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夫の死
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夕食が作り終わり皿に盛りつけ終えた頃、玄関の戸がドンドンドンと強く叩かれた。私は彼が帰って来たのかと思い、急いで戸に駆け寄り鍵を開ける。
「おかえりなさっ…い…?」
そこにいたのは、彼ではなかった。彼と同じ騎士団のローブに身を包んだ男性。確か彼の部下であった気がする。部下の方は俯いたまま、私に静かに何かを渡してきた。私は反射的にそれを受け取る。それは手紙だった。
私は雨に濡れて萎れてしまったそれを恐る恐る開く。そこには、滲んだ文字でこう書かれていた。
『クロード 王太子殿下の護衛にて殉死』
私は目を疑った。何度も見間違いじゃないかと文字を見直した。しかし、そこに書かれている文字が変わることはなかった。
「…じゅんし…?」
パニックで回らない頭で必死に言葉の意味を手繰り寄せる。しかし、彼が死んだということを受け入れたくなくて私はその意味を理解することを拒みたくなった。だが、視界に写った目の前の人物が現実を私に思い知らせる。私は彼を知っている。彼はクロードがとても良く面倒を見ていた部下だ。彼は唇を噛みしめながら私を見た。ローブの下の顔には、雨と共に雫が流れ落ちていた。
「隊長は…反逆者から殿下を守ろうとして…亡くなられました」
「そ、んな…」
私は立っていられず床にへたりこんだ。涙が留めなく溢れ視界がぼやける。手紙をぎゅっと胸の前に抱きしめる。誰かこれが嘘だと言ってほしかった。部下の方は悔しそうに拳を握りしめながら、雨に打たれ、ただ静かにその場に佇んでいた。しばらく、静寂の中に悲しみを押し殺す声と雨が地面を打ち付ける音だけが響き続けた。
あの後、私は部下の方に連れられて王城の一角で静かに眠る彼の遺体と対面した。花に囲まれ、棺桶に横たえられた彼の姿。そっと握りしめた彼の手の冷たさに、私は彼が還らぬ人となったことを実感する。瞳から零れ落ちた雫が、彼の手を濡らした。
「…クロードからこれを貴方にと託された。どうか受け取ってくれ」
クロードの上司である王太子殿下は自ら赴き、私に挨拶をしてくれた。クロードが自分の命を守ってくれたということを私に語り、彼に恥じぬよう王太子殿下としての務めを全うすると約束をしてくれた。クロードはとても騎士の仕事に忠実な人だった。だから、彼はきっと王太子殿下を守れたことを喜ぶことはあっても、自分が王太子殿下のせいで死んだとは思わないし、それで彼が自分を責めることは喜ばないだろう。王太子殿下はきっとそれを理解している。だから、謝るような真似はせず前向きな誓いを立ててくれたことが素直に嬉しかった。
「…これは」
王太子殿下から渡されたのは1対のイヤリングだ。片方はラピスラズリ、もう片方は翡翠でできていた。
「今日の午前中、視察に街へ出たのだが、そこでクロードが見つけたものだ。あいつは真面目なので普段は視察中に買い物などしないのだが、どうやらそれだけは諦めきれなかったらしくてな、見つけて即座に購入していた。なぜそんなに欲しがっていたのか不思議に思っていたが…なるほどな。貴方を見て納得した。それは貴方たち二人の色だったというわけか」
彼からの最後の贈り物を私は大切に抱きしめた。碧く輝くラピスラズリを見ると、自然と彼の海のように青い瞳を思い出す。せっかく落ち着いてきていた涙が再び止まらなくなった。王太子殿下は私を慰めるようにポンと肩に手を置いた後、静かに部屋を出ていった。きっと号泣する私に気を遣ってくれたのだろう。私はその厚意に甘えて思いっきり泣いたのだった。
