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第二章
39話 初夜
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「わ、私としたことが……。せっかくローラ様からアメリア様のことを一任されたというのに、こんな大事なことをお伝えしていなかったなんて……」
ぶつぶつと呟きながら部屋を行き来していたシーリーンは、やがて覚悟を決めたようにアメリアの向かいへ腰を下ろした。
「だ、だ、大丈夫でございます!
こう見えても、そういった経験は人並みにございますので、きちんとお伝えできると思います!」
(えっ……ちょっと待って……!
シーリーンってば、いったい何の説明をするつもりなの……!?)
「まず、初夜に起こることなのですが……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「……はい?」
「初夜の説明はいらないわ……その、ごめんなさい。
そういうことを聞きたかったわけじゃないの」
「え? でも……何が起きるか、ご存じなのですか?」
「……そうね」
(わかっているもなにも……子どもだって三人も産んでるのよ……)
「ど、どこでお知りになったのですか?」
「ええっ……えっと、そういう教育があるのよ」
「ああ、なるほど。
それは出過ぎた真似をいたしました」
「いいの。ただ……
今日が初夜なら、私たちの“はじまり”は今日なのかなって、そう思っただけで」
「!」
「そういうことでしたか。
初夜が今日かどうかはヴァルク様次第ですが……おふたりは、ずっと前から“はじまって”いらっしゃると思いますよ」
「……」
前世での結婚は、実家に戻ったときにはすでに用意されていた、断ることのできないものだった。
夫の人となりを聞いたその足で承諾書を取りに行き、その日から共に暮らしが始まった。
もしかしたら、はっきりと嫌だと言えば違う選択肢もあったのかもしれない。
けれど、アメリア王女からの解雇は想像以上に衝撃で、失ったものを埋めるには――ちょうどよい選択だとさえ思ってしまった。
だからヴァルクとも、今日が“はじまり”でいいのだと思った。
……けれど、違う。
彼の強いところも、弱いところも。
無神経なところも、無愛想なところも。
そして、誰よりも深く、私を大切にしてくれるところも――
すべてを知ったうえで、結婚するのだ。
(政略結婚なのに……両思いね)
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ありがとう、シーリーン
あなたが共にノルディアに来てくれる…こんな心強いことはないわ」
そう返すと、シーリーンの目は涙で潤い、そっと目尻を拭った。
***
その日、ふたりは五時間にも及ぶパレードを乗り切り、ようやく国王の前に立った。
その瞬間、アメリアは自分の頬を涙が伝っていることに気づく。
アメリア王女として転生してから三年。
あの日、自ら選び取った未来は間違っていなかったと、確かにわかっている。
これから始まる幸福な時間。
そして――いつか、それと別れを告げなければならないという葛藤。
アメリアの涙は、国王にはただの“嬉し涙”として映っていた。
けれどヴァルクはその涙を見てから、隙を見ては体調が悪いのではないかと案じ、最後の宴を早められないかと進行役に声をかけていた。
彼は、涙の真意を測りかねていたのだ。
そうして、ようやく二人きりの時間が訪れる。
アメリアは薄いレースの寝着に身を包み、ベッドの前に立ち尽くしていた。
「何をしているんだ?」
背後から声をかけられ、振り返ると、寝巻き姿のヴァルクが心配そうに立っていた。
「どこか具合が悪いんじゃないのか?」
そっと頬に触れられ、視線を逸らすことも許されないまま、瞳を覗き込まれる。
視線が絡み合い、言い訳を探して口を開いた。
けれど、何ひとつ思い浮かばず、言葉は形にならなかった。
「今日は疲れただろう。
早く休んで、明日に備えよう」
次の瞬間、身体がふわりと浮き、気づけば大きなベッドに横たえられていた。
――この人と、今夜。
本当にいいのだろうか。
侍女のカリナなのに…王女アメリアに成り変わり彼女のように振る舞っている。
そんな自分がこの人と初夜を迎えることは許されるのだろうか。
その迷いを口に出すことはない。
もし彼が動くのならそれに応える…それだけだ。
……けれど、いつまでも唇が降りてこない。
不思議に思い、そっと片目を開けると、目の前にいるはずの男は、すでに隣に横たわっていた。
「ね、寝ちゃうの?」
上擦った声でそう言うと、ヴァルクの瞼がぴくりと動き、身体ごとこちらへ向き直る。
「どういう意味だ?」
「えっ……その……今日は、初夜……でしょ?」
ヴァルクは一瞬驚いた顔をしたあと、堪えきれないように笑い出した。
「まあ……そうだが、不安で泣いていたんじゃないのか?」
「ち、違うわ!」
「くすっ……そうなのか?」
ゆっくりと伸びてきた手が再び頬に触れた瞬間、反射的に目をきゅっと閉じる。
ヴァルクの唇は、額にそっと触れただけだった。
こつん、と小さな音を立てて、額同士が触れ合う。
「今日は、もう眠ったほうがいい」
「……でも、いいの?」
くすりと、またヴァルクが笑う。
「悪いが、俺は君のおかげで忍耐強くなっている。気にするな」
「もう……疲れてはいるけど、そんな簡単に眠れそうもないわ」
「それは、同感だな。
……そうだ、代わりに何か話してくれないか」
「君の話を、聞きたい」
ヴァルクは肩肘をつき、見下ろすようにアメリアを見つめていた。
ぶつぶつと呟きながら部屋を行き来していたシーリーンは、やがて覚悟を決めたようにアメリアの向かいへ腰を下ろした。
「だ、だ、大丈夫でございます!
