花カマキリ

真船遥

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Scene 7-2

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 事務所を出た俺は由依が滞在しているホテルに向かう道すがら、とある出版社に寄り道をした。俺は迷いなくゴシップ記事を書いている芸能関連の部署に辿り着き、由依の記事を書いた編集者のデスクの前に立った。
「ああ、加賀美事務所のマネージャーさん、この件はどうも」
 俺はこの編集者に由依が密会している写真を売った。椅子に浅く座っているせいで、弛んだ二重顎が首元に重くのしかかっている。男はこの記事が自分の手柄だと思っているのか、満足そうに咥えタバコをしながら、自分で書いた記事を読んでいる。
 灰皿にタバコの先端を擦り付けながら、これで大分ウチの部署も稼がせてもらえるよ、と俺を見上げながら言う。ガタガタの歯並びは茶色く濁っている。
「約束のものは」と俺が訊くと、引き出しを開けて、分厚く太った封筒をデスクに置く。俺はその封筒を受け取り、中身を確認する。十枚の一万円札が十束。百万円だ。
「随分多いな」
「前金だよ。今後も仲良くさせていただきましょうってことで」
 由依の情報だけじゃなくて、他の事務所の有名な芸能人とウチの事務所の俳優や女優と熱愛関係があれば、教えてやってもいいと仄めかしたのが効いたのか、気前がいい。居酒屋でこの男の愚痴を聞いてやったが、入社してから自分が書いた記事が鳴かず飛ばずで、仕事に嫌気がさしていたらしい。バブルが弾ける前に有名大学を出て期待の新人と持て囃されて大手出版社の花形部署に配属されたは良いものの、ほとんど役立たずで二、三年でこの部署に左遷されたらしい。学歴と仕事内容が合っていないことへの不満と自尊心を突いてやれば簡単に操れた。物分かりは良いが、大したことないくせに、プライドだけは高いやつは行動が読めやすいから扱いやすい。由依の熱愛報道で世間が賑わっていることに初めて仕事での承認欲求が満たされたのだろう。封筒の重みでよくわかる。
「ええ、こちらこそ」
 金はあるだけ身動きが取りやすくなる、と思いながらカバンに金をしまって、「私は渦中の人を迎えに行かなければならないので」と挨拶をして退室しようとすると、ある男と目が合った。俺に暗室を貸してくれた男だ。この編集部によく出入りする俺に付き纏うようになった森田という男だ。カメラを手入れしている森田は、俺の顔を見るや否や、パシャリと俺の顔を撮った。俺が不愉快な顔をして近づくと、良い顔してるよ、あんた、と俺に話しかけた。俺はこの男の真意が読めない。俺は思い出したように、カバンから暗室の鍵をそいつに手渡した。
「よく撮れてたじゃないか。やっぱりあんたセンスがあるよ。一眼見てわかったんだ。こいつは良い写真を撮るって」森田は俺の写真を誉めた。こいつは芸能人のゴシップ写真ばっか撮っているくせに、何にでも芸術性を求める芸術家気取りの奇妙なやつだ。森田は片目を閉じながら俺が撮った写真を何度も距離や角度を変えて鑑賞している。
「そんなに良く撮れているのか?」
「ああよく撮れている。はじめてにしては、だがな。現像の仕方も綺麗だ。筋が良い。カメラマンの底辺みたいな仕事をしていて、こんなにセンスのいい奴と出会えるとは思わなかった」
「そんなにセンスのいい奴と仕事がしたいなら、普通のカメラマンの仕事をしろよ。紹介してやろうか?」
「別にセンスのいい奴と仕事したい訳じゃないんだ、それに俺はこの仕事を気に入っている」
「どうして?」
「あんたは芸術の価値ってなんだと思う?」
「美しさとか?」
「あんたらしい、端的な答えだ。いい線いっているが、そうじゃない。俺が考える芸術の価値ってのは、作品にどれだけの人間の目が釘付けにされて、金が落とされたかだ。美しいものには皆目を奪われるだろ?、そういったものには誰かが値段をつけて皆がお金を払う。また、誰かが値段をつけたものにも目を奪われるだろ、ピカソの絵とか。でも考えてみろよ、ピカソの絵なんて誰かが大金叩いて手に入れようとしなけりゃ、どう考えても大抵の人間にはラクガキだろ。俺は審美眼には自信はあるが、あんなの見てもなんも感動しないぜ。どっかの画商が良いって言い始めて、後から専門家が強引に芸術的価値を引き出したんだよ。結局、人が意図的に創り上げた物の芸術的価値なんて、作品の値段で決まる退屈なもんさ。そう考えると、ゴシップ写真って、最高の芸術だと思わないか。皆が目を奪われる。本当は、貧困とか、家庭内暴力とか、いじめとか、そういった問題に目を向けなくちゃいけないのに、リーマンショック後の失業問題そっちのけで、玉城由依の写真に世間は注目している。