彼の葬式は密かに執り行われた。そこでは沢山の人が彼に花を添えてくれた。その光景を見て、私は彼がどれほど沢山の人に慕われ、愛された人だったのかを知った。参列者の中には王太子殿下や彼の部下達もいた。皆、涙を流して彼との別れを惜しんだ。
「おかえりなさっ…い…?」
そこにいたのは、彼ではなかった。彼と同じ騎士団のローブに身を包んだ男性。確か彼の部下であった気がする。部下の方は俯いたまま、私に静かに何かを渡してきた。私は反射的にそれを受け取る。それは手紙だった。
私は雨に濡れて萎れてしまったそれを恐る恐る開く。そこには、滲んだ文字でこう書かれていた。
『クロード 王太子殿下の護衛にて殉死』
私は目を疑った。何度も見間違いじゃないかと文字を見直した。しかし、そこに書かれている文字が変わることはなかった。
「…じゅんし…?」
パニックで回らない頭で必死に言葉の意味を手繰り寄せる。しかし、彼が死んだということを受け入れたくなくて私はその意味を理解することを拒みたくなった。だが、視界に写った目の前の人物が現実を私に思い知らせる。私は彼を知っている。彼はクロードがとても良く面倒を見ていた部下だ。彼は唇を噛みしめながら私を見た。ローブの下の顔には、雨と共に雫が流れ落ちていた。
「隊長は…反逆者から殿下を守ろうとして…亡くなられました」
「そ、んな…」
私は立っていられず床にへたりこんだ。涙が留めなく溢れ視界がぼやける。手紙をぎゅっと胸の前に抱きしめる。誰かこれが嘘だと言ってほしかった。部下の方は悔しそうに拳を握りしめながら、雨に打たれ、ただ静かにその場に佇んでいた。しばらく、静寂の中に悲しみを押し殺す声と雨が地面を打ち付ける音だけが響き続けた。
あの後、私は部下の方に連れられて王城の一角で静かに眠る彼の遺体と対面した。花に囲まれ、棺桶に横たえられた彼の姿。そっと握りしめた彼の手の冷たさに、私は彼が還らぬ人となったことを実感する。瞳から零れ落ちた雫が、彼の手を濡らした。
「…クロードからこれを貴方にと託された。どうか受け取ってくれ」
クロードの上司である王太子殿下は自ら赴き、私に挨拶をしてくれた。クロードが自分の命を守ってくれたということを私に語り、彼に恥じぬよう王太子殿下としての務めを全うすると約束をしてくれた。クロードはとても騎士の仕事に忠実な人だった。だから、彼はきっと王太子殿下を守れたことを喜ぶことはあっても、自分が王太子殿下のせいで死んだとは思わないし、それで彼が自分を責めることは喜ばないだろう。王太子殿下はきっとそれを理解している。だから、謝るような真似はせず前向きな誓いを立ててくれたことが素直に嬉しかった。
「…これは」
王太子殿下から渡されたのは1対のイヤリングだ。片方はラピスラズリ、もう片方は翡翠でできていた。
「今日の午前中、視察に街へ出たのだが、そこでクロードが見つけたものだ。あいつは真面目なので普段は視察中に買い物などしないのだが、どうやらそれだけは諦めきれなかったらしくてな、見つけて即座に購入していた。なぜそんなに欲しがっていたのか不思議に思っていたが…なるほどな。貴方を見て納得した。それは貴方たち二人の色だったというわけか」
彼からの最後の贈り物を私は大切に抱きしめた。碧く輝くラピスラズリを見ると、自然と彼の海のように青い瞳を思い出す。せっかく落ち着いてきていた涙が再び止まらなくなった。王太子殿下は私を慰めるようにポンと肩に手を置いた後、静かに部屋を出ていった。きっと号泣する私に気を遣ってくれたのだろう。私はその厚意に甘えて思いっきり泣いたのだった。
彼の葬式は密かに執り行われた。そこでは沢山の人が彼に花を添えてくれた。その光景を見て、私は彼がどれほど沢山の人に慕われ、愛された人だったのかを知った。参列者の中には王太子殿下や彼の部下達もいた。皆、涙を流して彼との別れを惜しんだ。
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