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 むうちゃんは漫画家さんで、たーくんは絵描きさんだった。二人とも絵がとても上手だった。対照的ではある。手に取れるものとそうではないもの、現実的なものと抽象的なもの。まるで二人みたい。子どもの私には似ているようには感じられない。たーくんは筆で、むうちゃんはタブレットみたいなものを使い描き進める。どちらの絵も私は好き。

 二人とも私に絵を教えてくれるのだけれど、そのときだけ私はたーくんに疑問を抱いた。むうちゃんは私に、
「自由に描けばいい」
といつも言う。たーくんは、
「よく見て、忠実に描け」
 と命令する。自分だってピカソを尊敬し、ダリを敬愛しているくせに。基礎が大事なことは承知している。なんだってそう。1+1ができないとそれ以上の数式は解けない。

 学校が終わると私はなぜか二人の家に滞在している。そして普通の子どもようにテレビやゲームには向かわず、宿題をしながらむうちゃんとたーくんを見ている。二人はどこにいても絵を描いていることが多かった。宿題を終えると私も絵を描く。その姿勢は、明らかに二人には劣っている。だって私は絵でお金を得ていない。
「もっとちゃんと描けない?」
 たーくんは眉間にしわを寄せて言った。
「描いてるよ」
「影が多すぎるよ。暗い。よく見て」
 たーくんは画集をたくさん持っていた。絵を教わるよりも、それらを見るほうが私は好き。
「私は小磯良平さんが好き」
「彼は洋画家だよ」
「知ってる」
「僕は日本画家だよ」
「うん、知ってる」

 たーくんは有名じゃなくて、仕事は文芸誌の表紙くらいで、それも来月からパソコンで作るからと言われ、無職になりそうなのよね。対してむうちゃんは漫画が四十万部ほど売れ、どえらい金を手にしていた。それなのにたーくんは、
「お前は漫画家だからな」
 とむうちゃんのことを格下に見ているようだった。忙しいむうちゃんは時間の無駄とばかりに反論しない。ははっと笑い飛ばすくらいだ。しかし私から見てもむうちゃんのほうが稼いでいることが窺えた。連載を抱えているし、同じ家の中にいても、時間の速度が別次元のよう。むうちゃんはすっごい忙しいのにアシスタントを雇わず、限界のときはたまに出版社の人を手伝わせていた。むうちゃんは、
「人に何かを伝えるのには語彙が足りない」
 と言うばかりで、だったら語彙を増やしたらいいのに、すーっと自分の世界に入って、そこにはたーくんさえもいない。もちろん私もいない。いるのは二次元の男の子と女の子。私とそんなに歳の変わらないその子たちはもう愛だの恋だのにうつつをぬかし、周囲を困らせている。たーくんが手伝ったらいいのに。むうちゃんのことをよくわかっているのはたーくんだし、たーくんならむうちゃんの少ない語彙でも感じ取ってむうちゃんの望む絵を描いてくれるはず。たーくんはしない。よもや、デジタルでは描けないのだろうか。それがプライドというものであることがまだわからないほど私は幼い。
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