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25.あるメイドの話
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最近妙に気になる事がある。
最初は気のせいだと思ったが、やはり気になった。
フィーネは使用人の介助が必要とはいえ、出来るだけ出来そうな事だったり前回失敗した事であっても積極的に自分でしようと努力した。
だから何かをする際、まずは侍女も手を貸さず、出来るところまでは様子を見ててくれやむなく介助が必要そうだと判断した場合のみ手伝ってくれていた。
最初はほんの些細な事。
朝起きた際、最初にする事は部屋で顔を洗う事だった。
ベッドの近くまで洗面器とタオルが持って来られベッドに腰かけながら洗顔を行う。
その日も普通に洗顔しようとフィーネは洗面器に張られたぬるま湯に手を付けたのだが。
(冷たっ・・・)
思わず小さく手を引っ込めた。
いつもならわざわざ湯を沸かして少し冷ましてくれた湯が持って来られるのだが、その日の水は氷るほど冷たかった。季節も真冬と呼べるほど寒くなり暖房もかかせない。
恐らくそのままの水を持って来たのだろう。
忘れていたのかな?
フィーネは忙しい朝の小さなミスだと思った。
アランと二人の時は真冬でも冷たい水で手を洗ったり身体を拭いたりしていたのだから慣れていると言えば慣れている。
だからそういう事もあるよね、と思いその水で洗顔した。
特に侍女に指摘したり出来る立場でもないし些細な事だと思い誰にも伝えなかった。
それからだ。
微妙に苦い食事が出たり、刺激の強すぎる香油の入ったお風呂が準備されていたり。
フィーネが決まって一人になる瞬間を狙って行われる。
侍女が交代する際や、一人で読書など室内に長時間一人になる時、また率先して自分から行動する時などだ。
誰かに言えば良かったのだろうが、フィーネは居候であり世話になっている立場だからこんな事で煩わせる事に戸惑いがあった。
第一派手な嫌がらせに合ったわけでもない。
自分が少し我慢をすれば問題ないと思っていた。
しかし、それが返って嫌がらせをしてくる犯人を増長させた。
フィーネが周囲に文句を言わないのに気が付くと、徐々にだがエスカレートしつつあった。
◇◇◇
ある時、フィーネが温室を車椅子で散歩中少し一人で眺めたいと言った際、直ぐに侍女たちは下がっていきフィーネは美しい温室の庭園を眺めていた。
公爵家では真冬でも春に咲く花々や木々、夏の植物が植えられ常に整備された場所だった。
フィーネはここが好きでよく来て読書やお茶をするのが日課だった。
そこで過ごしていると、視界の端にメイドがいるのが見えた。
人がいるのは特に不思議ではない。この場所は特に入室禁止をされているわけでもなく、庭師や使用人たちも頻繁に出入りする場所だった。
そのメイドは下働きなのか温室のハーブを摘んでいた。恐らくハーブティーに入れる物だろう。
メイドの容姿は赤毛に少し吊り上がった目元を持つ綺麗な子だった。
そう言えば、昨日寝る前に出たカモミールティーは正直美味しくなかった。
何故か土臭く、濁っていたので一口でやめてしまった。
寝室のサイドテーブルに寝室に入った時から置いてあったので誰が準備したのかわからない。
夜中に水分補給が出来るよう水差しも一緒に常備されているが、そちらも飲む気になれなかった。
今摘んでいるメイドの仕業だろうか。
いや、でもメイドの仕事は多岐に渡り一人で行う作業というものはない様子だった。
ハーブティーが美味しくなかったのも昨日だけ。
フィーネは気になったので少しメイドと話してみる事にした。
「こんにちは。お仕事ご苦労様です」
「!?あ・・・すみません。すぐ片づけます」
「いえいえ、お仕事の邪魔をする気は毛頭ないのです。突然話しかけてしまってごめんなさい。そのハーブは何か気になったのです」
「・・・これはセージです。お料理やお茶などに使います」
メイドはちらっとフィーネを見るがすぐに目を逸らし籠に収穫したハーブを見せてくれた。
「お茶の葉などもこの温室で栽培されているのでメイドがこうして収穫します。・・・まぁ、あなた様には見たことのない種類が多いでしょうけど」
暗に貧乏人には縁のない物だろう、と揶揄されたようだった。
確かに貴族時代にハーブティーはよく飲んでいたがスラムに住むようになってからは一口も口にしていない。
元子爵令嬢であっても、高価で手の届かない茶葉もここには沢山あった。
あ、この子私の事があまり好きではないのね。
そうフィーネは理解した。
この公爵家の皆にはとても親切で優しくしてもらっていたので、むしろ少し安心した。
人間というものは相性がある。全員から好かれるなど現実にはない事もよく分かっていた。
だからフィーネは好かれていない人がいるという事自体に少しもショックを受けなかった。
