19 / 36
Scene 9-3
しおりを挟む
休日の吉祥寺は殷賑としていた。たまに、ふらっとやってくるが、やっぱり武蔵野市は良い。地域に根付いた老舗の店々に若者たちが入っていく。幅広い世代の建物や人々が混淆している街の景観が、僕の好奇心をくすぐる。地元の人間に愛されたバーや居酒屋に入っていく上京したばかりの若者達を見ると、若者がこの街に根付くまでの過程を頭の中で思い浮かべる。居酒屋で出会った大人に、近辺の有名なお店や名所を聞いて、古参になった頃には、就職を機に、また別の街に引っ越しを決め、ノスタルジックな気持ちでこの街を去っていくのだろうか。
店長夫婦は、四十回目の結婚記念日を祝して、今日は近場に出かけている。プライベートな行事とは言え、一日しか喫茶店を閉めないのだから、二人にとってあの喫茶店は特別なのだろう。今日は玉城さんと、日頃の感謝と結婚四十周年を記念して、二人へのプレゼントを買いに来ていた。彼女は給料をもらった時、そのお金で二人への贈り物を買うと、決めたみたいだ。深くキャップを被り、メガネとマスクをしている僕の横にいる彼女を見て、すれ違う人が、たまに彼女の方を振り向いてヒソヒソ話をしているが、まだ、完全にバレている気配はない。いつも背の高さを強調するような、ヒールや服を着ているが、今日は、スニーカーに薄地の可愛らしいフランネルの長袖シャツを着て、黒のパンツを履いている。一般人のふりをしても雰囲気がありすぎる気もするが。そんな、別世界の住人の彼女のはずなのに、井の頭公園を二人で歩いていると、まるでデートしているみたいに錯覚してしまう。僕は、横でのんびり井の頭公園の自然を眺めている彼女の手をとる勇気もなく、あの時、キスをしたのは単に自分のことを揶揄っていただけなのだろうか、と頭をよぎる。この一ヶ月で、彼女とは良くも悪くも、仲良くなった。以前は、慎重な会話を心がけていたが、今は、仲の良いクラスメートと話しているような間柄になったものの、バイトの先輩後輩のよそよそしさを拭いきれないでいた。初めて話したあの日から、親しさに反比例するように距離は遠くなっていく。池の噴水に現れては消えていく水面の波紋のように、ささやかな期待が僕の心情をゆらめかせ、大きな諦念に吸収されていくような気分だ。僕の知らない有名なケーキ屋に迷いなく入ったり、デパートのワインコーナーで名前も知らない高いワインを贈り物として買っていく彼女の姿をみると、余計に一歩を踏み出す勇気が阻害された。
夕飯に招かれていた僕たちは、店長たちの家に向かう前に、僕の家で、東京の猛暑にやられた体を冷房で冷まし、二人の帰りを待ちながら、今度はどこに行こうかなどと、話し合ってから、プレゼント片手に、二人で店長たちの反応を予想しながら、喫茶店に向かった。足取りは、あんなに歩き回って疲れ切っているはずなのに、異様に軽く、そよ風がふわりと、僕の足を持ち上げてくれた。喫茶店の裏口のインターホンを鳴らすと、二人は僕たちを出迎え、二階の食卓で夕食を準備している二人に、「これは私たちから店長たちへのささやかなお祝いです。おめでとうございます」と言って、玉城さんはプレゼントを手渡した。
香代子さんはプレゼントを受け取り、居間に戻ると中からワインを取り出して、
「嬉しいありがとう、そんな気をつかわなくていいのに」とテーブルの上に音を立てず、卵を針の上に置くようにプレゼントのワインを置き、ケーキは冷蔵庫の取り出しやすい位置に閉まった。
「ねえ綺麗なワイングラスあったかしら」
「ああ、とってくるよ」
「僕が用意しますよ。四人分でいいですか?」
「グラスは私が取りに行くから、トシは下でワインクーラーに製氷器の氷を詰めてくれないか?」
