コガレル

タダノオーコ

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過去からの使者

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俺の曖昧な表現が、弥生を勘違いさせた。

「…圭さんの二番目でもい…」

肩を引き寄せて、髪を撫でた。

馬鹿じゃないの?
二番目なら、こんなに焦がれない。
そもそも俺には一番以外はないよ。
一番以外はいらない。


あの日、弥生を抱いてこの家に運び込んだ日。
俺の首にしがみついた弥生がたまらなく愛しくなった。

ないもの強請りかと思うこともあったけど…違う。
手に入れて、腕の中にいる今でさえ不安だ。
誰にも触らせたくないし、できるなら閉じ込めたい。
この気持ちをどう伝えたらいい?

額にキスして言葉にしたけど、全然ダメだ。
言葉はチープで陳腐だ。

それが証拠に弥生は出て行くと言った。
焦りまくる自分が情けない。

昼までは、葉山さんをここに置いて俺は出て行くつもりだったのに、今は連れ出そうとしてる。
弥生が一緒に来ないと言うから、この家に留めるしかない。


秘密でもいい。
一緒にいられるなら。
弥生に触れられるなら、それで構わなかった。


***


一週間後。
女史のテーブルに週刊誌を戻した。

成実との写真が思う通りに今週号の記事になったのを確認した。

俺があの日背中に乗せたのは、弥生じゃなくて成実にすり変わった。
これで弥生がマスコミに嗅ぎ回られることは回避できたと思う。

記事になる前から成実との交際の噂はすでに出廻ってた。
昨日イベントに参加した成実が囲み取材を受けた、と女史は言った。

ドラマの話題作り、そんな声もチラホラ聞こえた。
今日の呼び出しも説教コースかと覚悟を決めてきたけど、パソコンに向かう女史は機嫌は悪くないようだった。


「色気が出てきた、ですって」

「成実に?」

「あんたに」


俺か。
ドラマに濡れ場が多いせいだろう。
好青年役なのになぜか脱ぐシーンが多い。
ギャップ萌え、というやつかもしれない。


「例の話が来たけど、どうする?」

例の?  何だっけ?

「例の雑誌のヌード」
「あぁ、」

特集で男が際どいところまで脱ぐやつだ。
その号は特によく売れるらしい。

某事務所のタレント達がよく特集されて、ほぼ専売特許のようになってる。
その話がうちに来たらどうする?って、前に冗談で話したのを思い出した。

「やらない」

「っそ。まあ、いいわ」

俺が断ることを予想してたのか、女史はあっさりと引き下がった。


「例の映画はベネチアに招待された」

「え?」

「来月、イタリアに行きなさい。頑張ったわね」


去年撮影された映画。
病気で倒れた母親の終わりの見えない介護をする俺が、仕事や結婚に悩み、時に壊れながらもそれでも生活は続く、という内容の映画だ。

難しい役で苦労した。
監督や脇を固めてくれた俳優に支えられた映画だ。

それがベネチア映画祭でノミネートされたってことだ。
賞云々は置いといても、監督の作品が世界に知られるなら、それは素直に嬉しいことだった。


「ヌードより、そっちを先に教えてよ」

「私、一人っ子だから、美味しいものは最後まで残しておくタイプなのよ」

「その情報、いらない」

女史の機嫌がいいうちに、俺は事務所を退散することにした。


運転して自宅に戻ると、ガレージに車を停めた。
親父の車はすでに停めてあった。
帰ってるんだろう。

玄関の外はついてたけど、中とリビングの電気は消えてた。

今まさにドラマの放送時間だ。
弥生が言いつけを破って見てるかもって思ったけど、そこに姿は見えなかった。

とりあえず二階へ上がった。

階段からすぐ、弥生の部屋のドアをノックした。
無反応。
開けてみたら部屋は空だった。

風呂か?
バスルームはドアノブにプレートが下げてある。

これはあの風呂事件、事故か、の翌日に急いで俺が○急ハンズに買いに行った代物。

俺以外とも事故が起こらないとも限らないし、あってはならない。
風呂に入る時は、必ず “入浴中” を表に返すように、弥生が少し引くくらい、しつこく念押しした。

今、そのプレートは入浴中にはなってない。

まさか親父の部屋?
親父の部屋の扉に近づく。
薄らと声が聞こえる。
ただ、会話じゃないのは分かる。
親父の声だけだ。
たぶん想像するに仕事の電話をしてるんだろう。
海外との時差で、この時間の電話は珍しいことじゃなかった。

となると…ここでピンときた。
三階に上がると、准の部屋の前に立った。
内容までは分からないけど、二人が会話してるのは漏れ聞こえた。
俺はドアを、勢い良く開けた。

部屋の中でベッドに准、イスに弥生、その先のテレビは俺のドラマ、なのを瞬時に確認する。

ドラマを見てることは今は正直どうでも良かった。
その位置関係に安堵を覚えた。

抑揚なく食事を頼んで、先に下に降りた。
まるでイタズラして怒られた犬みたいな顔の弥生が可笑しかった。

時間を置かずに降りてきた弥生は、すぐに准の話をしだした。
まさか准の部屋で隠れてドラマを見るとは想定外だった。

そうまでして見て弥生にメリットがあるとは思えない。

「それでも、見たくなくても見ちゃうんです。週刊誌もドラマも。
圭さんが気になるから…見て…それで後悔します…」

今日発売の週刊誌ももう見たとか…?
予想の斜め上を行くな全く、この人は。

成実に限らず、俺は他の誰かと比べることなんてしないのに。
俺の中心にいて基準になるのが弥生。
周りは色褪せてるし、どうでもいいのに。
本当に興味が持てない。

たぶんそれをどう言っても分かってもらえないだろう。
嫉妬するなと言ってもそれは無理。
現に俺だって、准にさえ焦りを感じたんだから。

だから触れる。
言葉はもどかしい。
俺の手と唇から伝わったらいいのに。

本当はもっと奥深くに伝えたいけど。
…この家じゃ駄目だ。

今日改めて気づいた。
部屋のドアが薄いって。

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