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第二章
1話 帰還
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王都にも秋が訪れ、街路樹の葉が紅く染まり始めたころ――
アメリアを乗せた馬車は、長い旅路を経て、ゆっくりと城門をくぐった。
復路は、安全な道を選んだため、往路よりもずっと時間がかかった。
それでも車輪の揺れが穏やかだったぶん、アメリアはその揺れの中で、過ぎた日々を何度も思い返していた。
馬車を降りた瞬間、涼やかな風が頬を撫でる。
乾いた土と落葉の香り――その匂いに、ようやく戻ってきたのだと実感した。
「アメリア様! よくご無事で……!」
声を張り上げて駆け寄ってきたのは、侍女頭のローラだった。
まるで戦地から帰った者を迎えるように、彼女の目には涙が滲んでいる。
「ただいま、ローラ。」
「さあ、王がお待ちでございます。すぐにご準備を。」
侍従たちが群がる前に、アメリアは後ろを振り返った。
「ヴァルク、ご苦労様でした。また後ほどお会いしましょう。」
「はい。殿下も長旅でお疲れでしょう。どうかご無理のないように。」
“殿下”――。
まるで一線を引くようなその言葉に、アメリアはわずかに悲しげな表情を見せた。
ヴァルクは困ったように眉を下げる。
「では……のちほど。」
王との謁見のため、アメリアはすぐに侍女たちに身支度を整えられた。
コルセットを締められ、華やかなレースのドレスに着替えると、身体まで重く感じる。
――婚約の儀を執り行うのは、いつになるのだろう。
王都に戻るまでのあいだ、ヴァルクとゆっくり話す機会はなかった。
結局、自分の中にある不安は、自分で抱えていくしかないのだ。
***
玉座の間に足を踏み入れた瞬間、アメリアは思わず息を呑んだ。
天井高く掲げられた王国の旗が秋風に揺らめき、金糸の刺繍が燦然と光を返している。
そこに立つ王は、威厳と同時に、どこか柔らかな笑みを浮かべていた。
「アメリアよ、よくぞ戻った。」
その声は堂々としていながらも、父の温かさを帯びていた。
アメリアは玉座から離れたところに膝をつくヴァルクの隣に歩み寄り、王に向き直って深くお辞儀をした。
「はい、陛下。ご心配をおかけいたしました。」
「聞き及んでおるぞ。そなたのおかげで、ノルディアはこれからロキアで最も豊かな地となるだろう。」
「すべてはストーン伯爵の指揮あってのことです。」
アメリアは横に立つ彼へと視線を向ける。
ヴァルクは静かに一礼した。
「功はノルディアの民と、アメリア殿下の采配によるものです。」
「うむ、そうであろう。王女の危険も顧みない働きで、山崩れでも誰ひとり怪我人を出さずに済んだと聞いている。
時にストーン伯爵、鉱山はノルディアのものではあるが、国も多くの支援を行っている事業だということはわかっておるな。」
「……無論でございます。」
「そうか、なら良い。その話はまたにしよう。
それよりアメリア、今日はゆっくり休みなさい。
七日後に婚約の儀を執り行うから、準備で忙しくなると思うが……明日にはノルディアでの出来事を聞かせてくれ。」
「ええ、お父様。」
***
謁見後、アメリアはヴァルクに声をかけた。
「ねえ、ヴァルク。……もしかして王に、権利の一部をお譲りするつもりなの?」
「……そのつもりです。
あれだけの財産をノルディアだけのものにすると、後々争いは避けられません。
一部は国に帰属させる方が良いでしょう。」
「……そう。」
「ご不満ですか? 王族であるあなたにとっては、その方が都合が良いでしょう。」
ノルディアにもたらされた恩恵が、どう国へと配分されたのかは、正直わからない。
だけど、ヴァルクの性格なら――きっと前世でも、同じように分け与えたのだろう。
「いえ。あなたが納得しているなら、それでいいのです。
……それより、七日後に婚約の儀があるようですが、いつお話出来ますか?」
「……実は、すぐ王都を離れないといけなくなった。
悪いが、戻ってくるのが前日になりそうだ。」
「ええっ! それじゃあ、今お伝えしますわ。」
「いや……ギリギリになるが、戻ってくるまで待っていてくれ。」
「……あなた、ずっと話をするのを避けてたわよね?
まさかこんなギリギリになってまで、まだ逃げるつもり?」
ヴァルクが結婚するか考えてくれと言ってから、まともに話す時間を取れていない。
最初は忙しいからだと思っていた。
けれど、今の彼の表情を見て――それが“逃げ”だったのだと気づく。
その振る舞いに怒りすら覚え、アメリアはもう逃がすつもりはなかった。
「いや、決してそのつもりは……」
「私は!!」
アメリアはヴァルクの言葉を遮って叫んだ。
「ヴァルク・ストーン伯爵と結婚いたします。」
「あなたの過去の罪も、苦しみも、消えるわけでも、無くなるわけでもありません。
それでも――ともに生きましょう。」
「……本当に、言ってるのか?」
ヴァルクが胸を押さえて問いかける。
ほんのり耳が赤い彼を見て、愛おしいと思う気持ちは、やっぱり変わらなかった。
「ええ。その代わり――」
「団長!! すぐに出ないと間に合いませんよ!!」
鋭い声が響いた。
見ると、ライオネル・テリーが武装姿で立っていた。
「わかっている!
