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第三章
31話 決断
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数日後、国王陛下のもとへ、カリオンとダリオン、そしてアメリアとヴァルクが呼び出された。
ヘブラム国王は、アメリアの返事が自分の予期したものであると、疑っていないのだろう。久しぶりに顔を揃えた子どもたちを前に、終始上機嫌な様子だった。
アメリアは、ちらりとヴァルクの顔を窺った。
――あの夜以来、ふたりは一度も顔を合わせていない。
アメリアはヴィータとともに過ごし、ヴァルクが戻ることはなかった。
一体、どこへ行っていたのかしら……。
結局、彼は今日この場に至るまで、アメリアの前に姿を現すことはなかった。
それが――彼の答えなのだろうか。
アメリアが国王に答えるのを、ただ黙って見守るのか……それとも、止めるのか。
その瞬間まで彼の考えがわからないというのは、正直、苦しかった。
たとえ自分で招いた結果だとしても、なにか一言くらいあってもよかったのではないか――そんな恨み言が、喉元まで込み上げてくる。
「では……アメリア。そろそろ、お前の気持ちを聞かせてくれないだろうか」
国王陛下は、早く答えを聞きたいという本心を隠しきれない表情で、そう促した。
「……ええ。そうですわね……。私も、覚悟はもう決まりました」
「私は……」
「少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか、陛下」
隣に座っていたヴァルクが、静かに立ち上がった。
その姿を見上げた瞬間、彼の大きな身体が、いつも以上に大きく――そして、遠く感じられた。
「陛下に、お伝えしたいことがございます」
「これから、せっかくアメリアの言葉を聞けるというのに……聞く価値のある話なのだろうな?」
苛立ちを隠さぬまま、国王は手にしていた扇子で、パチンと卓を叩いた。
その様子を目にしながら、アメリアの胸中は穏やかではなかった。
やっぱり……ヴァルクは国王に言うのね。
本当はただの侍女と結婚してしまったうえ、王政を終わらせようとしている私を……護るはずがない。
そう理解していても、膝の上で固く握り締めた手は、悲しいほど震えていた。
「……陛下は、本当にアメリアが王に相応しいとお考えですか?」
「お主……アメリアを愚弄しているのか? 当たり前だろう!」
「では、もし――万が一、この国で革命が起きたとき……アメリアを、その最前線に立たせる覚悟はおありですか?」
――革……命……?
アメリアは、思わずヴァルクを見た。
その横顔は、冗談や挑発とは程遠い、ひどく真剣なものだった。
彼は一度もアメリアに視線を向けることなく、淡々と続ける。
「陛下もご存じでしょう。
サイグ民主共和国が建国されて以来、他国ではたびたび民衆による暴動が起きています。私もサイグを訪れ、その国づくりをこの目で見てきました。
荒削りではありますが、民が、国を変えようとする力は確実に新しい風を生んでいます
それを……力で止めるのは、容易ではありません」
「何を言っている! だからこそ、お前に宰相として隣に立てと言っているのだ!」
「しかし……民衆の暴動が起きれば、矢面に立つのは国王です。
そして――騎士団は、民に刃を向けることになります」
「ロキアは他国とは違う!
この国は十三代にわたり、守られてきたのだ!
これまでの歴代国王も、そして私も、国のために身を粉にして働いてきた!
民だって、それはわかっている!
五百年近く続いたこの国が、滅びるなどということはない!!」
「国民は、王家を敬い、慕っています。
ですが、この広いロキア王国のすべてを、王室が直接掌握しているわけではありません。
各地の自治は領主に委ねられています。中には、民が苦渋を呑んでいる領地もある。
その苦しみの矛先が、いずれ国へ向かうこともあるでしょう」
「そんなことはわかっておる!
