半纏姉ちゃん

吉沢 月見

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 午後の診察も手伝った。夕方になると学生の患者がちらほら見えた。体を壊すほどスポーツに打ち込むなんて阿呆なんじゃないだろうかと私は思うが、彼らにとっては当たり前のことなのだろう。
「いい人でも嫌な奴でも骨の数は同じたい」
 と倉橋先生は言った。
 極論すぎる。だから、あんな姉が好きなのかもしれない。
 患者さんたちの会話からたまに、
「大先生」
 という単語が聞こえて、倉橋先生のデスクにも姉と倉橋さんともう一人おじさんが写っている写真があったから彼のお父さんなのだろうと推測する。
「姉に手伝ってもらったら?」
 一日の手伝いだけで私は疲弊した。
「恋ちゃんにも自分の仕事があるし、ずっと古い付き合いの人ばかりでいろいろ面倒なんだ」
 その口ぶりから、この若先生が慕われ、その恋路にまで周囲のプレッシャーがあることを感じられる。
「姉が変人だから? ここで俳句教室でもしたらいいのでは?」
「恋ちゃんにとって俳句は心の安定だよ。それに…」
 厄介なことは他にもあるようだ。
「姉がよそ者だから?」
「それも、あるね」
「古いことを言っている人たちって死んでいなくなりますよ」
「うん、それを待ってる」
 と言い切ってしまう倉橋さんも性格が悪い。
 一番驚いたのは、
「恋ちゃんは父の恋人やったんや」
 と倉橋さんが言った。
「この人?」
 私は写真を指差した。
「そう」その顔は倉橋さんに酷似している。「釣りに出て、急に天候が悪くなって。船を出してくれた家の人も父と一緒に転覆して、すぐ近くの家の人だったからここにいられなくなって引っ越して行ったよ。あちらも大変だったと思う」
 古い集落にはよくありそうなことだ。
「何年前ですか?」
 生存不明者は7年で失踪宣言を家裁で申し立てることができる。
「7年」
「失踪宣言は?」
「愛ちゃん、詳しいね。恋ちゃんがまだしたくないって」
 そりゃそうだ。
「でも、死んだことにしないと倉橋さんがこの医院を継いだりできないのでは?」
 人が死ぬと口座が凍結されること、母が死んで初めて私は知った。
「まだいいかなって」
 姉の気持ちがしっかり自分に向くことを待っているのかもしれない。そんな気がした。
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