こう見えても、そういった経験は人並みにございますので、きちんとお伝えできると思います!」
(えっ……ちょっと待って……!
シーリーンってば、いったい何の説明をするつもりなの……!?)
「まず、初夜に起こることなのですが……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「……はい?」
「初夜の説明はいらないわ……その、ごめんなさい。
そういうことを聞きたかったわけじゃないの」
「え? でも……何が起きるか、ご存じなのですか?」
「……そうね」
(わかっているもなにも……子どもだって三人も産んでるのよ……)
「ど、どこでお知りになったのですか?」
「ええっ……えっと、そういう教育があるのよ」
「ああ、なるほど。
それは出過ぎた真似をいたしました」
「いいの。ただ……
今日が初夜なら、私たちの“はじまり”は今日なのかなって、そう思っただけで」
「!」
「そういうことでしたか。
初夜が今日かどうかはヴァルク様次第ですが……おふたりは、ずっと前から“はじまって”いらっしゃると思いますよ」
「……」
前世での結婚は、実家に戻ったときにはすでに用意されていた、断ることのできないものだった。
夫の人となりを聞いたその足で承諾書を取りに行き、その日から共に暮らしが始まった。
もしかしたら、はっきりと嫌だと言えば違う選択肢もあったのかもしれない。
けれど、アメリア王女からの解雇は想像以上に衝撃で、失ったものを埋めるには――ちょうどよい選択だとさえ思ってしまった。
だからヴァルクとも、今日が“はじまり”でいいのだと思った。
……けれど、違う。
彼の強いところも、弱いところも。
無神経なところも、無愛想なところも。
そして、誰よりも深く、私を大切にしてくれるところも――
すべてを知ったうえで、結婚するのだ。
(政略結婚なのに……両思いね)
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ありがとう、シーリーン
あなたが共にノルディアに来てくれる…こんな心強いことはないわ」
そう返すと、シーリーンの目は涙で潤い、そっと目尻を拭った。
***
その日、ふたりは五時間にも及ぶパレードを乗り切り、ようやく国王の前に立った。
その瞬間、アメリアは自分の頬を涙が伝っていることに気づく。
アメリア王女として転生してから三年。
あの日、自ら選び取った未来は間違っていなかったと、確かにわかっている。
これから始まる幸福な時間。
そして――いつか、それと別れを告げなければならないという葛藤。
アメリアの涙は、国王にはただの“嬉し涙”として映っていた。
けれどヴァルクはその涙を見てから、隙を見ては体調が悪いのではないかと案じ、最後の宴を早められないかと進行役に声をかけていた。
彼は、涙の真意を測りかねていたのだ。
そうして、ようやく二人きりの時間が訪れる。
アメリアは薄いレースの寝着に身を包み、ベッドの前に立ち尽くしていた。
「何をしているんだ?」
背後から声をかけられ、振り返ると、寝巻き姿のヴァルクが心配そうに立っていた。
「どこか具合が悪いんじゃないのか?」
そっと頬に触れられ、視線を逸らすことも許されないまま、瞳を覗き込まれる。
視線が絡み合い、言い訳を探して口を開いた。
けれど、何ひとつ思い浮かばず、言葉は形にならなかった。
「今日は疲れただろう。
早く休んで、明日に備えよう」
次の瞬間、身体がふわりと浮き、気づけば大きなベッドに横たえられていた。
――この人と、今夜。
本当にいいのだろうか。
侍女のカリナなのに…王女アメリアに成り変わり彼女のように振る舞っている。
そんな自分がこの人と初夜を迎えることは許されるのだろうか。
その迷いを口に出すことはない。
もし彼が動くのならそれに応える…それだけだ。
……けれど、いつまでも唇が降りてこない。
不思議に思い、そっと片目を開けると、目の前にいるはずの男は、すでに隣に横たわっていた。
「ね、寝ちゃうの?」
上擦った声でそう言うと、ヴァルクの瞼がぴくりと動き、身体ごとこちらへ向き直る。
「どういう意味だ?」
「えっ……その……今日は、初夜……でしょ?」
ヴァルクは一瞬驚いた顔をしたあと、堪えきれないように笑い出した。
「まあ……そうだが、不安で泣いていたんじゃないのか?」
「ち、違うわ!」
「くすっ……そうなのか?」
ゆっくりと伸びてきた手が再び頬に触れた瞬間、反射的に目をきゅっと閉じる。
ヴァルクの唇は、額にそっと触れただけだった。
こつん、と小さな音を立てて、額同士が触れ合う。
「今日は、もう眠ったほうがいい」
「……でも、いいの?」
くすりと、またヴァルクが笑う。
「悪いが、俺は君のおかげで忍耐強くなっている。気にするな」
「もう……疲れてはいるけど、そんな簡単に眠れそうもないわ」
「それは、同感だな。
……そうだ、代わりに何か話してくれないか」
「君の話を、聞きたい」
ヴァルクは肩肘をつき、見下ろすようにアメリアを見つめていた。
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