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第三章
29話 黄金の世界
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アメリアは迷いなく動き出した。
ヴィータとシンシアもすぐに意図を汲み取り、手際よく作業に加わる。
子どもの手が届きそうな位置にあった道具や商品は、壁際や棚の上へ。
無造作に積まれていた木箱は向きを変え、自然と囲いになるよう配置された。
「ここなら……店の奥からも目が届きますね」
シンシアの言葉に、母親は小さく頷いた。
「ええ……本当に……」
作業が進むにつれ、ただの物置き場だった一角は、少しずつ姿を変えていく。
二階の住居から敷物やおもちゃを運び込み、やがてそこには、小さく可愛らしい“秘密の部屋”が出来上がった。
危ないものを遠ざけ、子どもの居場所を作る――ただそれだけのつもりだった。
けれど気づけば、三人の力作となり、アメリアたちは満足そうに頷き合っていた。
そのとき。
「……ん……」
小さな声とともに、フィーロが身じろぎをする。
長い睫毛を震わせ、ゆっくりと目を開いた。
「わあ……」
寝ぼけ眼のまま周囲を見回し、次の瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
「フィーロのおへや……!」
「そうよ、フィーロ。
お兄ちゃんたちが作ってくれたのよ」
「ほんと……?」
抱き上げられ、囲いの中に下ろされると、フィーロは嬉しそうに床に手をついた。
人形を見つけると、すぐに這い寄り、夢中で遊び始める。
その様子を見て、母親は思わず口元を押さえた。
「……こんなふうに、安心して遊ばせられるなんて……」
声は、わずかに震えていた。
「本当にありがとうございます。
こんなものしか……お礼にお渡しできませんが……」
差し出されたのは、先ほど作られたばかりの革の腕輪だった。
そこには、ロキア王室の紋と氷狼騎士団の紋章が、丁寧に縫い込まれている。
「わあ! かっこいい!」
ヴィータが声を上げると、アメリアも目を細めた。
「まあ……。
こんな短い時間で、ここまで仕上げるなんて、素晴らしいわ」
「い、いえ……」
父親は気恥ずかしそうに視線を逸らす。
「もう、あなたってば。
いくらアメリア様がお美しいからって、ずっと顔を見ないのは、逆に失礼よ」
「えっ……」
慌てて顔を上げた父親と、アメリアの視線が一瞬だけ交わる。
彼は慌てたように頭を下げた。
「し、失礼しました……」
「ふふ、大丈夫ですわ」
そう微笑み返しながら、アメリアは静かに思う。
彼はもう、夫ではない。
そして、自分もまた、カリナではない。
そう思っても、寂しさは感じなかった。
彼は彼の人生を生き、私はアメリアとして、交わることのない道を歩んできた。
その選択に、後悔はない。
唯一心残りだった子どもたちも、こうして新しい未来を生きているのだから。
店を後にしたアメリアたちは、数歩進んだところで背後から声をかけられた。
「あの……アメリア様……!」
振り返ると、フィーロの母親が追いかけて来ていた。
両手を胸の前で握りしめ、息を整えてから、深く頭を下げる。
「本当に……本当に、ありがとうございました」
「大したことはしておりませんわ」
アメリアは首を横に振った。
「それに……私のほうこそ。
大切なことを、思い出させていただきましたので。
そのお礼ですわ」
「……大切な、こと……?」
母親は一瞬戸惑い、それから、ぽつりと語り始めた。
「私……夫とは、見合い結婚なんです。
だから、どこか……ずっと距離がある気がしていて……」
言葉を探すように、視線を落とす。
「でも今日、フィーロがいなくなったと聞いて……
あの人が、何も言わずに店を閉めて、必死で探しに走って来た姿を見て……」
そして、アメリアをまっすぐ見つめた。
「アメリア様の申し出を、迷わず受け入れた姿を見て……
この人と結婚して、本当に良かったって……そう、思えたんです」
最後の言葉は、ほとんど涙声だった。
「だから……ありがとうございます」
晴れやかで、少し照れたような笑顔。
その表情を胸に刻みながら、アメリアはゆっくりと頷いた。
「……どういたしまして」
***
店へ戻っていく彼女を見送りながら、アメリアは小さく息を吸う。
胸の奥で、曖昧だったものが、静かに形を成していくのを感じていた。
そして、隣に立つヴィータとシンシアに、そっと声をかける。
「ふたりに、お願いがあるのだけど……いいかしら?」
その声は穏やかだったが、確かな決意を帯びていた。
夕陽が落ちていく。
ロキア王都を見渡せる丘の上に立ち、アメリアは世界を見ていた。
屋根に反射した夕陽が、黄金色に染め上げていく。
小さく見える人々の影が、踊っているかのようだった。
この場所で、かつてヴァルクの心に初めて触れた日のことを思い出す。
あの日から、この人生は確かに動き出した。
ヴァルクと生きる未来へと。
微かに香る花の匂いに、アメリアは目を閉じる。
そこに重なる、懐かしい彼の香り。
ゆっくりと振り返ると、待ち侘びた人が立っていた。
少し怒った表情――それでも、少しも怖くはない。
これから話すことを、彼は受け入れられるだろうか。
