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 たーくんの家族って本当にひどい。その日、ご両親と弟さんがむうちゃんとたーくんの家にやって来て、たーくんのものをわんさか持って行ってしまった。権利のことはわからないよ。でもむうちゃんに逐一、
「これは巧のもの?」
 と尋ねて、むうちゃんは頷いたり首を振ったりした。しかもどうしてかたーくんの絵は興味がないようで、アトリエごと放置していった。

「ここが片付けばよかったのに」
 と家族が帰ったあとでむうちゃんが言った。
「遺作展でもしてあげれば? むうちゃんの絵の個展に置くとか」
 私は提案した。むうちゃんの絵の個展はファンが集まって毎回大盛況。
「売れなくても、私の名前で売れてもたーくんは喜ばないよ」
「そうだね」
 いなくなって思うけど、たぶん嫌な人だった。俗に言う、悪い人。自己中の自信家、それでいて生活力もない。それなのに人をこき使う。薄い唇がむうちゃんに当たるたびにどんどん曲がって来ていた。
「描きかけの絵が幾つもある。これは、どうしよう」
 むうちゃんが声を上げる。たーくんは飽きっぽいのではなくて、興味がすぐ他に移るのだ。庭に紫陽花が咲いていたら描く、向日葵が咲き始めたらそちらを書き始め、朝は朝顔に目を向けてしまう。そして花は長くもたない。部屋の中で静物と向き合っていることを続けていたらもう少しは仕事にありつけたのかもしれない。
「この家どうするの?」
 戸建ての一軒家。
「実は買っちゃったんだよね。一昨年だったかな。大家さんから打診されたの。高齢だからもう管理するのが嫌になったって。どうしよう。お姉ちゃんにも話してないんだ。また売るのも面倒だし、新しい恋人でもできたらその人と考えよう。ここを完全な仕事場にして、家は別でもいいし」
「私がもう少し大きくなったら一緒に住んであげようか?」
 漫画も手伝ってあげる。
「ユリカはお姉ちゃんの子どもなんだからあの家で大事にされてればいいじゃない」
 とむうちゃんが言う。
「大事にされてる気がしない」
「してたら気持ち悪くない?」
「まあね」
 ぼんやりとした味のハーブティーを飲んでいた。
「それが無償の愛ってやつよ。なんだかんだ言ってもママとパパが好きでしょ?」
「うん」
 と私が答えるとむうちゃんは笑った。

 その日は笑っていたのに、むうちゃんは徐々に疲弊していった。衰弱というほうが正しい。我が家で、それなりに守っているはずだったのに、大きな物音に本気でびくついた。少しずつ食が細くなり、またちょっと痩せた。
「白髪が増えた」
 と気にするようになり、仕事も手につかないようだった。あれよあれよという間だったので、私もママも対処が遅れた。そしてぱたんと倒れてしまい、病院送りになった。
 私は敵意も人を強くさせることをこの体で学んでいるところ。そもそもたーくんが死ななければ、いや浮気をしなければこんなことにならなかった。生きて、お金にならなくても絵を描いて、たまにむうちゃんに嫌味を言いながらも手伝って、それだけではたーくんの生きる意味にならなかったのかな。
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