寂しい街のとどころ旅館

吉沢 月見

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 一日、また一日と小松さんが滞在するだけの日が終わってゆく。あと三日だ。初日はすごい嫌な人だと思ったけれど、常識のある青年であることは伝わる。本棚の、もう何年も誰も開いていない画集を開くから本当に絵が好きなのだろう。でも家を継ぐために夢を諦めたの人なのかもしれない。そう同情しないとどんどん嫌いになる。

 その日は朝から雨だった。天気予報通り。
 だが、お昼に近づくにつれて風も強くなり、お昼を過ぎた頃には暴風雨。

 まるで季節外れの台風だ。
「すごいですね」
 家の前の木が風でしなる。まだ紅葉前の葉を風がもぎ取る。なんだかわからないゴミが窓を通り過ぎていった。
 こういうときだけ私は車を車庫にしまう。シャッターが完全には下りなくて、それでもそんなには吹き込まないだろう。
「この辺りは土砂崩れの心配もないですから」
 私は安心させたくて伝えた。
「そうですか」
 小松さんはこういうことには弱いみたい。窓の外を見ては右往左往。あなたの好きな絵でも眺めて、得意の講釈を垂れたらいいのに。

 午前中は私も小松さんも庭に叩きつける雨が川のようになって畑に流れてゆくのを呑気に見ていた。水はけが悪いのか畝間に水が溜まってゆく。そろそろ植えようと思っていた大根を先延ばしにしてよかった。これでは流されてしまう。

 数時間で別世界。もう外に出るのも怖い。土嚢とか作っておくべきだっただろうか。私も怖いのに小松さんが貧乏ゆすりまで始める。視界のそれが他人にはストレスの場合があるから見えないところで無音でやって。
「プリンでも食べましょう」
 朝から手間暇かけて作った。
「ああ、はい」

「長期滞在の方がいるとたまに作るんです。カラメル作る音が怖くて嫌なんですけどね」
 でもそれがないと甘さのコントロールが難しい。料理はバランスだ。もう数時間冷蔵庫に入れてあるけど中までは冷えているかしら。
「うん、うまい」
 小松さんは、やはり窓外ばかり見る。

 念のため私も懐中電灯やらを明るいうちに集めた。
 なんだろう、半世紀近く生きていて体験したことのない横殴りの雨だ。いろんなものが飛んでくるから、雨戸があるところはしたけれど、よりによって玄関が風下。ガラス製の引き戸である。保護のつもりですだれでもしようものなら飛ばされるだけ。一枚ガラスではないまでも割れないことを祈ろう。それしかできない。

「外処さん、家へ戻っても構いませんよ」
 と小松さんは言うけれど、怯える客を置いてはゆけない。
「家のほうが古いので、こっちの方が安心です」
 と嘘をついた。自宅と旅館は廊下でつながっている。

 この雨で家が流されたりしたら、旅館を復興するのは無理だから生きていたくない。そう言ったらきっと小松さんは私を責める人だ。命の素晴らしさを説き始めるかもしれない。でも、よく考えて。私は一人でここに暮らしている。生きていればなんとかなるという人もいるだろう。しかし私は、ここを失ったら生きる意味がないのだ。

 小松さんの滞在中の真ん中くらいでもう一度買い物へ行こうと思っていたがこれでは無理だ。まだナスとか時期をずらして植えたオクラが頑張ってくれているから野菜だけならある。冷凍のシュウマイと焼き魚で何とか献立をごまかそう。

「あと4時間ぐらい降っているようですよ」
 小松さん、ずっとスマホで雨雲の動きを見ているけれど、この天候では停電になったときのためにバッテリーを使わないほうがいいのではないだろうか。
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