だからこそ、領主たちの管理も含め、これからはお前たちが――」
「私がご提案したいのは……」
ヴァルクは、はっきりと国王を見据えた。
「アメリアを国王とすることではありません」
「ヘブラム国王陛下――
あなたご自身が、この国を民へと返すことです」
「そして、民にとって暮らしやすい、豊かな国の制度を整えること」
「そのために……あなたのために。
私も、身を尽くすことをお約束します」
玉座の間に、重苦しい沈黙が落ちた。
カリオンもダリオンも、驚きを隠せない様子だったが、すぐに言葉を発することはできなかった。
さきほどまで机を叩いていた国王の手は、いつの間にか動きを止めている。
扇子は閉じられ、指の中で強く握られていた。
「……国を、民へ返す、だと」
低く、絞り出すような声だった。
「それが、お前の言う提案か。ヴァルク」
「はい」
即答だった。
そこに、迷いも言い訳もない。
「王家が築き、守ってきたこの国を……わしに、手放せと言うのか」
「いいえ」
ヴァルクは静かに首を振った。
「手放すのではありません。
未来へ引き継いでいただきたい――子ではなく……国そのものへと」
「……詭弁だ」
そう吐き捨てながらも、国王の声には、先ほどのような激しい怒気はなかった。
「王がいなくなれば、この国は混乱する。
民は理想を語るが、現実は甘くない。
責任を負う者がいないということな、争いが起きる原因となるだろう」
「だからこそです」
ヴァルクは一歩、前に出た。
「段階的に、制度を整えるのです。
領主制の見直し、民意を汲み上げる仕組み、法の明文化。
王が“君臨する存在”から、“導いた存在”として歴史に残るように。
それは……この国を確固たるものに築き上げてこられた、あなたにしかできません。
たとえこの先、王となる存在がいなくとも――
決して侵略されることのない、強い国にするために」
「……」
国王は、黙ってヴァルクを見つめていた。
その視線が、怒りから――相手を量るものへと変わったのを、アメリアは感じ取った。
――今、この場で。
国王は、ヴァルクの言葉を現実として考え始めている。
アメリアは、膝の上で握っていた手を、そっとほどいた。
(ヴァルク……)
彼は、やはりアメリアを見ない。
国王の視線が、ゆっくりと子どもたちへ移る。
「……お前たちは、どう思っている」
不意に投げられた問いに、アメリアの心臓が跳ねた。
ヘブラム国王は、アメリアの返事が自分の予期したものであると、疑っていないのだろう。久しぶりに顔を揃えた子どもたちを前に、終始上機嫌な様子だった。
アメリアは、ちらりとヴァルクの顔を窺った。
――あの夜以来、ふたりは一度も顔を合わせていない。
アメリアはヴィータとともに過ごし、ヴァルクが戻ることはなかった。
一体、どこへ行っていたのかしら……。
結局、彼は今日この場に至るまで、アメリアの前に姿を現すことはなかった。
それが――彼の答えなのだろうか。
アメリアが国王に答えるのを、ただ黙って見守るのか……それとも、止めるのか。
その瞬間まで彼の考えがわからないというのは、正直、苦しかった。
たとえ自分で招いた結果だとしても、なにか一言くらいあってもよかったのではないか――そんな恨み言が、喉元まで込み上げてくる。
「では……アメリア。そろそろ、お前の気持ちを聞かせてくれないだろうか」
国王陛下は、早く答えを聞きたいという本心を隠しきれない表情で、そう促した。
「……ええ。そうですわね……。私も、覚悟はもう決まりました」
「私は……」
「少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか、陛下」
隣に座っていたヴァルクが、静かに立ち上がった。
その姿を見上げた瞬間、彼の大きな身体が、いつも以上に大きく――そして、遠く感じられた。
「陛下に、お伝えしたいことがございます」
「これから、せっかくアメリアの言葉を聞けるというのに……聞く価値のある話なのだろうな?」
苛立ちを隠さぬまま、国王は手にしていた扇子で、パチンと卓を叩いた。
その様子を目にしながら、アメリアの胸中は穏やかではなかった。
やっぱり……ヴァルクは国王に言うのね。
本当はただの侍女と結婚してしまったうえ、王政を終わらせようとしている私を……護るはずがない。
そう理解していても、膝の上で固く握り締めた手は、悲しいほど震えていた。
「……陛下は、本当にアメリアが王に相応しいとお考えですか?」
「お主……アメリアを愚弄しているのか? 当たり前だろう!」
「では、もし――万が一、この国で革命が起きたとき……アメリアを、その最前線に立たせる覚悟はおありですか?」
――革……命……?
