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最悪なキャンプ場
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キャンプ好きな人にとってキャンプ中はどの時間帯も至福だ。朝は静かだし、季節や場所によっては朝もやが山を覆う。昼には太陽を浴び、寒ければ火を焚く。夜は無音に近いことすらある。
「ここは、がやがやするね」
一組の若い夫婦がテントの中でカメラを手にする。
「新しいからいいと思ったのに。あっちのほうへ撮影に行こうか?」
夫が妻を誘う。彼女の背後に小さな丘を見つけたから。
「そうね」
園内マップを手にして二人は歩き出した。小川のほとりできらめく水面を撮りたかったが、サウナが近いのか奇声が響く。
「やっぱりあっちに行こ」
と妻が手を引いてくれる。夫婦でカメラマンだと言うとたいていの人はなぜかエロい妄想をする。結婚式も新婚旅行も半分仕事だったから、二人でゆっくりしたくてここを選んだ。コテージはあるが、ドーム型の透明なテントはなく、うるさい輩はいないと思った。大間違い。
バイオリン、トランペットとギターの音が響く。二人で木の葉が揺らぐのを見ていれば幸せなのに。
「ここって楽器可なのか?」
男が女に聞く。コテージBにまでその音色は響いていた。おじさんと若い女の子はカップルではない。知り合いでもない。
「さあ」
「お前、ここのオーナーの娘なんだろう?」
「だから安く泊まらせてあげてるんでしょう」
不機嫌な顔をして女は外に出た。当たり前だがますます聞こえる音は大きくなる。昔、自身もバイオリンを習っていた。半年も通わなかった。意味がわからないんだもの。ピアノみたいにここを押さえてドじゃない。フレットがあるから当然、音階もある。続ける根気もなかった。仕事もそうだし、友達付き合いもなんで長続きするのかわからない。人生って面倒なことの連続。ああ、ここは禁煙だった。自分で決めたことだからタバコの火を消す。外ならばいいのではないだろうか。煙はすぐ風が消してくれる。
大人になって気づいた。嘘をつくよりも縁を切るほうが楽で簡単だ。古くからの関係に縋る必要などない。断ち切って、大人になった自分が大事にするべき人とまた関係を築けばいい。私は会社を大きくしたいが、父は目が届く範囲で充分と考えるし、味方だと思っていた人が敵になったりして、やっぱり大人も生きづらい。
オーケストラではなくオペラで演奏するのが夢だった。留学をして日本に帰って来て地方のオケに入った。譜面通りに弾かないと周囲から白い目で見られ、自分のやりたいこととは違う。知り合いを誘ってセッションバンドを組んでみたがこれも違う。管楽器の女の子たちはかわいかったが、ド下手くそ。彼女の容姿で集まる観客にも嫌悪。純粋に音楽が好きな人はこの国には少ないのかもしれない。
結局、やる気のない男だらけの面子で声がかかるところで演奏をしている。トランペットは数々のコンクールで入賞したものの留学出来ができずにこの狭い日本に閉じこもっている。結局、人生は金だ。ギターはただの目立ちたがり屋。
SNSで演奏の営業をかけてもさっぱり。二人には期待していない。有名にならなくても生きて行ければいいというのが伝わる。俺の夢が無謀なのだろうか。別に今更1位にはなれなくても、せめて練習場所に困らない生活がいい。外で演奏をしていても場所によってはクレーム。稀に田舎のペンションオーナーから依頼が来る程度。それも収入になっているかと言えば微妙だ。三人で一万円なら三千円ずつと交通費になることが多い。三人とも女に食わしてもらっているようなもの。
「やっぱり屋外でする演奏は最高だな。音の抜けがいい」
なんてトランペットが笑顔で言う。
「ああ」
ギターはいつも同調のみ。単純な奴が純粋とも限らない。
三人で楽譜も見ずに適当に弾いてばかりいる。トランペットはくるくる回りながら楽しそうに演奏する。確かに今日は高温の伸びがすごいな。曲芸かよ。こりゃ、売れるどころかファンもつかん。恋人は楽しそうと言うだけで、咎めることも別れ話もしない。でもそろそろ捨てられそう。
今日は夕方には近くの民宿に呼ばれている。ペンションとか民宿のオーナーは音楽好きが多い。ジャズはそんなに得意ではないが仕事なのでやらざるを得ない。
女の裸も見飽きてきた。昔は違った。やることをやっていれば腹が減る。真新しい三口コンロは家庭用よりも火力が強いように思う。ビルトインオーブンまである。元料理人と言うことは秘密だが、これを使わずにここにいることが苦しい。大きな肉を焼いて放置したい。できれば前日から塩漬けした塊肉。
そう言えば、飯ってどうなっているのだろう。お昼集合、明日の昼解散。普通は夜集合が多いが、この立地なら頷ける。一本道の山道をひたすら走って来た。大きな美しい川を渡り、そこからもくねくねの一本道。
まさかキャンプ場だとは思わなかった。だって、人に知られてはならない。
「混ざらないんですか?」
外から戻って来た女性から声をかけられた。
「休憩です」
タバコの匂いがしたから一服してきたのだろう。
「そうですか」
「あのう、料理作っていいですか?」
バーベキューセットがあったから聞いてみた。
「お好きに」
明日の朝食は別なのか聞きたかったが、彼女は一室に吸い込まれていった。
「よしっ」
精のつくものを作ろうではないか。この食材だったら煮込み一択。どうせ笑いながらバーベキューなどはできない間柄なのだから。ローリエはないがオレガノにパプリカパウダーまである。やたらとスパイスがあるのはキャンプ料理が流行ったおかげだろう。肉の半分はこれで焼こうか。野菜も新鮮そうだ。しかし新築の匂いで鼻の奥が痛いほどだ。