それでも、心はもう決まっていた。
いつだって正直だった彼に、返せる唯一のものを。
ヴィータとシンシアもすぐに意図を汲み取り、手際よく作業に加わる。
子どもの手が届きそうな位置にあった道具や商品は、壁際や棚の上へ。
無造作に積まれていた木箱は向きを変え、自然と囲いになるよう配置された。
「ここなら……店の奥からも目が届きますね」
シンシアの言葉に、母親は小さく頷いた。
「ええ……本当に……」
作業が進むにつれ、ただの物置き場だった一角は、少しずつ姿を変えていく。
二階の住居から敷物やおもちゃを運び込み、やがてそこには、小さく可愛らしい“秘密の部屋”が出来上がった。
危ないものを遠ざけ、子どもの居場所を作る――ただそれだけのつもりだった。
けれど気づけば、三人の力作となり、アメリアたちは満足そうに頷き合っていた。
そのとき。
「……ん……」
小さな声とともに、フィーロが身じろぎをする。
長い睫毛を震わせ、ゆっくりと目を開いた。
「わあ……」
寝ぼけ眼のまま周囲を見回し、次の瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
「フィーロのおへや……!」
「そうよ、フィーロ。
お兄ちゃんたちが作ってくれたのよ」
「ほんと……?」
抱き上げられ、囲いの中に下ろされると、フィーロは嬉しそうに床に手をついた。
人形を見つけると、すぐに這い寄り、夢中で遊び始める。
その様子を見て、母親は思わず口元を押さえた。
「……こんなふうに、安心して遊ばせられるなんて……」
声は、わずかに震えていた。
「本当にありがとうございます。
こんなものしか……お礼にお渡しできませんが……」
差し出されたのは、先ほど作られたばかりの革の腕輪だった。
そこには、ロキア王室の紋と氷狼騎士団の紋章が、丁寧に縫い込まれている。
「わあ! かっこいい!」
ヴィータが声を上げると、アメリアも目を細めた。
「まあ……。
こんな短い時間で、ここまで仕上げるなんて、素晴らしいわ」
「い、いえ……」
父親は気恥ずかしそうに視線を逸らす。
「もう、あなたってば。
いくらアメリア様がお美しいからって、ずっと顔を見ないのは、逆に失礼よ」
「えっ……」
慌てて顔を上げた父親と、アメリアの視線が一瞬だけ交わる。
彼は慌てたように頭を下げた。
「し、失礼しました……」
「ふふ、大丈夫ですわ」
そう微笑み返しながら、アメリアは静かに思う。
彼はもう、夫ではない。
そして、自分もまた、カリナではない。
そう思っても、寂しさは感じなかった。
彼は彼の人生を生き、私はアメリアとして、交わることのない道を歩んできた。
その選択に、後悔はない。
唯一心残りだった子どもたちも、こうして新しい未来を生きているのだから。
店を後にしたアメリアたちは、数歩進んだところで背後から声をかけられた。
「あの……アメリア様……!」
振り返ると、フィーロの母親が追いかけて来ていた。
両手を胸の前で握りしめ、息を整えてから、深く頭を下げる。
「本当に……本当に、ありがとうございました」
「大したことはしておりませんわ」
アメリアは首を横に振った。
「それに……私のほうこそ。
大切なことを、思い出させていただきましたので。
そのお礼ですわ」
「……大切な、こと……?」
母親は一瞬戸惑い、それから、ぽつりと語り始めた。
「私……夫とは、見合い結婚なんです。
だから、どこか……ずっと距離がある気がしていて……」
言葉を探すように、視線を落とす。
「でも今日、フィーロがいなくなったと聞いて……
あの人が、何も言わずに店を閉めて、必死で探しに走って来た姿を見て……」
そして、アメリアをまっすぐ見つめた。
「アメリア様の申し出を、迷わず受け入れた姿を見て……
この人と結婚して、本当に良かったって……そう、思えたんです」
最後の言葉は、ほとんど涙声だった。
「だから……ありがとうございます」
晴れやかで、少し照れたような笑顔。
その表情を胸に刻みながら、アメリアはゆっくりと頷いた。
「……どういたしまして」
***
店へ戻っていく彼女を見送りながら、アメリアは小さく息を吸う。
胸の奥で、曖昧だったものが、静かに形を成していくのを感じていた。
そして、隣に立つヴィータとシンシアに、そっと声をかける。
「ふたりに、お願いがあるのだけど……いいかしら?」
その声は穏やかだったが、確かな決意を帯びていた。
夕陽が落ちていく。
ロキア王都を見渡せる丘の上に立ち、アメリアは世界を見ていた。
屋根に反射した夕陽が、黄金色に染め上げていく。
小さく見える人々の影が、踊っているかのようだった。
この場所で、かつてヴァルクの心に初めて触れた日のことを思い出す。
あの日から、この人生は確かに動き出した。
ヴァルクと生きる未来へと。
微かに香る花の匂いに、アメリアは目を閉じる。
そこに重なる、懐かしい彼の香り。
ゆっくりと振り返ると、待ち侘びた人が立っていた。
少し怒った表情――それでも、少しも怖くはない。
これから話すことを、彼は受け入れられるだろうか。
それでも、心はもう決まっていた。
いつだって正直だった彼に、返せる唯一のものを。
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