アメリアは、思わずヴァルクを見た。
その横顔は、冗談や挑発とは程遠い、ひどく真剣なものだった。
彼は一度もアメリアに視線を向けることなく、淡々と続ける。
「陛下もご存じでしょう。
サイグ民主共和国が建国されて以来、他国ではたびたび民衆による暴動が起きています。私もサイグを訪れ、その国づくりをこの目で見てきました。
荒削りではありますが、民が、国を変えようとする力は確実に新しい風を生んでいます
それを……力で止めるのは、容易ではありません」
「何を言っている! だからこそ、お前に宰相として隣に立てと言っているのだ!」
「しかし……民衆の暴動が起きれば、矢面に立つのは国王です。
そして――騎士団は、民に刃を向けることになります」
「ロキアは他国とは違う!
この国は十三代にわたり、守られてきたのだ!
これまでの歴代国王も、そして私も、国のために身を粉にして働いてきた!
民だって、それはわかっている!
五百年近く続いたこの国が、滅びるなどということはない!!」
「国民は、王家を敬い、慕っています。
ですが、この広いロキア王国のすべてを、王室が直接掌握しているわけではありません。
各地の自治は領主に委ねられています。中には、民が苦渋を呑んでいる領地もある。
その苦しみの矛先が、いずれ国へ向かうこともあるでしょう」
「そんなことはわかっておる!
だからこそ、領主たちの管理も含め、これからはお前たちが――」
「私がご提案したいのは……」
ヴァルクは、はっきりと国王を見据えた。
「アメリアを国王とすることではありません」
「ヘブラム国王陛下――
あなたご自身が、この国を民へと返すことです」
「そして、民にとって暮らしやすい、豊かな国の制度を整えること」
「そのために……あなたのために。
私も、身を尽くすことをお約束します」
玉座の間に、重苦しい沈黙が落ちた。
カリオンもダリオンも、驚きを隠せない様子だったが、すぐに言葉を発することはできなかった。
さきほどまで机を叩いていた国王の手は、いつの間にか動きを止めている。
扇子は閉じられ、指の中で強く握られていた。
「……国を、民へ返す、だと」
低く、絞り出すような声だった。
「それが、お前の言う提案か。ヴァルク」
「はい」
即答だった。
そこに、迷いも言い訳もない。
「王家が築き、守ってきたこの国を……わしに、手放せと言うのか」
「いいえ」
ヴァルクは静かに首を振った。
「手放すのではありません。
未来へ引き継いでいただきたい――子ではなく……国そのものへと」
「……詭弁だ」
そう吐き捨てながらも、国王の声には、先ほどのような激しい怒気はなかった。
「王がいなくなれば、この国は混乱する。
民は理想を語るが、現実は甘くない。
責任を負う者がいないということな、争いが起きる原因となるだろう」
「だからこそです」
ヴァルクは一歩、前に出た。
「段階的に、制度を整えるのです。
領主制の見直し、民意を汲み上げる仕組み、法の明文化。
王が“君臨する存在”から、“導いた存在”として歴史に残るように。
それは……この国を確固たるものに築き上げてこられた、あなたにしかできません。
たとえこの先、王となる存在がいなくとも――
決して侵略されることのない、強い国にするために」
「……」
国王は、黙ってヴァルクを見つめていた。
その視線が、怒りから――相手を量るものへと変わったのを、アメリアは感じ取った。
――今、この場で。
国王は、ヴァルクの言葉を現実として考え始めている。
アメリアは、膝の上で握っていた手を、そっとほどいた。
(ヴァルク……)
彼は、やはりアメリアを見ない。
国王の視線が、ゆっくりと子どもたちへ移る。
「……お前たちは、どう思っている」
不意に投げられた問いに、アメリアの心臓が跳ねた。
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