夏のスイートピー

あしたてレナ

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風にのる花びら

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 よくじつは、しとしとと雨がふっていました。
 スイートピーはあいかわらず下をむいています。雨が花びらをつたわって、ぽとんぽとんとじめんにおちました。
 すると、また、上からこえがします。

「スイートピーさんたら、どうしたの? また元気げんきがないじゃない」
「サクラさん……わたくし、じつはきのう、をつみとられてしまったんですの……花をながくさかせるためにはひつようなことよね……。でも、それでも、もうこんなに花がかれはじめていますわ。またなつを見ることはできないかもしれない……そうしたら、たねをのこさなければいけませんわ……。それなのにをつみとられてしまったら、そうすることもできないんですのよ。わたくしはなつを見ることも、たねをのこすこともできずにかれていくんですわ……」
 スイートピーはひらひらとした花びらをふるわせながら、はなしました。

 しかしサクラは「なあんだ、そんなことでしょんぼりしていたの」とスイートピーをわらいとばします。
「まあ! どうしてわらうんですの! わたくし、しんけんなんですのよ!」
 おこったスイートピーをなだめるように、サクラはいます。
「だってスイートピーさん、そんなの、かんたんじゃない」
「かんたん?」
「ええ、さいごまであきらめなければいいだけよ。さいごにのこった花がかれるとき……そのときにたねをつくればいいじゃない」
「でも、かれた花なんて、ここにはのこしてもらえませんわ」
「だいじょうぶ。そのしんぱいはないわ。つぎのお手入れは……そうね、ずっと先よ」
 サクラはきのう人間にんげんたちがはなしていたことをおもい出しながら、スイートピーをあんしんさせるように、おだやかにはっぱをゆらしました。

 公園こうえんができたときからずっとかだんのまんなかにいるサクラは、いろいろなことをっていました。
 はるかぜにまうサクラの花びら、その下にさくいろとりどりの花ばな。
 お日さまにむかってぐんぐんとのびるヒマワリ。
 赤や黄色きいろいろづくはっぱたち。
 ゆきげしょうをしたまっしろな公園こうえん
 きせつとともにおとずれる人びとのことも、だんだんとそのかずがへっていることも。
 なつがきたら、こうじがはじまって、かだんがうめたてられてしまうことも。

「ねえスイートピーさん、あたしのはなしいてくれる?」
「ええ」
「この公園こうえんにはいろいろな人がやってくるわよね。花を見にくる人、さんぽにくる人、学校のおべんきょう……みんなもくてきはちがうけれど、そのそばにはいつだってあたしたち花がいるわ」
 ついでにサクラは「あたしは木だからスイートピーさんとはすこしちがうけれど」と、つけ足して、はなしをつづけます。
 
「花の一生はみじかいわ。ながくさくことができても、ひと月なんてゆめのまたゆめよ。でも、あたしたちの一番いちばんうつくしいしゅんかんを見るためにたくさんの人がここへやってくる。うれしそうに、しあわせそうに、たのしそうに、あたしたちをその目にうつし、ときにはしゃしんをとったり、をかいたりしてくれる。それってとってもすてきなことじゃない? いのちはあっというかもしれないけれど、花ばながここにさいていたことは、ほかのだれかがずっとおぼえていてくれるのよ」
「ええ……」
「スイートピーさん、むかいのかだんのビオラさんを見て」

 スイートピーがまえをむくと、あたまを下げたビオラが雨にうたれています。花びらもぼろぼろで、いまにもかぜにとばされてしまいそうでした。
 このビオラのいのちはながくない。それはだれが見てもわかりました。
 サクラとスイートピーのしせんに気がついたビオラは、よわよわしいこえを出しました。
「サクラさん……スイートピーさん……そんなにかなしそうなかおをしないで……。これがわたしたちのさいごよ……。わたしはうつくしく、はるをいろどったわ……。まんぞくしてる……。ねえ、三日まえに、小さな女の子がきたのをおぼえてる……? このかだんのまえで足をめたの……」
「ええ……」
「あの子はこういったわ……。このお花が一番いちばんきれいって……。わたし、とてもうれしかった……ほこらしかったわ……」

 ビオラの花びらから雨つぶがおちると、それと同時どうじに花びらもはらりとおちました。そして、おちた花びらはかぜにとばされて、どこかにってしまいました。
 それっきり、はっぱとくきだけをのこしたビオラは、なにもしゃべらなくなってしまったのでした。
 しとしととふっていた雨が、すこしだけつよくなったように、スイートピーにはかんじられました。

はるをこえて、なつを見ようとしているあなたのこころざしはすばらしいわ、スイートピーさん。だからどうかあきらめないで。さいごまでうつくしく、さいてちょうだい」
「そうですわね……ありがとう、サクラさん……」

 その日、スイートピーはサクラやビオラとはなしたことで、けついをあらたたにしました。
「わたくし、あきらめませんわ。さいごのさいごまでうつくしく花をさかせてみせる。たねをつくるのはそれからですわ」

 ♦︎♦︎♦︎

 日に日にきおんは上がり、はるの花たちはかれていきます。また一つ、また一つと、花びらがかぜにのってとんでいきました。
 スイートピーの花も、のこり一つ。かれてしまったなかまたちははっぱもくきもいろあせて、かだんにはさみしいふんいきがただよっています。あんなににぎやかだったこえもきこえません。
 しかしスイートピーは、せすじをぴんとのばしてかだんにさきつづけました。

 さいごの花がしぼみ、スイートピーはついにたねをつくりました。しわしわになった花が茶色ちゃいろくなり、花びらがちり、たねをのこしてそっとじめんにおちました。

「ああ……あとすこし、もうすこし、さいていられたら、なつを見られたのに……。ざんねんですわ……」

 スイートピーがじめんにおちるまえったことを、花のをつくりはじめたサクラだけが、いていたのでした。
 
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