僕がワインクーラーに氷を詰めて、二階の食卓に戻ってくると、香代子さんが用意した豪勢な夕食がすでに配膳されていた。三人は僕のことを待ちながら、にこやかに談笑している。店長たちと気兼ねなく話している玉城さんは、芸能人には見えず、とても親しみやすい普通の女の子に見えた。食事中、玉城さんは店長たちの馴れ初めから今日至るまでの話を上手く引き出す。酔いが回った二人は僕が今まで聞いたことないざっくばらんな話をする。この何気ない日常のような風景が僕にはとても新鮮で、三人のまた新しい一面を見た気がした。そして、勿体ぶったように、店長が僕に真面目な話を切り出した。
「トシ、そういえば、この前、私が言ったこと考えてくれたか?」
店長が言っているのは、店長が僕にもう一度、大学に通う支援をしてくれると言う話だ。僕はそこまで、迷惑をかけるわけにはいかないので断り続けている。
「前も言いましたけど、そこまで迷惑をかけるわけには」
「君が、親友の安倍君の息子さんだから言っているわけじゃないんだ。私たちがそうしたいから、提案しているだけなんだ。お金の心配をしているなら、気にしなくてもいい。君のことは息子のように思っているし、これから厳しい時代が続くんだ、大学くらい出た方が良い。別に学業に励めと言っているわけじゃないんだ。君は若く、前途も有望だ、選択肢は広げた方がいいし、いろんな事を経験した方がいい。それに、接客しているとき、大学生のお客さんを羨ましそうに見てる君を見るのが、何より僕たちは苦しい」
「そんな風に見てないですよ。僕は今の生活に満足していますよ。それに店長たちが思うほど、僕なんて大したことないですよ」と僕ははぐらかした。
「トシ、はぐらかさずに聞いてくれ。君のお父さんも、一人でなんでも背負い込むところがあったが、君はもっと人に頼って良いんだ。僕たちに君のことを応援させてくれ。お店のことを心配しているなら、大丈夫だ。元々二人で切り盛りしていたくらいなんだ。良いかい、しっかり重く受け止めて欲しい。来月にまた同じことを聞くよ」
「わかりました」
少し暗くなった食卓の雰囲気を打ち消すように、パン、と香代子さんが手を叩き、そうだ、と言って、玉城さんを別室へ連れて行った。僕と店長は、話題を切り替え、十分くらい二人で父さんの昔話をしていると、香代子さんに連れられて玉城さんが燃えるような紅芙蓉がプリントされた濃紺の浴衣姿でやってきた。怜悧に細く伸びる白い首筋、陶器のような白い肌と血液のような紅い唇、丸みを帯びた綺麗な額、そして、物憂げな大きく綺麗な瞳。浴衣姿の玉城さんは、薄暗い扉の前で水彩画のように儚くひっそりと佇んでいた。そして照れながら、口元を隠して笑う。香代子さんが、僕のことを見て、
「今日、近くで花火大会があるのよ、二人で行ってきたら」と僕たちに提案してきた。
「行こうよ」と玉城さんが僕のことを誘うと、「でも、有名人がお祭りなんか行ったら、大変なことになるんじゃないかなあ」と照れているのを隠すように、言い訳がつい出た。
「香代子さんに聞いたの。人のいない穴場スポットがあるって」と玉城さんは、僕の手をとって、外に連れ出した。
香代子さんに教えてもらった、街が一望できる丘の上は、木と街灯があるだけの、誰もいないとてもひっそりした場所で、僕たちは夕闇に黒く上塗りされた眼下に広がるカラフルな屋根屋根を眺め、二人でベンチに腰掛けて真下の賑やかな祭り囃子を聞きながら、花火が打ち上がるのを今か今かと待ち侘びていた。涼しい風がサラリと吹くと、髪を纏めて顕になった頸から、香水の良い匂いがこちらまで漂ってくる。気の利いた言葉を探していると、玉城さんは、涼しげな口元から、いつもの透き通った声で、
「こんな風に、浴衣着てデートしてみたかったんだ」と両手で団扇を祈るように握りしめ、僕に話しかけた。
「そうなの?」
「女優になってから、もうプライベートなんてほっとんどなかったから。こういう風に普通に出かけるのが憧れだったの」
「そうなんだ」
玉城さんは、立ち上がり手すりの方まで駆け寄り、公園の祭りの様子を眺めて、「良いなあ。久々に、屋台の焼きそば食べたいなあ」と屋台の列を羨んでいた。