無理に交流をしようとしなければ平気だと思ったから。
「そうね。こちらで頂けるお茶はみんなとても美味しいわ。いつもありがとうございます」
「・・・いえ」
「お仕事の邪魔してごめんなさいね。私はそろそろ戻るわ」
フィーネはこれ以上しつこく相手に話しかける事を断念し戻ろうと思った。
車椅子の車輪を自分で方向転換し、メイドに背を向ける。
「・・・・んで、なんであんたなんかが・・・」
背後でボソリと小さな声が聞こえた。
フィーネは聞こえなかったフリをしてその場を離れ、すぐに侍女をベルで呼んだ。
「温室でリラックス出来ましたか?」
「ええ、本当にここは素敵ね。真冬でもこんなに綺麗な花々が見れるなんて、贅沢だわ」
「そうですね。公爵様がフィーネ様が来られてからより一層ここを整備されましたしね」
ふふふと侍女と笑いながら侍女に伴われ温室を後にした。
その背を赤毛のメイドがイラついた顔で見ていた。
「・・・なんであんな身体が不自由な女をいつまでも公爵様は屋敷に置いておくのかしら。元は子爵令嬢でも今は没落しお取り潰しになった反逆者の娘じゃない。私だって身分は男爵家なのに」
メイドはミアという。
没落貴族の男爵家の次女で、お金がないから結婚相手も見繕えないと両親に言われてしまい職を見つけろと言われた娘だった。
ミアは貴族の夫人になりたかった。
自分が働いて貴族のお世話をするのではなくお世話をされる立場になりたかった。
働き口は本当に偶々、公爵家が下働きのメイドを募集していたので何とか口利きしてもらいそこに滑り込む事が出来た。
公爵家で雇ってもらえるなど破格の待遇だ。
望んでもおいそれと雇ってくれる場所ではない。
そこでミアは見た。
自分の理想とする生活がここにある事に。
立派で巨大な屋敷。
豪華絢爛な生活。
憧れた生活が目の前に広がっていたのだ。
そして、何よりも。
理想の男性がこの屋敷の主であった。
厳しく、少し怖い公爵様だったけれど、決して理不尽な事はしない方だった。
ただの憧れ。
手の届かない人気の役者を見てる気分だった。
でも。
あの女が現れてから、公爵様が変わってしまった。
スラムから来たという子持ちの女は見る間に公爵家の中に浸食してきた。
なんで。
どうして。
私よりも今は身分が低い女がどうして公爵様に大切にされているの?
あの女と私の何が違うんだろう。
そう嫉妬するのに時間はかからなかった。
最初は気のせいだと思ったが、やはり気になった。
フィーネは使用人の介助が必要とはいえ、出来るだけ出来そうな事だったり前回失敗した事であっても積極的に自分でしようと努力した。
だから何かをする際、まずは侍女も手を貸さず、出来るところまでは様子を見ててくれやむなく介助が必要そうだと判断した場合のみ手伝ってくれていた。
最初はほんの些細な事。
朝起きた際、最初にする事は部屋で顔を洗う事だった。
ベッドの近くまで洗面器とタオルが持って来られベッドに腰かけながら洗顔を行う。
その日も普通に洗顔しようとフィーネは洗面器に張られたぬるま湯に手を付けたのだが。
(冷たっ・・・)
思わず小さく手を引っ込めた。
いつもならわざわざ湯を沸かして少し冷ましてくれた湯が持って来られるのだが、その日の水は氷るほど冷たかった。季節も真冬と呼べるほど寒くなり暖房もかかせない。
恐らくそのままの水を持って来たのだろう。
忘れていたのかな?
フィーネは忙しい朝の小さなミスだと思った。
アランと二人の時は真冬でも冷たい水で手を洗ったり身体を拭いたりしていたのだから慣れていると言えば慣れている。
だからそういう事もあるよね、と思いその水で洗顔した。
特に侍女に指摘したり出来る立場でもないし些細な事だと思い誰にも伝えなかった。
それからだ。
微妙に苦い食事が出たり、刺激の強すぎる香油の入ったお風呂が準備されていたり。
フィーネが決まって一人になる瞬間を狙って行われる。
侍女が交代する際や、一人で読書など室内に長時間一人になる時、また率先して自分から行動する時などだ。
誰かに言えば良かったのだろうが、フィーネは居候であり世話になっている立場だからこんな事で煩わせる事に戸惑いがあった。
第一派手な嫌がらせに合ったわけでもない。
自分が少し我慢をすれば問題ないと思っていた。
しかし、それが返って嫌がらせをしてくる犯人を増長させた。
フィーネが周囲に文句を言わないのに気が付くと、徐々にだがエスカレートしつつあった。
◇◇◇
ある時、フィーネが温室を車椅子で散歩中少し一人で眺めたいと言った際、直ぐに侍女たちは下がっていきフィーネは美しい温室の庭園を眺めていた。
公爵家では真冬でも春に咲く花々や木々、夏の植物が植えられ常に整備された場所だった。
フィーネはここが好きでよく来て読書やお茶をするのが日課だった。
そこで過ごしていると、視界の端にメイドがいるのが見えた。