週刊誌買う金我慢して、いつもよりいい飯食えばいいのに、皆がお金を落とすんだぜ、あんたみたいなド素人の写真に。悪い悪い。別にあんたの写真を貶してるんじゃないだ。でもプロではないわけだろ。それでもあんたの写真を見るんだぜ。日本の将来について、偉そうに国会で語っている政治家連中だって、あんたの写真に目を奪われているんだ。俺も権力と金を使って、なんとか、こんないい女と寝れねえかなとか考えてチンコ擦りながら。まあ、作品なんて、目に留まらなければ、値段なんてつきやしない。皆が見るから値段がつくんだ。俺は自分のセンスに絶対的な自信があるが、皆が俺の作品に釘付けになって、誰かが値段をつけてくれない限り、それを証明できない。俺が、最高のタイミング、最高の構図で撮った写真を皆が見て、金を払うんだ。芸術家としてこんなに気持ちが良いことはないだろう。何より稼げるしな。ゴッホみたいに芸術に生きて、芸術に死ぬなんて人生はゴメンさ」
「芸能界の人気と異質さにあやかってるだけで、お前の言っていることは負け惜しみにしか聞こえないが」
「確かに今は負け惜しみに聞こえるだろうが、だがな、いつか俺が撮ったゴシップ写真を集めた個展を開いた時、俺の写真にとんでもない金額をつけるやつが現れだろうぜ。その時は、俺とあんたで、その金使って、綺麗な女といい酒を大量に集めてパーティしようぜ。きっと最高の夜になるよ」
「お前が成功するかどうかは知らないが、なんでそこに俺がいるんだよ」
「鈍いやつだな。つまり、あんたと本格的に組みたいってことさ。あんたが、芸能人のゴシップ情報を俺に流す。そして、俺がその情報を元に、現場を抑える。俺もそれなりに情報を集めて、張り込んだりするんだけど、当てがよく外れて、結構しんどいんだよ。真冬や、これからの時期なんて最悪さ。別にネタはなんでもいい、不倫でも、クスリでも、DVでも、少年少女趣味でも。強いて言うなら、有名な奴のゴシップが良いな、そっちの方が皆が注目する。分前は俺が6、あんたが4。どうだ?一緒に最高の芸術作品を創らないか?」
 こいつと話していると、錆びついた鉄を舐めるような、ざらざらとした嫌悪感をいつも感じる。昔のことを思い出して恥ずかしくなり、必死に記憶から抹消したくなるような気分だ。俺には自分の信じている芸術性なんて殊勝な考えは持ち合わせていないが、こいつの物事の価値基準についての考え方は理解できる。こいつにとって、物事の価値ってものは相対評価だ。皆が欲しがるものを欲し、皆が入りたがる企業や大学に入る。こいつを見ていると、ついこの前までの俺を見ているみたいなんだ。自分の頭で何も考えずに、周りが持っているものを買って、周りが聴いている音楽を聴き、周りが行きたがる所に旅行する。みんなが入りたがる大学や企業を取り敢えず目指して、世間の目を気にして周りにいる好きでもないそこそこの女と雰囲気に流されるまま付き合って性欲を満たす。俺はそんな生き方にずっと違和感を感じていた。そして、誰もが俺みたいに思考停止で生きているくせに、偉そうにベラベラ話すやつが気持ち悪くてしょうがなかったんだ。こいつを見ていると、その頃の俺を思い出すんだ。
 男は名刺サイズの二枚の厚紙を俺に手渡してきた。名刺にはゴシップ専門の出版社の編集者の名前が記されている。
「忠告しておくが、玉城由依のマネージャーならこの出版社には出入りしないほうがいい。草刈とか言う刑事がよく出入りしている。俺も玉城由依の交際関係について、あれこれ聞かれた」
 男の転落死から由依の周りで次々と人が死んでいくことを探りあてたのはこの出版社が原因なのか。
「お前はこの刑事とは仲がいいのか?」
「あんたの仲が良いって言う言葉が、どこまでのことを指しているのかはわからないが仕事上良くつるんでいる。俺が仕事をする上で、小さな違反行為に目を瞑ってもらったり、法の抜け穴を教えてもらう代わりに、探偵業のような仕事を肩代わりしている」
「それならこの刑事の連絡先を知っているな?」
「ああ、プライベートと仕事用、どちらも知っているが」
 思わぬ収穫だ、これで計画は実行段階まで来た。それにあの草刈とか言う刑事がどんな手段を使って由依を追い詰めに来るか分からないことを踏まえると、まだ三週間近くの猶予はあるつもりではいるが、計画が前倒しになるなら、行動を早めたほうがいい。
「良いだろう。お前と組むよ。その草刈とか言う刑事の連絡先を教えて欲しい」
 森田は、手帳の空白のページを破って、草刈の電話番号を書いた。森田は刑事の連絡先を俺が知りたがる理由について聞いて来ない。俺は森田から草刈の連絡先が書かれた紙を受け取り、出版社を出て、駐車場に向かった。そして、俺の車の後部座席に座っている女に、電話番号が書かれた紙を手渡した。
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