大きな風が吹くと、祭囃子をかき消すように草木がざわめく。玉城さんは風で舞い上がる砂塵を顔から守るように扇子を掲げた。そして、風が止むと、花火が上がった。目を輝かせて花火を見ている彼女の顔を見て、僕は何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
全ての花火が打ち上がり、帰路の途中、玉城さんに、「ちょっとだけ待ってて」と言って、公園に走って向かった。一人、柳の下で待っている玉城さんに、息咳切りながら、ビニール袋に入れられたものを持っていくと、予想以上に喜んでいた。
虫の音がよく聞こえる僕の部屋で、子供の頃を思い出しながら二人で冷めた焼きそばを特別な料理のように食べていると、玉城さんは、僕の口に青海苔がついているのに気が付き、僕の唇についている青海苔をを親指で拭うようにとって、自分の親指を唇で舐めた。僕は、小学生みたいに夢中で焼きそばを食べていたことに気が付き、あまりの恥ずかしさに、テーブルの隅を見つめていると、玉城さんは、青海苔のついていたところを噛むように唇を当て、ペロリ、と舌の先で舐めた。僕の口元は、ひんやりと濡れ、今度は僕の方から、彼女の唇を奪いにいくと、全ての音が急に止んで、世界に二人しかいなくなったみたいになる。唇を重ねたまま、僕は、とうとう、彼女の浴衣の襟を掴み、じっくり、丁寧に、浴衣を脱がそうとすると、僕の手首は思い切り掴まれた。我に返ったように、彼女の目を見つめると、玉城さんは真剣な眼差しで僕のことを見ていた。
「ごめん、そうだよね。急にこんなことしたら気持ち悪いよね」と目を逸らして、良心の呵責や自責の念、さまざまな感情が一気に噴き出してきて、自分がやろうとしていたことの愚かさを悔いた。
「違うの、よく聞いて。真剣な話なの」といつになく、落ち着いた声色で僕を諭すように言った。僕はもう一度彼女の真剣な眼差しを受け止めると、家の明かりが一度だけ点滅した。
「話したいことがあるの。私がこれから言うこと信じられないって思うかもしれないけど、ちゃんと聞いて欲しい」と彼女は何かを打ち明けようとしていた。
店長夫婦は、四十回目の結婚記念日を祝して、今日は近場に出かけている。プライベートな行事とは言え、一日しか喫茶店を閉めないのだから、二人にとってあの喫茶店は特別なのだろう。今日は玉城さんと、日頃の感謝と結婚四十周年を記念して、二人へのプレゼントを買いに来ていた。彼女は給料をもらった時、そのお金で二人への贈り物を買うと、決めたみたいだ。深くキャップを被り、メガネとマスクをしている僕の横にいる彼女を見て、すれ違う人が、たまに彼女の方を振り向いてヒソヒソ話をしているが、まだ、完全にバレている気配はない。いつも背の高さを強調するような、ヒールや服を着ているが、今日は、スニーカーに薄地の可愛らしいフランネルの長袖シャツを着て、黒のパンツを履いている。一般人のふりをしても雰囲気がありすぎる気もするが。そんな、別世界の住人の彼女のはずなのに、井の頭公園を二人で歩いていると、まるでデートしているみたいに錯覚してしまう。僕は、横でのんびり井の頭公園の自然を眺めている彼女の手をとる勇気もなく、あの時、キスをしたのは単に自分のことを揶揄っていただけなのだろうか、と頭をよぎる。この一ヶ月で、彼女とは良くも悪くも、仲良くなった。以前は、慎重な会話を心がけていたが、今は、仲の良いクラスメートと話しているような間柄になったものの、バイトの先輩後輩のよそよそしさを拭いきれないでいた。初めて話したあの日から、親しさに反比例するように距離は遠くなっていく。池の噴水に現れては消えていく水面の波紋のように、ささやかな期待が僕の心情をゆらめかせ、大きな諦念に吸収されていくような気分だ。僕の知らない有名なケーキ屋に迷いなく入ったり、デパートのワインコーナーで名前も知らない高いワインを贈り物として買っていく彼女の姿をみると、余計に一歩を踏み出す勇気が阻害された。