……すまない、アメリア。本当にもう行かなければ。
帰ってきたら、もう一度話そう。」
「……わかりました。気をつけて。」
ずっと近づけずにいた距離を、ほんの少しだけ縮める。
肩に手を置き、背伸びをして――そっと、彼の頬に口づけた。
もう、彼は避けることはなかった。
わずかに目を伏せ、アメリアの名を呼ぼうとして――それでも言葉にならなかった。
アメリアを乗せた馬車は、長い旅路を経て、ゆっくりと城門をくぐった。
復路は、安全な道を選んだため、往路よりもずっと時間がかかった。
それでも車輪の揺れが穏やかだったぶん、アメリアはその揺れの中で、過ぎた日々を何度も思い返していた。
馬車を降りた瞬間、涼やかな風が頬を撫でる。
乾いた土と落葉の香り――その匂いに、ようやく戻ってきたのだと実感した。
「アメリア様! よくご無事で……!」
声を張り上げて駆け寄ってきたのは、侍女頭のローラだった。
まるで戦地から帰った者を迎えるように、彼女の目には涙が滲んでいる。
「ただいま、ローラ。」
「さあ、王がお待ちでございます。すぐにご準備を。」
侍従たちが群がる前に、アメリアは後ろを振り返った。
「ヴァルク、ご苦労様でした。また後ほどお会いしましょう。」
「はい。殿下も長旅でお疲れでしょう。どうかご無理のないように。」
“殿下”――。
まるで一線を引くようなその言葉に、アメリアはわずかに悲しげな表情を見せた。
ヴァルクは困ったように眉を下げる。
「では……のちほど。」
王との謁見のため、アメリアはすぐに侍女たちに身支度を整えられた。
コルセットを締められ、華やかなレースのドレスに着替えると、身体まで重く感じる。
――婚約の儀を執り行うのは、いつになるのだろう。
王都に戻るまでのあいだ、ヴァルクとゆっくり話す機会はなかった。
結局、自分の中にある不安は、自分で抱えていくしかないのだ。
***
玉座の間に足を踏み入れた瞬間、アメリアは思わず息を呑んだ。
天井高く掲げられた王国の旗が秋風に揺らめき、金糸の刺繍が燦然と光を返している。
そこに立つ王は、威厳と同時に、どこか柔らかな笑みを浮かべていた。
「アメリアよ、よくぞ戻った。」
その声は堂々としていながらも、父の温かさを帯びていた。
アメリアは玉座から離れたところに膝をつくヴァルクの隣に歩み寄り、王に向き直って深くお辞儀をした。
「はい、陛下。ご心配をおかけいたしました。」
「聞き及んでおるぞ。そなたのおかげで、ノルディアはこれからロキアで最も豊かな地となるだろう。」
「すべてはストーン伯爵の指揮あってのことです。」
アメリアは横に立つ彼へと視線を向ける。
ヴァルクは静かに一礼した。
「功はノルディアの民と、アメリア殿下の采配によるものです。」
「うむ、そうであろう。王女の危険も顧みない働きで、山崩れでも誰ひとり怪我人を出さずに済んだと聞いている。
時にストーン伯爵、鉱山はノルディアのものではあるが、国も多くの支援を行っている事業だということはわかっておるな。」
「……無論でございます。」
「そうか、なら良い。その話はまたにしよう。
それよりアメリア、今日はゆっくり休みなさい。
七日後に婚約の儀を執り行うから、準備で忙しくなると思うが……明日にはノルディアでの出来事を聞かせてくれ。」
「ええ、お父様。」
***
謁見後、アメリアはヴァルクに声をかけた。
「ねえ、ヴァルク。……もしかして王に、権利の一部をお譲りするつもりなの?」
「……そのつもりです。
あれだけの財産をノルディアだけのものにすると、後々争いは避けられません。
一部は国に帰属させる方が良いでしょう。」
「……そう。」
「ご不満ですか? 王族であるあなたにとっては、その方が都合が良いでしょう。」
ノルディアにもたらされた恩恵が、どう国へと配分されたのかは、正直わからない。
だけど、ヴァルクの性格なら――きっと前世でも、同じように分け与えたのだろう。
「いえ。あなたが納得しているなら、それでいいのです。
……それより、七日後に婚約の儀があるようですが、いつお話出来ますか?」
「……実は、すぐ王都を離れないといけなくなった。
悪いが、戻ってくるのが前日になりそうだ。」
「ええっ! それじゃあ、今お伝えしますわ。」
「いや……ギリギリになるが、戻ってくるまで待っていてくれ。」
「……あなた、ずっと話をするのを避けてたわよね?
まさかこんなギリギリになってまで、まだ逃げるつもり?」
ヴァルクが結婚するか考えてくれと言ってから、まともに話す時間を取れていない。
最初は忙しいからだと思っていた。
けれど、今の彼の表情を見て――それが“逃げ”だったのだと気づく。
その振る舞いに怒りすら覚え、アメリアはもう逃がすつもりはなかった。
「いや、決してそのつもりは……」
「私は!!」
アメリアはヴァルクの言葉を遮って叫んだ。
「ヴァルク・ストーン伯爵と結婚いたします。」
「あなたの過去の罪も、苦しみも、消えるわけでも、無くなるわけでもありません。
それでも――ともに生きましょう。」
「……本当に、言ってるのか?」
ヴァルクが胸を押さえて問いかける。
ほんのり耳が赤い彼を見て、愛おしいと思う気持ちは、やっぱり変わらなかった。
「ええ。その代わり――」
「団長!! すぐに出ないと間に合いませんよ!!」
鋭い声が響いた。
見ると、ライオネル・テリーが武装姿で立っていた。
「わかっている!
……すまない、アメリア。本当にもう行かなければ。
帰ってきたら、もう一度話そう。」
「……わかりました。気をつけて。」
ずっと近づけずにいた距離を、ほんの少しだけ縮める。
肩に手を置き、背伸びをして――そっと、彼の頬に口づけた。
もう、彼は避けることはなかった。
わずかに目を伏せ、アメリアの名を呼ぼうとして――それでも言葉にならなかった。
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