寂しい街のとどころ旅館

吉沢 月見

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 バチン。 
 ほうら、停電。でもそれはほんの一瞬だった。

 夕食は共に取った。小松さんがそれを望んだから。
「一人でここにいるのは寂しくないですか?」
 と聞かれても私はここで生まれ育った。
「他を知りませんから」

 客にもたまに聞かれる。じゃあなんで来るのって聞きたいけどお客さんだから聞けない。両親が生きていたら質問されないのだろうか。私が結婚していたり子どもがいれば、誰かにとって安心材料になり得るのかな。ここから離れた途端、自分の家に帰った客は私のことなんて気にもしないくせに。

 外は生温かい空気なのだろうか。怖くて窓を開けられない。玄関から入ってくる隙間風はひんやり。
 こんな天気だろうと普通に過ごせばいいのだ。テレビも普通にやっている。小松さん、どうしていつものように部屋に戻らないのだろう。もしかして私が怯えていると思っているのだろうか。大丈夫です。大地を揺るがすような雷の音もない。雨と風の音だけ。稀にカランカランとゴミの音。バケツかしら。うちのものではない。そういうものは事前に片づけておいた。

 そろそろ眠りたい時間になっても小松さんは部屋に戻らない。誰かもう一人客がいたらこんなことになっていないのだろう。たぶん、私が仮に男でもきっと一緒にはいた。
 別々にお風呂に入り、私は旅館のエントランスで一晩明かすことを仕方ないと受け入れつつあった。放っておけない。

「部屋に来ますか?」
 お誘いのようで、小松さんも単純に眠たかったのだと思う。旅館にいるのに、お金を払っているのに眠れない夜などあってはならないと思ったのかもしれない。
「一緒に眠ろう」でも「セックスしよう」でもない。むしろ二人とも疲れていた。体を休ませたい。
「一階に一部屋だけベッドがふたつある部屋があります」
 一人客が多いので滅多に使わない。布団では眠れない人もいるし、年配の夫婦にはこちらがいいか希望を取ることもあった。狭い和室にシングルベットがふたつ。ぎゅうぎゅうである。落ち着けないと布団の部屋に変える人もいた。

 なぜ私はこの旅館の主なのに客と同室で天井を眺めているのだろう。さっきまでは、ああだこうだ言いながら掛け布団を敷きあった。そして子どもでもないのに怖いという理由だけで暗がりでキスをした。

「この部屋、僕の部屋の真下ですね」
 それがキスのあとでした唯一の会話。

 雨がやまなくてもあと数日で小松さんはここから帰ってゆく。現代では雨では足止めできない。もっと雨が降って道が冠水したら?
 そんなことがなくても、ここはまるで孤島だ。限界集落の平均はわからないけれど、高齢者しかおらず、生活も不便。こんなところに若くて有能な彼を引き止められない。私がムチムチボディでも、彼が好きな絵が数点あっても。

 翌朝はすっかり静かないつもの朝だった。ただ、いつもと違い新聞が届いたのは朝の七時。その他は何も変わらない。テレビのニュースだってあんなにひどかったここの雨よりも、都会で夫婦喧嘩が発端で互いに刺し合った報道がされていた。

「おはようございます」
 小松さんはよく眠れたこと、体がすっきりしていると伝えた。それは単純に、昨日のメニューが野菜だらけだったからではないだろうか。ベッドがよかったのかもしれない。
「ずっと目の奥が痛かったけど治った」
 たまにノートパソコンで仕事をしていることは知っていた。完全に休める現代人は少ない。
「よかったです」
 さつまいもの茎をきんぴらにしたからかもしれない。都会では買えないだろうからおすすめもできない。
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