コガレル

タダノオーコ

文字の大きさ
42 / 75
焦燥

6

しおりを挟む


身体が冷えて目が覚めた。
いつの間にか日は暮れてた。
暗い部屋を出て一階に降りると、親父は帰ってた。


「チーズ、頂いてる」

ダイニングのテーブルに土産のチーズとワインのボトルが並んでた。
親父の斜向かいの席に俺も腰掛けた。

あのまま眠り込まなければ、親父が帰ってくる前に俺は出て行っただろう。

弥生はもういなくなった。
今が話をするタイミングかも知れない。


「イタリアはどうだった?」

「賑やかだったよ。時間がなくてあまり観光はできなかったけど」

「そうか。勿体なかったな」


覚悟を決めたのに、なかなか切り出せない。

親父は自分でグラスにワインを注いだ。
グラスが空になったのは知ってたけど、俺は注いでやることはしなかった。
聞くんだ。


「葉山さんのお母さんを知ってるよね?」

「ああ、知ってたよ」


親父の表情は変わらない。
俺が弥生の母親の話を振っても動じなかった。


「弥生君から聞いたよ、お兄さんが来て、お前と話したって」

俺は頷いた。

「手切れ金の話は本当?」


「本当だ」


シラフじゃ辛すぎる。
車の運転さえなければ、今すぐ俺も飲みたい気分だった。


「彼女は手切れ金を受け取ると、俺の前から姿を消した。
その後のことはよく知らない。
聞く必要はないと思ったから」

「最低だな…」

弥生の母親がじゃなくて、親父がだ。
手切れ金を渡すってのは、縁を切るってことなんだろう。

「白岩の息子さんは、迎えに来たんだって?」

親父はグラスを空にして、また手酌した。

「弥生君は謝ってたよ、お前が出て行ったのは自分のせいだって。
お前を好きになってしまった、って」

は、親父に言ってどうすんだ…

「馬鹿だね、あいつ。
で、何て答えたの?
お前は俺の娘だって言ったの?
お前は圭と腹違いの兄妹だって?」
「馬鹿はお前だ」


親父は俺を諭すように、それでいて自分の過去を確認するように話を続けた。

「いいか、弥生君は俺の娘じゃない。
弥生君の母親とは、お前の母さんと結婚する前に付き合ってた。
母さんと知り合う前に、彼女は俺の前から姿を消していた」


つまり…不倫じゃなかったと?


「弥生君が娘だとしたら、圭より年下ということはありえない」

「じゃあ何で嘘をついてまで、うちに弥生を住まわせた?」

「手切れ金が渡ってたのは本当だ。
母親を捨てて、その娘もまた見捨てることはできなかったよ」


弥生の父親は別人だ。
…妹じゃない。

「違う、馬鹿は俺だ」

待ってろ、そう言って親父は二階へ上がって行った。
しばらくして戻って来ると、メモ用紙を渡された。


「名古屋の住所だ。
もし弥生君を本当に幸せにしてやれるなら、迎えに行きなさい。
そうじゃないなら…普通の子なんだ、もうそっとしておいてあげなさい」


親父は自分が馬鹿だと言った。
でも違う。
やっぱり馬鹿は俺だ。

何で白岩の話を信じた?
弥生は俺のマンションで、処女だって言った。
白岩の話を鵜呑みにして、酷い言葉を浴びせて泣かせたのに。

メモに視線を落とした。
名古屋であいつと暮らしてる?


嫌だ。
白岩も、他の奴でも、やっぱり嫌だ。
俺以外はダメだ。

他の誰かが弥生に触れるのは嫌だ。
他の誰かが弥生を見ることさえ嫌だった…


名古屋へ。
許してくれるまで、謝ろう。
ここでもいい、マンションでもいい…
また一緒に暮らしたい。

俺の目の届くところにいて欲しいよ…


ガレージでエンジンをかけると、弥生に電話をかけた。

繋がらなかった。
ラインも繋がらない。
スマホを替えたのか、番号を換えたのか…

ナビにメモの住所を読ませると、車を発進させた。
名古屋までは車で片道5時間くらいか。

はやる気持ちは眠気と疲れを吹き飛ばした。
車を走らせて白岩家に到着したのは、真夜中を少し過ぎた時間だった。

弥生がしばらくの間過ごした、戸建ての家の門の前。
深夜で迷惑かも知れない。
それでも迷わずインターフォンを押した。

応答したのは弥生じゃない女性の声だった。
伯母さんだろう。

「深夜にすみません、真田と申します。葉山さんはいらっしゃいますか?」

「少々お待ち下さい」

玄関外の電気は元々点いてた。
少ししてドアを開けて姿を見せたのは弥生じゃなかった。
目が合うと、門の外から頭を下げた。


「弥生の伯母です。どうぞ」

門扉を開きながらそう言われて、俺は敷地の中にいざなわれた。

伯母さんの格好は、すぐに外出できるような服装だった。
この時間なら部屋着や寝巻きの方が自然なのに。
慌てて着替えたのか?

玄関を入るとスリッパを勧められて、ダイニングに案内された。
手で示されたテーブルのイスに腰掛けると、伯母さんは俺の向かい側に腰を下ろした。


「弥生さんは?」

「お父さんから電話がありました。息子が向かっていますって」

だからか。
俺の訪問を知ってたんだ。

「お父さんには伝えたんですけど、弥生はここにいません」

「どこに?」

伯母さんは頭を横に振った。

「こちらには一度寄りました。でもすぐに出て行きました。
落ち着いたら連絡するって」

肩から力が抜けた。
じゃあ一体どこに?

「要一さんはこちらに?」

「要一は一人暮らししています。
電話をかけましたけど、やっぱり行き先は知らないそうです」


伯母さんは嘘をついてるようには見えなかった。
本当に弥生がどこにいるのか知らないんだろう。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...