コガレル

タダノオーコ

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一夜の波紋

3

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結局収録は押して、終わったのは日が暮れてからだった。
車を出すと、事務所に向かった。

成実は早くに出番の収録が終わったから、涌井と先に帰って行った。
涌井は
「事務所に必ず寄れよ、俺は伝えたからな。」
偉そうに言い残してった。


十数分運転して、車を事務所前の路上パーキングに停めた。
事務所は四階建てのビルで、一階は受付のみ。
女史のデスクは二階にある。

受付は顔パスで通過して、エレベーターに乗った。

二階で降りると事務方はおおかた退社したみたいで、フロアには人影がちらほら見えるのみだった。

もちろん女史もまだ残ってて、PCにへばりついてた。
女史のデスク横には簡単な応接テーブルとイスが置いてある。

女史は俺が腰掛けるのをチラッと見届けただけで、PCの作業を一段落するまで続けるつもりらしい。

だからスマホをいじろうと思ったのに、テーブルに同じ週刊誌が数冊重ねてあるのが気になった。
一冊を手にして表紙を見たら、俺の名前がデカデカと載ってた。


「なんだよ、コレ」
「心当たりがあるでしょうが」

女史は手を止めると俺の方に向き直った。
応接セットのイスより、デスクのチェアの方が高いから、必然と俺を見下ろした。

女史を無視して中を見たら、葉山さんを背負ってる写真。
パーキングの出口で、運転席と助手席に並ぶ姿も正面から撮られてた。


「最低だな、」

過去には成実と撮られて世間を賑わせたこともあった。
あの時はモデル仲間と複数でいたのに、ツーショットに切り取られた。
成実は芸能人だからまだいい。

彼女は一般人なのに…ごめん、俺のせいだ。


「で、それ誰なの?」
「家族」

高校生の頃からモデルを始めた俺はまだガキで、当時女史からよく説教を食らった。

それは「態度が悪い」とか「挨拶しろ」って基本的なことだった。
仕事に対する認識の甘さで、この“基本的なこと”ができてなかった。

CMが初めて決まった時には、スポンサーに配慮することを教わった。
俺の迂闊な言動が、商品のイメージダウンに繋がるって。

いつだって女史の言うことは正しい。

「あんた、姉も妹もいないでしょ」

「母親」

「あぁ、そうか、母親ね。それなら安心。
って、世間が納得する訳ないでしょ!」

俺も納得いかないけど、近い未来の事実だし。

「何を聞かれても、ノーコメントで、いいわね」
「はいはい」

そんなぞんざいな態度を続ける俺に、女史はキレた…

「朝から晩まで、炎天下と待ち時間に耐えて演技して、好きでもない女と大勢の前でベッドシーンやらされて、気の合わない共演者ともコミュニケーションはかって、出たくもない番組で愛想笑いして番宣しました。はい、で、その結果

“女を密着おんぶしてまで、週刊誌で話題作りしたドラマ”

“女を密着おんぶしてまで、現を抜かしてコケたドラマ”

ねぇ、あんた、どっちがいいの?」


女史がどこからか数冊手に入れた週刊誌は、明日店頭に並ぶ。

いつだって女史の言うことは正しかった。


***


家に帰ると玄関の鍵は開けっ放しだった。

扉を開けて真っ先に目についたのは、ピンクのピンヒール。
爪先は扉に向けて揃えられてる。

一度っきり訪れたあのボロ家で、俺の靴を屈んで揃えてた葉山さんを覚えてる。

ヒールを横目に自分も靴を脱ぐと、そっとリビングの出入口の陰に立った。

聞こえてきたのは成実の声。
俺と付き合ってるって。
成実のやつ、勝手に押しかけてきて何を宣言してんだか。

それでも黙ってここに立ってるのは、反応が知りたかったから。
ほんの少しでも、妬いてくれるんじゃないかって。
あり得ない期待してる。
いつまでも相当に女々しい。

沈黙が流れた。
今、葉山さんの表情が見える成実が無性に羨ましい。

少しして葉山さんは自分のせいだと謝った。
記事は誤解、デートでもなんでもないって。

その通り、間違ってない…

勝手に期待してる自分も、葉山さんに謝らせてる自分にも腹が立った。
普通に生活してたら、あんな下衆な週刊誌に載ったりしない。

その直後、成実に話して聞かせたのは親父の魅力?

あの日、俺が迎えに行くのを懸念した親父。
分かってる。
親父なら葉山さんを包むように守ってやれる。

もう分かったから…やめろ。
成実、何も聞くな。
足が勝手に動き出した。

俺の突然の登場に驚いた表情の葉山さん。
その目の前には、発売前の週刊誌が置いてあった。

結局どうでもいいことで葉山さんに当たり散らして、成実と家を出た。

馬鹿だ俺は、逆ギレして出てきた。
反抗期のガキか。

成実がこの家の中にいるのが嫌だった。
成実といる俺を、見られるのも嫌だった。

玄関を出たところで、成実の腕を解いた。
歩き出してガレージに向かう途中、帰ってきた准と鉢合わせた。

「圭、誰?」

成実は俺の肘をつついて聞いた。

「弟」

成実は絡みたそうだったけど、准はチラッと一瞥しただけで、家の中に入って行った。

「照れてる、可愛い」

照れてねーだろ、アレ。
面倒だからそこは突っ込まなかった。

ガレージで成実と車に乗り込んだ。
エンジンをかけると、車を発進させる前に聞いた。

「俺が今マスコミに張られてるって分かってんでしょ?」

「もちろん。
ここに入れてもらう時にも、それらしい人が居たもの」

成実は笑いながら助手席でシートベルトをしめた。

「どうして彼女がうちにいるって思った?」

俺は誰にも言ってない。
葉山さんがここにいることを。

「圭、最近仕事終わったら飛んで帰るんだもん。来てみたら、ビンゴ」

冴えてる私を誉めて、みたいな顔を向けてきた。
ビンゴじゃねーし。
さっき聞いた通り、親父の婚約者だよ。

「週刊誌、どこで手に入れた?」

「収録の後、涌井さんと事務所に行って。女史のテーブルから」

涌井のやつ、余計なことしやがって。

「盗った、ってこと?」

「バレてたけど」

もう俺の口からは、ため息すら出ない。
次に載るであろう記事に女史は、何て言うだろう?

リモコンでゲートを開けると、車を走らせた。
成実をマンションに送り届けるために。


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