど円形になるソファ。
そこに成実と横並びで座ってた。
マネージャーは俺の隣に座ったから、どうやら俺に話があるらしい。
本来、俺と成実のマネージャーは別人。
でも今日は事務所のタレント二人の現場が一緒だから、俺のマネージャーが兼任でつくことになった。
日によっては、成実のマネージャーがつくこともあった。
前後のスケジュールによっては、二人マネージャーが揃うこともあったし、その辺は流動的だった。
「女史が怒ってる」
涌井が社用携帯を指差して俺に見せた。
女史とは、タレントとマネージャーの動向を統括・管理してるエリアマネージャー、佐藤さんの愛称。
エリアマネージャーはタレント部とモデル部にそれぞれいるけど、タレント部の佐藤女史にその垣根はない。
モデルだろうとマネージャーだろうと、目について気になれば説教する。
今、隣に座った俺のマネジャーは涌井(わくい)。
俺より3つ年上の肩書きはチーフマネージャー。
男の俺が言うのもなんだけど、なかなかのイケメンだ。
それもそのはずで、元はうちの事務所のモデルだった。
「なんでモデルやらないの?」
元モデルと知らなかった俺は、そう聞いたことがあった。
スカウトされてなんとなくその道に進んだけど、そのうち興味が出たのは芸能事務所の内々の業務そのものだった、そうだ。
「圭、一緒に独立しない?」
たまにそんな恐ろしい冗談を言う、異色の経歴の持ち主だ。
涌井の携帯の通話はもう既に切れてる。
今まさに切ったばかりで伝えに来たことを、指差しで示したかったんだろう。
「女史、なんだって?」
「仕事終わったら、事務所に寄れだって」
「最悪」
今日は予定では夕方早めに撮影が終了するはずだった。
その後はオフだったのに。
女史が怒ってるってことは、グッドニュースじゃなくて、説教コースに違いない。
「涌井、俺なんかした?」
「俺に聞くな。自分の胸に聞けよ」
「私も行こうかな」
隣で聞いてた成実が口を挟んできた。
「来なくていい」
「あら、そうですか」
その時ADが呼びに来て、収録は再開された。
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