ロクデナシ黙示録 ~夕立市最悪の三日間~

松山リョウ

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来たる四人、迎える二人、加えて一人

第7話 学舎の霊 綴喜

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【学舎の亡霊】
 ばさばさばさ。私の耳元で大きな羽音がしました。

 私はびっくりして、五メートルほど飛び上がってしまいました。比喩などではありません。本当に、目の前の高い鉄棒よりを軽々と飛び越えてしまいました。

 さらに私の寝惚けがたたってそのままそよ風に乗ってはるか上空まで飛ばされてしまいました。気付いた時には私が寝ていた桜の木がブロッコリーほどになっているではありませんか。

 これはいけません。私は頭にかぶった笠を抑え、急いで意識を集中させます。地に足を、地に足を、地に足を……。

 くわん。

 草履が砂場に着いた感じがします。今は実体がないので本当に感じだけですが。ほうと息をつきます。今日も戻って来られました。

 運動場では野球部員がジョギングをしていました。「ユノチュー、ファイトーファイトー」と掛け声を上げながら、グラウンドを周回していきます。緑色のネットを挟んで向こう側では、テニス部員たちがぱこんぱこんと球を打ち合っています。

 カアー。

 鉄棒に乗ったカラスさんたちが声を張り上げています。そうでした、このカラスさんたちに起こされたのでした。

 突然声を荒げたカラスさんたちに野球部員たちがびっくりしています。ここでは怪しまれると思い、私はカラスさんたちに校舎の屋上へ行こうと提案します。

 グラウンドに一礼してから屋上へ向かうと、カラスさんたちが声を上げながら後ろについてきます。

 ふわりと飛んでから振り返ると野球部員の何名かがジョギングしながらこちらを見上げています。

 見える子でしょうか。などと驚きましたが、そんなことはないでしょう。私を通り越してカラスさんを見ていたのでしょう。皆の注目を集められるカラスさんがうらやましいです。

 私は校舎の屋上の貯水槽に座って街並みを見渡します。

 この湯ノ石中学校は四国有数の都市、夕立ゆうだち市の東側に位置しています。真正面に見える建物は国立の大学でしょう。間には松手まつて川が流れているはずです。

 右手に視線を移せば湯ノ石ゆのいし小学校がすぐ近くに見えます。その奥の大きな建物群は王街道おうかいどう商店街でしょう。駅ビルの上の観覧車がゆっくりと回っています。

 なにより目立つのがそのさらに奥、小山の上に建つ城郭。夕立城と呼ばれるこの城は江戸時代に建てられました。火災の影響もありいくつかの建造物は戦後再建されたものですが、天守閣は江戸後期から残る歴史あるものです。ふもとの城山公園の桜と重ねて見る姿は惚れ惚れする美しさがあります。

 右斜め後ろに見える森林は湯ノ石公園。その奥に湯ノ石温泉とそこへ通じる湯ノ石ハイカラ通りがあります。今日も浴衣姿の観光客が漫歩していることでしょう。

 左手は住宅街を挟んで山が構えています。川を遡っていけば松手川ダムに行きつきます。逆に川沿いに下っていけば浜風を阻む工業地帯に行きまして……。

 カアー。

 また一声鳴かれてしまいました。空を飛んだ後は気分が高揚していけません。

「ごめんなさい、カラスさん。綺麗な景色についつい思いを馳せてしまって」

 カラスさんたちは嘴をくいと上げます。なにやら自慢げです。こんな景色なら自分はいつも見ている、といったところでしょうか。

 空を駆け抜けるというのはさぞ気持ちの良いことでしょう。私はふわふわとしか飛べないので一度経験してみたい気持ちもありますが、そんな速度で飛ぶとあまりの目まぐるしい光景に頭の処理が追いつかない気がします。

 コンコンとカラスさんが地面を嘴で叩きます。本題に入るようです。私も姿勢を正します。

 カアー。ばっさばさ。かあくあーっかー。ばさ。コンコン。ばさばさばっさ。くぁーーーー。カアカアー。

 カラスさんたちが身振り手振りを交えて何か伝えようとしています。陽気に阿呆に踊っているように見えますがその目は真剣です。私もその真意を見極めなければ。

 カアー、カアー。カアカー?

 一通り鳴き踊ったところで首をかしげます。伝わったかどうかの確認をしているようです。

 私は小さく微笑みます。

 どうしましょう。なにを言っているのかまったくわかりませんでした。

 カラスさんと会話ができなくなって久しいです。感情なら伝わりますが、会話するとなるとそれなりに苦労します。向こう側は私の言葉をわかっていただいているようなのですが。

 それにカラスさんたちの動きがどうにも滑稽で話が頭に入って来なかったというのもあります。こういう玩具があれば売れるだろうな、などと考えてしまいます。

 三回ほど繰り返してもらって、こうやって言っているのだろうと解釈しました。

 この地域、特にこの学校の周辺の様子がおかしいのです。海の向こうの強いもののけの方々がうろついていて、町の結界にひびが入ってしまっている様子ですし、その隙をついて近くの山の強い妖怪たちも街に出てきてしまっていると聞きます。

 最近夕立市の『影縫』たちが忙しなく動いているのはそのせいだったのでしょうか。この校庭にずかずかと上がり込んでなにやら調べていた天狗さんのことが思い出されます。

 そういえばこの学校の生徒で一人、妖気の強い少年がいました。小さな体では背負いきれぬほどの禍々しい妖気。彼が関係しているのでしょうか。


 だとするならば。頭にかぶった網代笠の紐を締め直します。



 だとするならば木陰で眠りこけている場合ではありません。


 私は校庭の端に植えてある葉桜を見ます。あの桜は数え切れないほどの生徒を見送ってきました。私は生徒たちから随分元気をもらったものですが、私の方からしてあげられたことといえば、恋の後押しだとか、探し物を見つけてあげるだとか、子どもたちの小さな願いを叶えてあげるぐらいでした。


 今こそ子どもたちに恩返しを致しましょう。戦いは好みませんが、苦手ではありません。


 私はカラスさんたちに見送られながら夕立城へと向かいます。戦闘がありうるのであれば、薙刀と白衣をそろえなければ。



 我、守護霊・綴喜つづきとして、戦場に立たん!




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