人がいるのは特に不思議ではない。この場所は特に入室禁止をされているわけでもなく、庭師や使用人たちも頻繁に出入りする場所だった。
そのメイドは下働きなのか温室のハーブを摘んでいた。恐らくハーブティーに入れる物だろう。
メイドの容姿は赤毛に少し吊り上がった目元を持つ綺麗な子だった。
そう言えば、昨日寝る前に出たカモミールティーは正直美味しくなかった。
何故か土臭く、濁っていたので一口でやめてしまった。
寝室のサイドテーブルに寝室に入った時から置いてあったので誰が準備したのかわからない。
夜中に水分補給が出来るよう水差しも一緒に常備されているが、そちらも飲む気になれなかった。
今摘んでいるメイドの仕業だろうか。
いや、でもメイドの仕事は多岐に渡り一人で行う作業というものはない様子だった。
ハーブティーが美味しくなかったのも昨日だけ。
フィーネは気になったので少しメイドと話してみる事にした。
「こんにちは。お仕事ご苦労様です」
「!?あ・・・すみません。すぐ片づけます」
「いえいえ、お仕事の邪魔をする気は毛頭ないのです。突然話しかけてしまってごめんなさい。そのハーブは何か気になったのです」
「・・・これはセージです。お料理やお茶などに使います」
メイドはちらっとフィーネを見るがすぐに目を逸らし籠に収穫したハーブを見せてくれた。
「お茶の葉などもこの温室で栽培されているのでメイドがこうして収穫します。・・・まぁ、あなた様には見たことのない種類が多いでしょうけど」
暗に貧乏人には縁のない物だろう、と揶揄されたようだった。
確かに貴族時代にハーブティーはよく飲んでいたがスラムに住むようになってからは一口も口にしていない。
元子爵令嬢であっても、高価で手の届かない茶葉もここには沢山あった。
あ、この子私の事があまり好きではないのね。
そうフィーネは理解した。
この公爵家の皆にはとても親切で優しくしてもらっていたので、むしろ少し安心した。
人間というものは相性がある。全員から好かれるなど現実にはない事もよく分かっていた。
だからフィーネは好かれていない人がいるという事自体に少しもショックを受けなかった。
無理に交流をしようとしなければ平気だと思ったから。
「そうね。こちらで頂けるお茶はみんなとても美味しいわ。いつもありがとうございます」
「・・・いえ」
「お仕事の邪魔してごめんなさいね。私はそろそろ戻るわ」
フィーネはこれ以上しつこく相手に話しかける事を断念し戻ろうと思った。
車椅子の車輪を自分で方向転換し、メイドに背を向ける。
「・・・・んで、なんであんたなんかが・・・」
背後でボソリと小さな声が聞こえた。
フィーネは聞こえなかったフリをしてその場を離れ、すぐに侍女をベルで呼んだ。
「温室でリラックス出来ましたか?」
「ええ、本当にここは素敵ね。真冬でもこんなに綺麗な花々が見れるなんて、贅沢だわ」
「そうですね。公爵様がフィーネ様が来られてからより一層ここを整備されましたしね」
ふふふと侍女と笑いながら侍女に伴われ温室を後にした。
その背を赤毛のメイドがイラついた顔で見ていた。
「・・・なんであんな身体が不自由な女をいつまでも公爵様は屋敷に置いておくのかしら。元は子爵令嬢でも今は没落しお取り潰しになった反逆者の娘じゃない。私だって身分は男爵家なのに」
メイドはミアという。
没落貴族の男爵家の次女で、お金がないから結婚相手も見繕えないと両親に言われてしまい職を見つけろと言われた娘だった。
ミアは貴族の夫人になりたかった。
自分が働いて貴族のお世話をするのではなくお世話をされる立場になりたかった。
働き口は本当に偶々、公爵家が下働きのメイドを募集していたので何とか口利きしてもらいそこに滑り込む事が出来た。
公爵家で雇ってもらえるなど破格の待遇だ。
望んでもおいそれと雇ってくれる場所ではない。
そこでミアは見た。
自分の理想とする生活がここにある事に。
立派で巨大な屋敷。
豪華絢爛な生活。
憧れた生活が目の前に広がっていたのだ。
そして、何よりも。
理想の男性がこの屋敷の主であった。
厳しく、少し怖い公爵様だったけれど、決して理不尽な事はしない方だった。
ただの憧れ。
手の届かない人気の役者を見てる気分だった。
でも。
あの女が現れてから、公爵様が変わってしまった。
スラムから来たという子持ちの女は見る間に公爵家の中に浸食してきた。
なんで。
どうして。
私よりも今は身分が低い女がどうして公爵様に大切にされているの?
あの女と私の何が違うんだろう。
そう嫉妬するのに時間はかからなかった。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
目醒めるまで どれぐらいら掛かったの?
お薬で公爵家血筋の瞳の髪を隠しているけれど お薬持っのかな?
食べるものにも事欠く生活おくっていたみたいなのでそんなに沢山は無いのでは…