夕飯に招かれていた僕たちは、店長たちの家に向かう前に、僕の家で、東京の猛暑にやられた体を冷房で冷まし、二人の帰りを待ちながら、今度はどこに行こうかなどと、話し合ってから、プレゼント片手に、二人で店長たちの反応を予想しながら、喫茶店に向かった。足取りは、あんなに歩き回って疲れ切っているはずなのに、異様に軽く、そよ風がふわりと、僕の足を持ち上げてくれた。喫茶店の裏口のインターホンを鳴らすと、二人は僕たちを出迎え、二階の食卓で夕食を準備している二人に、「これは私たちから店長たちへのささやかなお祝いです。おめでとうございます」と言って、玉城さんはプレゼントを手渡した。
香代子さんはプレゼントを受け取り、居間に戻ると中からワインを取り出して、
「嬉しいありがとう、そんな気をつかわなくていいのに」とテーブルの上に音を立てず、卵を針の上に置くようにプレゼントのワインを置き、ケーキは冷蔵庫の取り出しやすい位置に閉まった。
「ねえ綺麗なワイングラスあったかしら」
「ああ、とってくるよ」
「僕が用意しますよ。四人分でいいですか?」
「グラスは私が取りに行くから、トシは下でワインクーラーに製氷器の氷を詰めてくれないか?」
僕がワインクーラーに氷を詰めて、二階の食卓に戻ってくると、香代子さんが用意した豪勢な夕食がすでに配膳されていた。三人は僕のことを待ちながら、にこやかに談笑している。店長たちと気兼ねなく話している玉城さんは、芸能人には見えず、とても親しみやすい普通の女の子に見えた。食事中、玉城さんは店長たちの馴れ初めから今日至るまでの話を上手く引き出す。酔いが回った二人は僕が今まで聞いたことないざっくばらんな話をする。この何気ない日常のような風景が僕にはとても新鮮で、三人のまた新しい一面を見た気がした。そして、勿体ぶったように、店長が僕に真面目な話を切り出した。
「トシ、そういえば、この前、私が言ったこと考えてくれたか?」
店長が言っているのは、店長が僕にもう一度、大学に通う支援をしてくれると言う話だ。僕はそこまで、迷惑をかけるわけにはいかないので断り続けている。
「前も言いましたけど、そこまで迷惑をかけるわけには」
「君が、親友の安倍君の息子さんだから言っているわけじゃないんだ。私たちがそうしたいから、提案しているだけなんだ。お金の心配をしているなら、気にしなくてもいい。君のことは息子のように思っているし、これから厳しい時代が続くんだ、大学くらい出た方が良い。別に学業に励めと言っているわけじゃないんだ。君は若く、前途も有望だ、選択肢は広げた方がいいし、いろんな事を経験した方がいい。それに、接客しているとき、大学生のお客さんを羨ましそうに見てる君を見るのが、何より僕たちは苦しい」
「そんな風に見てないですよ。僕は今の生活に満足していますよ。それに店長たちが思うほど、僕なんて大したことないですよ」と僕ははぐらかした。
「トシ、はぐらかさずに聞いてくれ。君のお父さんも、一人でなんでも背負い込むところがあったが、君はもっと人に頼って良いんだ。僕たちに君のことを応援させてくれ。お店のことを心配しているなら、大丈夫だ。元々二人で切り盛りしていたくらいなんだ。良いかい、しっかり重く受け止めて欲しい。来月にまた同じことを聞くよ」
「わかりました」
少し暗くなった食卓の雰囲気を打ち消すように、パン、と香代子さんが手を叩き、そうだ、と言って、玉城さんを別室へ連れて行った。僕と店長は、話題を切り替え、十分くらい二人で父さんの昔話をしていると、香代子さんに連れられて玉城さんが燃えるような紅芙蓉がプリントされた濃紺の浴衣姿でやってきた。怜悧に細く伸びる白い首筋、陶器のような白い肌と血液のような紅い唇、丸みを帯びた綺麗な額、そして、物憂げな大きく綺麗な瞳。浴衣姿の玉城さんは、薄暗い扉の前で水彩画のように儚くひっそりと佇んでいた。そして照れながら、口元を隠して笑う。香代子さんが、僕のことを見て、
