花カマキリ

真船遥

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Scene 6-2

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 綺麗なマンションのリビングルーム。髪を振り乱しながら、由依はテーブルの上で股を開き、脚本家の田代は由依の股目がけて激しく腰を振っている。ソファの上でお互いの性器を舐め合って、盛り上がった二人は、我慢できず、その場で行為を始めた。望遠鏡からは、顔を紅潮させている獣のように相手を求める由依の表情がよく見える。ヤッている最中はあんな顔をするのか。パン、パン、パン、と二人の下半身をぶつけ合う肉と肉の音がこちらまで聞こえてきそうなくらい激しく、脚本家は腰を振る。俺は向かいのビルの一室から電気をつけず、望遠鏡で由依と脚本家の性行為の様子を無心で眺めていた。脚本家は挿入したまま由依を抱きかかえ、窓のほうまで由依を持ち上げ連れて行く。今度は由依を窓に押し付け、バックで犯す。綺麗な形の胸は窓に押しつけられ、漏れる吐息は窓を湿らせる。由依を羽交締めにするように、体を密着させ、耳元で何かを囁くと、由依は何度も頷く。そして、脚本家が腰を動かすスピードを上げると、由依は何かを叫びながら、細い体を何度もくねらせ、二人の動きは急に止まる。憑き物が落ちたみたいに急に顔から力の抜ける脚本家に、由依は満足そうな顔をしながら相手の唇にむしゃぶりつく。俺は窓を開けて、全裸の二人にカメラの望遠レンズを向け、ギザギザしたフォーカスリングを慎重に摘んで、ゆっくり回し、ピントを合わせる。ファインダー越しに二人の姿を克明に捉え、シャッターを切る。パシャリ。パシャリと、都会の喧騒の上でシャッター音が鳴る。窓から入ってくるぬるい風が、俺の体を温める。部屋の中は都会のホコリくさい匂いで満たされていく。シャッター音が鳴るたび、俺の脳にある罪悪感が麻痺し、単純作業のように単調にシャッターボタンを押す。二人はソファで汗だくのまま、体を寄せ合って語り合い、由依を片手で抱き寄せる脚本家の腕は彼女の細い肩のせいで、一層逞しく見えた。由依は脚本家の顔をうっとりと眺め、汗で濡れてテカる筋肉をいじらしく撫でている。今日の撮影を終えてから俺は別れるふりをして二人の様子をずっと追っていた。俺は彼女らの密会の様子を何枚もカメラに収めた。懐石料理屋に腕を組みながら入っていく姿、食事を済まし物陰に隠れて何度もキスをする二人、タクシーを拾い別々の場所で降り、時間差でマンションに入り、玄関で脚本家を出迎える由依の笑顔。そして、あの激しいセックスの様子。汗を流しに行くのか、ソファから立ち上がり、浴室に向かって恋人みたいな雰囲気で体を寄せ合い歩いていく。撮りたいものは撮れた。俺は機材を片付け、写真を現像しに暗室に向かった。
 俺はフリーランスのカメラマンに借りた暗室に機材を持ち込み、換気扇を入れ、室内の温度が一定になるのを待ちながら、現像のために必要な薬品や装置の準備を始めた。現像方法を覚えるのは大して難しくない、こだわなければ簡単だ。準備が終わると、ゴム手袋をして、トレイに薬品を注ぐ。現像液に反射した俺と目が合うと、カバンからネガフィルムを取り出し、フィルムをネガキャリアにセットし、入念にブロワーでホコリを取り除く。部屋の明かりを消し、赤いフロアランプを頼りに、ネガキャリアを引き伸ばし機にセットする。これに光を照射すると、まっさらな厚紙にネガの情報が投影される。一定時間投影した現像紙を現像液に浸す。ピンセットで紙をつまみ、赤く透明に波打つ水面の下で揺らすと、由依と脚本家の二人の姿が浮かび上がる。定着液、停止液の順に現像紙を浸していく。薬品の匂いが立ち込める暗室の中、二人の姿が浮かび上がっていくたびに、俺の中に充実感が湧き起こってくる。
 水洗し、乾燥させた写真の出来を一枚一枚ピンセットで掲げて確認し、
「由依、大丈夫、君のことは俺が守ってあげる」と写真の端からこぼれる蛍光灯の光に、目を細めながら、俺やあの青年にはきっと向けない顔をしている写真の由依に向かって呟くように話しかけた。
 これから俺が成す事は、君が寝た男にも、あの青年にもきっと出来やしないさ。どうやら自分に価値を感じなくなった人間は生きる意味を失い、自殺してしまうらしい。俺はこれから起こることを想像すると、自分の行為に大きな価値があると信じているからなのか、頭の中では歓喜の歌が鳴り響くよ。
 作業が終わり、写真の中の綺麗な彼女を気の済むまで眺めた後、俺は、由依への愛と自身の生の実感が、仕事終わりの達成感によって研ぎ澄まされていく感覚に身を委ねながら、恍惚とした気分で、その場に大の字で仰向けになり、由依が演技をしている姿を瞼の裏で夢想した。室内灯が瞼の隙間に闖入し、網膜には光に包まれた彼女の姿が鮮明に刻まれる。俺はとてもいい気分だった。
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