「ここは、がやがやするね」
一組の若い夫婦がテントの中でカメラを手にする。
「新しいからいいと思ったのに。あっちのほうへ撮影に行こうか?」
夫が妻を誘う。彼女の背後に小さな丘を見つけたから。
「そうね」
園内マップを手にして二人は歩き出した。小川のほとりできらめく水面を撮りたかったが、サウナが近いのか奇声が響く。
「やっぱりあっちに行こ」
と妻が手を引いてくれる。夫婦でカメラマンだと言うとたいていの人はなぜかエロい妄想をする。結婚式も新婚旅行も半分仕事だったから、二人でゆっくりしたくてここを選んだ。コテージはあるが、ドーム型の透明なテントはなく、うるさい輩はいないと思った。大間違い。
バイオリン、トランペットとギターの音が響く。二人で木の葉が揺らぐのを見ていれば幸せなのに。
「ここって楽器可なのか?」
男が女に聞く。コテージBにまでその音色は響いていた。おじさんと若い女の子はカップルではない。知り合いでもない。
「さあ」
「お前、ここのオーナーの娘なんだろう?」
「だから安く泊まらせてあげてるんでしょう」
不機嫌な顔をして女は外に出た。当たり前だがますます聞こえる音は大きくなる。昔、自身もバイオリンを習っていた。半年も通わなかった。意味がわからないんだもの。ピアノみたいにここを押さえてドじゃない。フレットがあるから当然、音階もある。続ける根気もなかった。仕事もそうだし、友達付き合いもなんで長続きするのかわからない。人生って面倒なことの連続。ああ、ここは禁煙だった。自分で決めたことだからタバコの火を消す。外ならばいいのではないだろうか。煙はすぐ風が消してくれる。
大人になって気づいた。嘘をつくよりも縁を切るほうが楽で簡単だ。古くからの関係に縋る必要などない。断ち切って、大人になった自分が大事にするべき人とまた関係を築けばいい。私は会社を大きくしたいが、父は目が届く範囲で充分と考えるし、味方だと思っていた人が敵になったりして、やっぱり大人も生きづらい。
オーケストラではなくオペラで演奏するのが夢だった。留学をして日本に帰って来て地方のオケに入った。譜面通りに弾かないと周囲から白い目で見られ、自分のやりたいこととは違う。知り合いを誘ってセッションバンドを組んでみたがこれも違う。管楽器の女の子たちはかわいかったが、ド下手くそ。彼女の容姿で集まる観客にも嫌悪。純粋に音楽が好きな人はこの国には少ないのかもしれない。
結局、やる気のない男だらけの面子で声がかかるところで演奏をしている。トランペットは数々のコンクールで入賞したものの留学出来ができずにこの狭い日本に閉じこもっている。結局、人生は金だ。ギターはただの目立ちたがり屋。
SNSで演奏の営業をかけてもさっぱり。二人には期待していない。有名にならなくても生きて行ければいいというのが伝わる。俺の夢が無謀なのだろうか。別に今更1位にはなれなくても、せめて練習場所に困らない生活がいい。外で演奏をしていても場所によってはクレーム。稀に田舎のペンションオーナーから依頼が来る程度。それも収入になっているかと言えば微妙だ。三人で一万円なら三千円ずつと交通費になることが多い。三人とも女に食わしてもらっているようなもの。
「やっぱり屋外でする演奏は最高だな。音の抜けがいい」
なんてトランペットが笑顔で言う。
「ああ」
ギターはいつも同調のみ。単純な奴が純粋とも限らない。
三人で楽譜も見ずに適当に弾いてばかりいる。トランペットはくるくる回りながら楽しそうに演奏する。確かに今日は高温の伸びがすごいな。曲芸かよ。こりゃ、売れるどころかファンもつかん。恋人は楽しそうと言うだけで、咎めることも別れ話もしない。でもそろそろ捨てられそう。
今日は夕方には近くの民宿に呼ばれている。ペンションとか民宿のオーナーは音楽好きが多い。ジャズはそんなに得意ではないが仕事なのでやらざるを得ない。
女の裸も見飽きてきた。昔は違った。やることをやっていれば腹が減る。真新しい三口コンロは家庭用よりも火力が強いように思う。ビルトインオーブンまである。元料理人と言うことは秘密だが、これを使わずにここにいることが苦しい。大きな肉を焼いて放置したい。できれば前日から塩漬けした塊肉。
そう言えば、飯ってどうなっているのだろう。お昼集合、明日の昼解散。普通は夜集合が多いが、この立地なら頷ける。一本道の山道をひたすら走って来た。大きな美しい川を渡り、そこからもくねくねの一本道。
まさかキャンプ場だとは思わなかった。だって、人に知られてはならない。
「混ざらないんですか?」
外から戻って来た女性から声をかけられた。
「休憩です」
タバコの匂いがしたから一服してきたのだろう。
「そうですか」
「あのう、料理作っていいですか?」
バーベキューセットがあったから聞いてみた。
「お好きに」
明日の朝食は別なのか聞きたかったが、彼女は一室に吸い込まれていった。
「よしっ」
精のつくものを作ろうではないか。この食材だったら煮込み一択。どうせ笑いながらバーベキューなどはできない間柄なのだから。ローリエはないがオレガノにパプリカパウダーまである。やたらとスパイスがあるのはキャンプ料理が流行ったおかげだろう。肉の半分はこれで焼こうか。野菜も新鮮そうだ。しかし新築の匂いで鼻の奥が痛いほどだ。
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