「今日、近くで花火大会があるのよ、二人で行ってきたら」と僕たちに提案してきた。
「行こうよ」と玉城さんが僕のことを誘うと、「でも、有名人がお祭りなんか行ったら、大変なことになるんじゃないかなあ」と照れているのを隠すように、言い訳がつい出た。
「香代子さんに聞いたの。人のいない穴場スポットがあるって」と玉城さんは、僕の手をとって、外に連れ出した。
香代子さんに教えてもらった、街が一望できる丘の上は、木と街灯があるだけの、誰もいないとてもひっそりした場所で、僕たちは夕闇に黒く上塗りされた眼下に広がるカラフルな屋根屋根を眺め、二人でベンチに腰掛けて真下の賑やかな祭り囃子を聞きながら、花火が打ち上がるのを今か今かと待ち侘びていた。涼しい風がサラリと吹くと、髪を纏めて顕になった頸から、香水の良い匂いがこちらまで漂ってくる。気の利いた言葉を探していると、玉城さんは、涼しげな口元から、いつもの透き通った声で、
「こんな風に、浴衣着てデートしてみたかったんだ」と両手で団扇を祈るように握りしめ、僕に話しかけた。
「そうなの?」
「女優になってから、もうプライベートなんてほっとんどなかったから。こういう風に普通に出かけるのが憧れだったの」
「そうなんだ」
玉城さんは、立ち上がり手すりの方まで駆け寄り、公園の祭りの様子を眺めて、「良いなあ。久々に、屋台の焼きそば食べたいなあ」と屋台の列を羨んでいた。
大きな風が吹くと、祭囃子をかき消すように草木がざわめく。玉城さんは風で舞い上がる砂塵を顔から守るように扇子を掲げた。そして、風が止むと、花火が上がった。目を輝かせて花火を見ている彼女の顔を見て、僕は何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
全ての花火が打ち上がり、帰路の途中、玉城さんに、「ちょっとだけ待ってて」と言って、公園に走って向かった。一人、柳の下で待っている玉城さんに、息咳切りながら、ビニール袋に入れられたものを持っていくと、予想以上に喜んでいた。
虫の音がよく聞こえる僕の部屋で、子供の頃を思い出しながら二人で冷めた焼きそばを特別な料理のように食べていると、玉城さんは、僕の口に青海苔がついているのに気が付き、僕の唇についている青海苔をを親指で拭うようにとって、自分の親指を唇で舐めた。僕は、小学生みたいに夢中で焼きそばを食べていたことに気が付き、あまりの恥ずかしさに、テーブルの隅を見つめていると、玉城さんは、青海苔のついていたところを噛むように唇を当て、ペロリ、と舌の先で舐めた。僕の口元は、ひんやりと濡れ、今度は僕の方から、彼女の唇を奪いにいくと、全ての音が急に止んで、世界に二人しかいなくなったみたいになる。唇を重ねたまま、僕は、とうとう、彼女の浴衣の襟を掴み、じっくり、丁寧に、浴衣を脱がそうとすると、僕の手首は思い切り掴まれた。我に返ったように、彼女の目を見つめると、玉城さんは真剣な眼差しで僕のことを見ていた。
「ごめん、そうだよね。急にこんなことしたら気持ち悪いよね」と目を逸らして、良心の呵責や自責の念、さまざまな感情が一気に噴き出してきて、自分がやろうとしていたことの愚かさを悔いた。
「違うの、よく聞いて。真剣な話なの」といつになく、落ち着いた声色で僕を諭すように言った。僕はもう一度彼女の真剣な眼差しを受け止めると、家の明かりが一度だけ点滅した。
「話したいことがあるの。私がこれから言うこと信じられないって思うかもしれないけど、ちゃんと聞いて欲しい」と彼女は何かを打ち明けようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる