【完結】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!

カナタカエデ

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第三章

28話 暖かい背中

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「夫です。声をかけて出たから、お店を閉めて来てくれたんだわ」

そう言って微笑む母親の顔は、どこか誇らしげだった。
その様子に、アメリアも小さく頷く。

フィーロを抱いてこちらへ来た男は、まず妻の姿を確かめると、ほっとしたように表情を緩めた。

「やっぱり公園だったんだな。怪我がなくて良かった」

「あなた、アメリア殿下が見つけてくださったのよ」

「アメリア……? あっ」

「お静かに。それと、“殿下”と呼ぶのもおやめください。今は公爵夫人です」

珍しく、シンシアがきっちりと従者らしい口調で制す。
それがおかしくて、アメリアとヴィータは顔を見合わせ、くすりと笑った。

「す、すいません……え、でも、どうして……?」

「偶然、息子を連れて遊びに来ていたのです。
こんなに小さいのに、たった一人でここまで来るなんて、とても利発なお嬢さまですわ」

「あ、ありがとうございます……」

視線を泳がせ、もぞもぞと礼を言う様子に、アメリアはふと思い出す。
――この人は、家族以外の相手と話すのが、あまり得意ではなかった。

相変わらずね、と内心で微笑んだそのとき、ヴィータがフィーロの前にしゃがみ込んだ。

「フィーロ! 退屈なら、僕が遊んであげるよっ」

「そ、そんな……申し訳ないです」

「遊んであげたいところだけど……そろそろお昼寝の時間じゃないかしら?
ここまで歩いて、疲れたでしょうし」

「えー。じゃあ、お店行きたい!
靴屋さんなんでしょ?」

目を輝かせるヴィータに、父親は少し照れたように笑った。

「ああ。靴のほかにも、革製品は一通り扱っています。
よければ……息子さんに、何か作って差し上げましょうか」

「まあ……よろしいんですか?」

店へ向かう道すがら、フィーロは父親の背中で、ほどなく小さな寝息を立て始めた。
規則正しく上下する背中を見つめ、母親は何度も、愛おしそうに視線を送る。

「……やっぱり、疲れてたのね」

「さっきまで、あんなに元気だったのに」

父は声を潜め、眠る我が子の温もりを確かめるように、そっと背中に手を添えた。

その光景を目にして、アメリアは小さく息を吐く。
それは――奥底に沈めていた、カリナの中の記憶と、あまりにもよく似ていた。


店は、城下の通りから一本入った、静かな場所にあった。
素朴な木の看板に刻まれた店名。扉を開けると、革の匂いがふわりと鼻をくすぐる。

それは、懐かしさにも似た香りだった。
アメリアは、目を閉じるだけで、あの頃へ戻れてしまいそうな気がした。

「狭いですが……どうぞ」

奥の作業場には作業台と道具が整然と並び、壁には完成した靴や革製品が丁寧に掛けられている。

フィーロは長椅子に下ろされると、ふあぁ、と小さく声を上げ、再び眠りに落ちた。

「しばらく、寝てくれそうだな」
「ええ……本当に良かったわ」

その様子を見ていたヴィータが、作業台へ近寄り、興味深そうに覗き込む。

「ねえ、これなに?」

「革を縫うための道具だよ」

「へぇ……」

「そうだ。腕輪を作ってあげようか」

「いいの!? ほしい!」

「じゃあ、サイズを測らないとな」

ヴィータの腕に革を当て、慎重に印をつける。
ぎこちないが、ひと針ひと針に迷いはなく、とても真剣だった。

針が革を通る、小さな音。
その合間に聞こえる、フィーロの穏やかな寝息。

店の中には、柔らかな静けさが満ちていた。

少し離れた場所でその様子を眺めながら、アメリアの視線は、ふと作業場の一角に留まる。

――道具や材料の陰に、わずかな空間がある。
今は箱や端切れが無造作に積まれているが、片付ければ十分な場所を確保できそうだった。

ここに……
小さな敷物を敷いて。
木の積み木を置いて。
柔らかな布のおもちゃを並べて。

父の背中を見ながら、安心して遊べる場所があれば…。

「……あの」

気づけば、アメリアは母親に声をかけていた。

「この作業場、少し模様替えをしてもよろしいかしら」

「え……?」

「ほんの一角でいいのです。
フィーロが、ここで遊べる場所を作れたらと。
お客様がいらしている間も、あなたが目を離さずに済みますでしょう?」

母親は言葉を失い、作業場と眠る我が子を、交互に見つめた。

「そんな……そこまでしていただくわけには……」

「いいえ」

アメリアは、はっきりと、しかし穏やかに首を振る。

「子どもが、親の背中を見ながら、安心して過ごせる場所は――
とても、大切なものですわ」

その言葉に、母親の瞳が揺れた。

「……ご主人は、いかがですか?」

「えっ……はい! それは素晴らしいお考えです。ただ……その……
ありがたい申し出ですが……公爵夫人に、そんなことをさせるわけには……」

「決まりね」

アメリアは迷いなく言った。

「ヴィータ、シンシア。手伝ってちょうだい」

――ここだ。
この小さな場所からでも、変えられるものがある。

かつて、子どもたちが幼かった頃、カリナは背に負いながら店に立った。
目を離すことが怖くて、どれだけ疲れていても手を離すことができなかった日々。

けれど――
あの苦しかった日々と同じように歩むことを、あえて見過ごす必要などない。

新しい未来は、自分の手で作ればいい。
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